第38話空は黒く染まり
☆ □ ☆ □ ☆
「あー……」
ポリポリと頬を掻きながらどうしたもんかと考え込む。そして、少しするとレイの方へ視線を移し、口を開いた。
「悪いが、どうかしたのかとか聞いてくれねぇか?」
「いいですけど、どうしたんですか?」
「いや、昔っからガキは苦手でな……」
すぐ泣くし容赦ないし何より平気で人を貶める。まあ、ガキっていうよりキッズが嫌いなんだよなぁ。
「えーと……、どうかしたのかな?」
いつもの気だるげな様子を一切見せない、完璧な優しいお姉さん顔で、少女に話しかける。
「この方が困っているようでしたので、お話を聞いていたんですの」
「へー、そうなんだ」
初対面であるレイに怯むことなく、はっきりと話す態度から、かなり社交性が高いと推測できる。となると、やはり見た目通り貴族の子か……。
考察を立てていると、あちらではレイが車椅子の男へ話しかけていた。
「どうかされたんですか?」
「きょう……か……い……いこう……と」
たどたどしく話す男。
教会に行こうとでも言おうとしたのだろうか。たどたどしすぎるため、聞き取りづらい。
「教会ね。教会は確か……あっちだったわ!」
少女がピシッと指を指す。
「さて、それじゃあ教会に行きましょう!」
「じゃあ、ボクたちが車椅子押していこうか?」
フンスッと気合を入れている少女に、セシルがそう提案する。
「あら、いいんですの! それなら、手伝っていただこうかしら」
「任せて! ね、いいでしょ、二人とも」
突然そう水を向けられ、少しの思考を挟んだ後、首肯した。
「私は別にいいですよー」
「別に目的地があるとかじゃねぇんだ。好きにしろ」
投げやりにそう言うと、セシルはパァっと輝かせてグッと少女に向けてサムズアップした。
……うーん、昨日までの彼女の印象と明らかに違うな。ここまでくるともはや別人だ。
「じゃっ、行こう!」
「そうだねー。焦らずゆっくり行こうか」
そう言うと、車椅子をカラカラと押して前へと進む。そして、その後をあたしと少女はついて行った。
少し進んだところで、少女が何かを思い出したようにあっと声をあげた。
「そういえば、自己紹介がまだでしたわね」
「確かにそうだ……!」
あー、そういえばそうだな。
今更感が強いので、鈍い反応を示すと、何を思ったのか少女は前へとてててっと走っていき、レイやセシルの前で丁寧な礼をした。
「初めまして。私の名はヴィリニュス・ド・カトリーヌと申します。以後お見知り置きを」
そう言うと、とても可愛らしい笑みを浮かべるのだった。
☆ □ ☆ □ ☆
歩くこと十数分後、教会らしき建物の前へとたどり着いた。
「ここが教会かー!」
「そう、この街で一番大きな教会です事よ!」
ふふんと自慢げに胸を張るカトリーヌ嬢。それを暖かな目で見守っていると、鋭い声が耳に入ってきた。
「あっ! カトリーヌお嬢様!!」
そう言いながら、ものすごい速度でこちらに駆け寄ってくる影が一つ。
それは、褐色肌の好青年と呼べる風貌の男だった。その男は、特徴としてあげるなら一つ。いわゆる、執事服と呼ばれる服を身にまとっていることだった。
「心配致しましたよ、お嬢様! 一人で行動しないでくださいとあれほど……!!」
「心配症ね。大丈夫よ、ちょっと人助けをしてただけだから」
うわぁ、なんか変なのが来た……。
面倒くさそうな予感を察し、あたしはそっとレイの後ろへ隠れる。
そうしていると、青年は ようやくこちらの存在に気づいた。
「もしや、この方たちの道案内でもしていたのですか?」
「ええ、そうよ。正確には、そこの人の道案内だけど。この人たちは私の手助けをしてくださっていたんですのよ」
自慢げに言い張るカトリーヌ嬢。それを見て、うううっと青年は突然目元を押さえだした。……えっ、泣いてる……?
「こんな者にも優しく接するとは……さすがお嬢様です! 僕は、とても感動致しました!!」
「ちょっ、ちょっと、いきなり泣かないでよ。それに、こんなっていう言い方は……!」
「大きくなられまして……! ああ、神よ! こんな天使を引き合わせていただきありがとうございます……!!」
「他の方々も見ておられますから! せめて人の目がない場所でしてください!!」
ギャン泣きしたうえに神に祈りだした青年に、顔を真っ赤にして止めようとするカトリーヌ嬢。
「あー、えーと……ぼ、ボク、この人教会の中に運びに行ってくるねー」
苦笑いしながら、さっさと車椅子の男とともに教会の中へと消えていく。……逃げたな、あいつ。
残されたあたしたちは、互いに視線を見合わせてどうするか相談する。
「……お、落ち着いたかしら?」
「ええ。取り乱した姿を見せてしまい、申し訳ございません」
「……う、うん。貴方のその調子はここ数日で慣れたからいいのですけど……。それよりも、彼女たちに自己紹介をしてくださいな。このままだと、貴方はただの不審者ですわよ」
今更自己紹介されても、不審者なのは変わらない気もするが。
青年は、カトリーヌ嬢にそう言われるとスっと姿勢を正すと、こちらに向けて恭しく頭を下げてきた。
「初めまして。僕の名前はダミアンと申します」
「私の名前はレイと申します……?」
こんな感じでいいのかなと視線で尋ねてくるが、あたしに聞かれても答えられることはない。ので、スルーする。
「あー、あたしはナツミだ」
「お嬢様の手助けをしてくださり、ありがとう……」
その時、ゴウっと上空から音が聞こえてきた。
「なんだ……!?」
ばっと上空を見上げると、空が一気に真っ黒に染っていっていた。ゾッとするような嫌な感覚。ミシェルの時とは違う、異質な魔力の残留。
「『魔力視』」
小さく呟き、目に意識を集中させる。
すると、視界の全てが真っ白に染まった。
「やばいな……」
即座にスキルを解除して、レイの方へ視線を移す。するとちょうど、セシルが戻ってきたところだった。
「あれー? みんなどうしたの?」
「セシル、空を見てみて」
「ん? 空? ……うわっ、真っ暗じゃん! なんでこんなに明るいの!!」
それを聞いて、あたしは遅れてこの異常性を理解する。日光が遮断されているはずなのに、昼となんら変わらない明るさ。
この街にきた初日に、この異常事態。真人は捕まりここにはいない。そこまで思考を巡らすと、ある一つの仮説が浮かんでくる。
「あたしを狙ってんのか……?」
その呟きに答える人は誰もおらず、ただ空気に溶けて消えていく。しかし、一度出てきた予感は消えることなく胸の奥底に沈んでいった。
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