第39話地は赤く染まり始める
☆ □ ☆ □ ☆
「こ、これはどういうことなのかしら!?」
「ね、念の為僕から離れないでください!」
怯えた表情を浮かべる二人。それと対照的に、驚きはするもののレイ、セシルコンビ。
「なんか凄くない? 暗いのに明るいとか」
「こんな状況でそんな感じなのも十分すごいけどねー。やっぱり慣れて感覚が麻痺してるのかな……お互い」
レイがさりげなく辺りを警戒しておきますくれているので、あたしはスキルを使用する。
「『視力共有』」
範囲は街全体。
何百、下手したら千にも届きそうなほどの視界という情報が頭に入ってくる。カーッと頭が熱くなるのを感じ、意識が一瞬飛かける。
……やっぱりキツイな。
一分もの間、割れそうなまでの痛みを耐えながら情報を整理する。
「ふぅー……」
スキルを解除し、痛みが徐々に引いていくのを感じ息を長めに吐き出した。何度やっても慣れない感覚。慣れたら制限なく使用するようになりそうなので、慣れないのがちょうどいいのかもしれないが、毎回この感じはかなりキツイ。
「……なにか分かったんですか?」
そう尋ねてくるレイに、ああと頷きを返す。彼女たちには、あたしのスキルの詳細を説明しているので疲労具合からスキルを使用したのだと察したのだろう。
「あー、どう言うべきか……とりあえず、簡潔に今の状況を言うと、街全体が結界らしきものに囲まれて閉じ込められている」
そう言うと、さすがのレイ、セシルも表情を固くする。だが、問題点はこれだけじゃない。
「さらに今、街の至る所で殺し合いが始まっている」
「なんですって!?」
そう声をあげたのはカトリーヌ嬢だった。
「うちの領民がなぜ!」
混乱したように早口で詰め寄ってくる彼女を、落ち着けと両肩を掴む。
「なんでかってのは知らんが、人を襲ってるやつらは周りのやつらとは服装が違う」
「つ、つまりどういうことですの?」
困惑した様子のカトリーヌ嬢に、情報を噛み砕いて説明する。
「要は、今襲ってるのはここの住民じゃなく、外部から侵入した賊の可能性が高いってことだ」
そう説明しながらも、頭の中ではこの可能性はほとんどありえないと断言する。もしも、あの賊が侵入してきたのなら、その前に門兵だの衛兵が気づくはずだ。少なくとも、百人にも及ぶ賊を全て見逃してしまうほど無能ではないと信じたい。
つまるところ、侵入経路は魔法による転移しかありえないのだが、それもどこか言い表せない違和感を感じた。
「とにかく、だ。今は襲ってきた賊から住民を守ることこそが領主の娘としてやることなんじゃねえの」
「わ、分かりましたわ。……あら?
「そりゃ、話してれば分かる」
家名名乗ってたし、お嬢様って呼ばれてたし、さっきうちの領民とか言ってたし、なんなら服装的から貴族っぽいし。等々の言葉を飲み込んで、オーラから分かると曖昧な言い回しで納得させる。
「ではダミアン、貴方は一度屋敷に戻ってお父様に屋敷へ領民の保護の許可を貰ってきてちょうだい」
「そ、そんな! お嬢様はどうなさるおつもりなんですか!?」
「私は混乱している領民を屋敷へ誘導致しますわ」
毅然とそう言い放つカトリーヌ嬢に、慌ててそれを止めようとするダミアン。さっきまでの怯えた様子は消え去り、そこには幼いながらも立派に職務を全うしようとする少女の姿があった。
その姿を見て、思わず嘆息が漏れ出てしまう。
「私はより足が早い貴方が行くべきですわ。それに、この非常時だと子供でしかない私より、使用人でありながらも騎士団から一目置かれている貴方の方が、お父様も聞き入れやすいでしょうし」
「そうかもしれませんが! お嬢様の身が危険すぎます!」
なおも食い下がるダミアン。このままだと、話は平行線となり進むことは無いだろう。
その状況を打破しようと、あたしは二人の会話へ入り込んだ。
「なら、うちの二人がカトリーヌ嬢の護衛につくってのはどうだ?」
「はい?」
「うぇ!?」
突然水を向けられて、戸惑うレイに、およそ年頃の女の子が出すような声じゃない声を出すセシル。
「そうですわ! 突然の申し出で申し訳ないのですが、私の護衛を頼めませんか? もちろん、報酬も出します」
頭を下げて頼み込むカトリーヌ嬢に、レイとセシルは慌てて首を縦に振る。
「分かったから頭を上げて。隣の人の視線がちょっと怖いから!」
「そうそう! 別に怖いわけじゃないけど! 怖いわけじゃないけど!」
ちらりとダミアンの方を見てみると、殺気を感じる程に血走った目で二人を見つめていた。……怖っ。
