第37話冤罪


「も、守谷 真緒って、あの守屋 真緒か!?」

「ん? ……まさか、わたしのファンか!? いやー、いつの間にか有名人になっちまってたのか。握手ぐらいならしてあげなくもないぞ」


 何言ってんだ、こいつ。

 しらーっとした目を、壁の方へと注ぐ。


「違う、そうじゃない。俺のこと、覚えてないか? 魔王軍の幹部で一緒だった真人だよ」

「悪ぃが兄ちゃん、わたしは過去は振り返らない主義なんだ」


 うーん、本気で言ってるのか冗談なのか。顔が見えない分、余計に分からん。

 とりあえず、あることを聞いてみることにする。


「なあ、前魔王がころ……倒された戦いで、なんか知ってることあるか?」


 そう言葉を投げかけると、少しの間の後に言葉が返ってきた。


「……配置的には、サトちゃんの傍にいたけど、特に覚えてることない」

「そうか……」


 思いっきり過去振り返ってんじゃねぇかとか、色々言いたいことはあったが、それらを全て飲み込んで無難な言葉を言った。


「そいや、真緒はなんで捕まってんの?」


 不意に疑問がパッと頭に浮かぶ。


「んー? 可愛すぎた罪……的な?」

「あー、なるほど」


 一瞬納得しかけて、真緒はどっちかっていうと美人枠じゃないかと首を傾げる。あと、可愛すぎた罪ってなんぞや。


「おいおい、ほんとに可愛すぎた罪なんてあるわけねーだろ。そうやって真面目に受け取られると、調子狂うんですけどー!」

「えぇ……嘘ついたのそっちなのに……」


 やっぱり嘘か。まあ、可愛すぎた罪なんてないもんな。というか、そんなんあったら逆に罪の重さとか罰とか気になるんだけど。


「ま、実際は食い逃げだとよ」

「ほーん、食い逃げねぇ……ん? だとよって、なんか他人事みたいに言うじゃねぇか」


 言い回しに疑問を感じ、そう問いかける。


「んー、そりゃ覚えがないからなぁ……」

「……冤罪ってこと?」


 そう言うと、気にすんなとばかりに軽い感じの声が返ってくる。


「ま、三食昼寝付きの生活なんだ。ちょっとしたホテルみたいなもんだろ」

「それは違うだろ、知らんけど」


 冤罪……か。

 それが本当だとするならば、俺が捕まったのも些か疑問が生じる。ほとんどの街や都市には出回っていないはずの手配書が、この街だけたまたまあって、そして元同僚である真緒が、冤罪でたまたま捕まったのは、はたして偶然なのだろうか。それも、同じ日に。


「そうなると、今一番危険なのはナツミさんか」


 唯一、今のところ捕まる様子のないナツミさん。

 もしも今の状況が意図的に仕組まれていて、ナツミさんと俺とを分断させる作戦なのだとしたら。

 レイやセシル、あとルノーがついてるし大丈夫だと思うけれども……。


「気をつけろよ……」


 誰に聞かせるでもなく呟いた独り言は、窓の外へと飛んでいき、風に舞って消えていき、誰の耳に届くこともなかった。


 ☆ □ ☆ □ ☆


「まさか彼が捕まるとはね」


 セシルが意外そうに声をあげながら、物珍しそうに辺りを見回す。


「よそ見してたら、人とぶつかるよー」


 ルノーを引きながら、セシルを注意するレイ。

 そんな二人を見ながら、あたしはそっとため息を吐く。

 到着早々面倒なことになった。ミルカンディアといい、あいつは巻き込まれ体質なのだろうか。ギアルガンドでは、何事もなく終わって欲しいと願っていたものの、早速雲行きが怪しくなってきた。


「これからの方針はどうする? あいつを無視して目的を果たすって案もあるが」


 答えはわかりきってはいるが、ポーズとして聞いておく。


「あの人ならどうにかするとは思うけど、念の為、助ける方法を模索するべきだと思う」

「そうだねー。下手したらこのまま出てこないってことも有り得るし、ね?」

「うっ……ま、まあ、そうかもね」


 にひひとからかうようにレイが言うと、セシルは困ったように顔をふいっと逸らした。


「それじゃあ、明日面会にでも行くか」

「明日って……今日行かないんですか?」


 レイの言葉に、「ああ」と返す。


「あいつが捕まったの今日だからな。いくらなんでも、その日に面会しに行くのは不自然だろ」


 適当に建前をでっちあげる。

 本音としては、早めにこの街の地形だの建物だのを覚えておきたいからなのだが、下手に揉めるのも面倒なので建前を一応伝えておく。


「おしっ! それじゃあ今日は遊ぼう!!」

「多分、情報収集かなんかするんじゃないかな?」


 確認を取るように、あたしへチラとこちらを見てきた。その視線を受け、あたしはこくりと頷いた。


「そうだな。情報収集でもかねて、観光でもするか」

「おっ、いーねー! ボク賛成だよ!!」


 ハイテンションではしゃぐセシル。

 なんか、いつもとキャラ違いすぎやしねぇか……。そう戸惑いつつも、表情を変えずに適当に頷いておく。


「じゃあそうと決まれば、さっさと行こうか!」


 そう言うと、一人で先へと歩き出した。……路地裏へ。


「なあ、なんであいつ観光しようって言ったら路地裏に入ってったんだ?」

「癖なんじゃないですかね」

「どんな癖だよ、怖いな」


 軽く恐怖を感じた。癖になるほど路地裏に入るとか、どんな生活送ってたらそうなるんだ。

 そんなことを考えつつも、仕方が無いのでセシルの後を追う。……ただ、先に進むセシルになかなか追いつけない。


「なんであいつあんなに足速いんだよ……」

「癖なんじゃないですかね」

「どんな癖だよ……」

「追ってくる人に逃げてると悟られないように逃げる癖」

「なんだそれ怖い」


 癖になるほど追われる経験あるとか、どういうことなんだよ。ほんとにどんな生活送ってたん……。

 そこでふと、古い記憶が呼び戻される。

 彼女と似たような子を、昔何度か見たことがあるような……。


「ちょっとちょっと、二人ともー!!」


 そんな思考は、セシルの声によって遮られた。


「どうしたー?」


 そう声をあげながら視線を向けると、そこにはお嬢様っぽい姿をした少女と、車椅子に乗った青年の姿がそこにあった。

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