「では、お嬢様のことをくれぐれもよろしくお願いします。もしお嬢様の身に何かあったら……」
「ええ!? ちょっと、そこで止めないでよ! 怖い! 笑顔が逆に怖いよ!!」
ニッコリと微笑むダミアンに、怯えるセシル。ほんとセシル真人がいる時と全然違うな。
「そういえば、二人ってことは、ナツミさんは別行動なんですか?」
そう尋ねてくるレイに、あたしは「ああ」と答える。
「ちょっと結界がどんなのか確認してくる」
今のところ、結界なのかどうかは分からないのだが結界という認識でいいだろう、多分。
「……気をつけてくださいね」
「おうよ」
珍しく真剣な眼差しでそう言われる。あたしはそれに、軽くひらりと手を振ると、踵を返して門へと向かった。
走る、走る、走る。
悲鳴や罵声、叫び声の全てを無視して、門を目指して走り続ける。その時、近くからカタっと二つの足音が不意に聞こえた。
「おらぁぁぁ!」
「死ねぇぇぇ!!」
二人の男が突然飛び出してくると、あたしの首を狙って斧を振りかぶる。
「『視覚奪取』」
一瞬で、グルンと視界が反転する。自分の姿が見えたのを確認すると、即座に目を閉じた。感覚を研ぎ澄まし、視界を交換した方の男へと腰を低くすると突っ込んだ。
「がっ……!」
斬りかかった剣に手応えを感じる。それと同時に、スキルを解除した。目を開けて、辺りを確認する。
「お、おい、九十九号、大丈夫か!?」
「なんだぁ、今のは……」
二人の姿が目に映る。そして、即座にまたスキルを発動させた。
「『視覚奪取』、『シャッフル』」
「んあ? なんだ、これ」
「なんで目の前に俺の顔が……」
二人が戸惑っている隙に、首を掻っ切る。
二人の男は、小さく呻きながら地面へと倒れ込んだ。そして、二人の体はサラサラと塵となって消えていった。
「感触もあった、死体は消えた。……ネクロマンサーか」
これに類似するのは、いわゆるネクロマンサー的な存在がいるのだが、それだとこの結界の説明はつかない。
「というか、感触があるってことは……」
レイとセシルは大丈夫だろうか。見た目が完全に人間の相手に、躊躇なく戦えるのだろうか。
「……急ごう」
彼女たちには出来るだけ人を殺して欲しくない。あたしは、もう手遅れだから。こうやって、人と何ら変わらないはずなのに、何も思わない、思えない。
だからこそ、彼女たちにはこんな風になって欲しくない。
門の近くまで来ると、不自然なまでに人がいなかった。ここから逃げ出そうとする人が集まっていると予想していたのだが、人っ子一人いない。
「これは……」
辺りを警戒しつつ、結界へと近づく。
そして、ゆっくりと結界に触れた。案の定、固い手応えを感じる。
見た目に反して、かなり固い結界か。……いや、こっちから触れたら固くなったのか。となると、内側からの力に反応する結界か。
様々な考察が頭に浮かんでくる。それらを現在の状況に置き換えて、可能か不可能か、もっとも可能性の高い仮説へと結びつける。
「となると、やっぱり……ん?」
不意に、気配を感じとった。
そして、そいつはあたしに話しかけてきた。
「――――」
「ああ、ある程度はな」
頭を働かせながら、適当に相槌を打つ。
こちらに近づいてくる足音が聞こえたので、あたしは「そういえば」と言いながら、振り返る。
「は……?」
グサリと、胸元に小刀が突き刺さる。
驚きによる一瞬の膠着を狙い、もろに顔をぶん殴られた。
「ぐっ……!」
視界がチカチカと明滅し、吐き気を催す。
小刀が突き刺さった胸元から、ドクドクと血が流れだし、そこから体温が奪われていくのを感じる。
「……チュートリアル……で……退場かよ……!」
毒づきながらも、何とかそいつの顔を視界に捕らえてスキルを発動しようとする。しかし――。
「が……はっ……」
目の前まで来ていたそいつは、あたしが持っていた剣を手に取ると、あたしの喉元に突き刺した。
呼吸ができず、息を吸う度に激痛が走る。スキルを発動させる最低条件である、声認証が使えない。
つまるところ、ゲームオーバーってことかよ……。
ヒューヒューっと細く呼吸をする。だが、そいつは突き刺した剣にを抜き取ると、あたしのちょうど頭上に振り上げて――。
――なんでまあ、最期に頭に浮かんでくるのがあいつらなのか。
関わる時間は短かったはずの三人の姿が頭に浮かんできて、思わず力ない笑みが漏れ出てしまった。
グザッという音を認識したとともに、あたしの意識は暗闇の奥底へと消えていった。
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