第17話旅立つ日 〜盟友〜
「うわ、せっま……」
宿の一室に入ると、あまりの狭さに絶句する。
ただただ畳のしかれた部屋。
それも、五人が寝転がれるギリギリラインの広さである。
「うるさいよ。ここには寝る時以外に来ることがないからね。最低限の広さでいいんだ」
「いやまあそうだけどよ、それなのに俺たちを呼んでよかったのか?」
「これから苦楽を共にするんだ。少しぐらいの慈悲はあるよ」
それ自分で言っちゃうかぁ……。
そう思いつつ、荷物は部屋の片隅へと押しやる。
「まあ、三人なら少しは余裕を持って寝れますかねー」
「そうだね。ただ、どういう順番で寝るかが問題だな……」
「俺は寝る順番より先に、飯を済ませておきたいんだが」
俺がそう提案すると、なぜだか二人からジト目を向けられる。
え、なに? そんなにおかしいこと言ったか。普通に食べながら話せばいいと思ったんだが……。
「いやまあ、そうですね。食べながら話しますか」
「もしもの時はキミは廊下で寝てもらえばいいわけだしね」
「いや、それだとわざわざお前に頼んだ意味がなくなるんだが」
人目につく場所で寝るのは、って理由でここまで来たのに、廊下で寝たら大して変わらない。いやまあ、外と中だと圧倒的に中なのだが。
「いや、別にキミは頼んでないでしょ」
「……確かに」
そういや、セシルの提案に乗っかる形でここまで来たんだったわ。
「その歳でもうボケたの?」
「お前、たまに失礼だよな」
「キミほどじゃないよ」
「どっちもどっちなんだけどね」
そう言い残すと、さっさと一階にある食堂へと向かうレイ。
「……俺らも行くか」
「……そうだね、それがいい」
一度顔を見合わせると、俺たちも食堂へ向かうべく部屋を出るのだった。
☆ ☆ ☆
「なんか、普通に美味いな」
野菜炒めと米のみの飯なのに、なぜか何杯も食えそうなぐらい美味い。
絶妙に米に合うんだよな、この野菜炒め。
「まあ、あんなに狭い部屋でもやっていけるぐらいだからね」
しれっと失礼なことを言うセシル。
おいやめろよ、なんか睨まれてんぞ。
「それでどうするの?」
「何が」
「寝る時の並びについてだよ」
「私的にはサトウさんが廊下で寝ればいいと思うんですけどねー」
「おいこら、廊下で寝たら宿の人に迷惑だろ」
「そこなの……」
普通そこだろ。宿の人に迷惑かけたら追い出されるし。
「……俺は隅で寝るよ、それなら問題ないだろ」
「そうだね、キミにはそれがお似合いだよ」
ふっと微笑みながらそんなことを言われる。
……喧嘩売ってんのかこいつ。
☆ ☆ ☆
「じゃ、寝るけど、変なことしないでねー」
「半年同じ屋根の下で暮らした仲だろうが。今更襲ったりしねーよ」
レイは「それもそっか」と呟いて、布団の中へ入っていく。
壁にもたれると、そっと瞼を落とす。
――それから、何時間経っただろうか。
俺は、変な息苦しさを感じて目を開く。
「……何やってんだ、お前」
俺は床へと倒れ込んでおり、俺の体の上にセシルが跨っていた。
「覚えてる? 昔、この状態と似たような時のこと」
黄色い瞳が爛々と輝いて、俺を見下ろす。
……この状態?
今と同じように、セシルが俺の体を股がっている状態のことだろうか。
記憶を探ってみるが、それに該当するものが見当たらない。俺はふるふると首を横に振る。
「……覚えて、ないんだね」
一瞬、瞳に陰りを見せると、ゆっくりと俺の体から降りる。
「悪いが、お前にそんなことされた記憶はねぇよ」
俺がそう言うと、不意に小刀を俺の喉元へ突きつけてきた。
「……どうした急に」
「……」
しばらくその体勢で固まっていたが、やがて無言で突きつけていた小刀を喉元から離した。
「さすがに今ここでキミを殺すほど非常識じゃないさ」
「殺すことに常識非常識があるのか?」
ふっと短い安堵の息を漏らすと、ニヤリと嫌な感じの笑みを浮かべそう問いかける。
「うっわ、キミが常識人ぶってるとなんだかなーって感じがするね」
「どういう意味だこら」
ケラケラと笑いながら、「知らない」と布団の中へ戻っていくセシル。
ほんとになんだったんだ……。
そう思いつつ、再度瞼を閉じる。
だが、今度はすぐに睡魔は襲ってこず、何度も何度も先程のセシルの言葉が反芻していた。
あの一瞬の瞳の陰りが忘れられず、何度も記憶を探ってみるが、それに該当する記憶はやっぱり無い。
何度も何度も探しても、見つかることは決してなくて。
――いつの間にか、眠っていた。
☆ ☆ ☆
色々と必要なものを買い揃え、ついにこの街から旅立つ日がやってきた。
「ついにこの街から出る日が来たか……特に思い出とかねぇけど」
「ま、どっちかっていうとリンドウの森の方が思い入れあるからね」
ほんとそれ……。
八代は義賊路線でいくらしく、弱気を助けると息巻いていた。あのやる気が空回りしないか不安だが、まあ、一人でやるわけじゃないし大丈夫だろう。
そんなことを考えつつ、街の外と中を分ける門へと行きあたる。
そこには、そこそこ顔なじみになった衛兵の人の姿があった。
俺がよっと手をあげると、衛兵の人もよっと手をあげ返してくる。
「……もう行くのか」
「用事が出来たからな」
俺がそう返すと、へへっと笑いバンっと背中を叩いてきた。
「痛てぇ……。なに? 奇襲?」
「喝を入れたんだよ、喝を。女二人に囲まれて旅だからって、油断するんじゃねーぞ」
「そういう目で見てないうえに、片方は油断出来ないんだけどな……」
「……? 何言ってんだ、お前」
不思議そうな顔をして首を傾げる衛兵の人に、「いや、なんでもない」と首を横に振る。わざわざ命が狙われてるなんて、言うようなことでもないだろう。
「じゃあな、衛兵クビになって野垂れ死にするんじゃねぇぞ」
「途中で食料尽きて餓死するんじゃねぇぞ」
コツンと拳を合わせると、んっと袋を差し出してくる。
「何これ?」
「飯だよ、飯。長い間もつから、食うもんが無くなった時にでも食え」
中を見てみると、干し柿などの長時間の保存ができるものばかりが入っていた。
「ありがとう」
「気にすんな」
照れくさそうに、早く行けと手だけで催促してくる。俺たちは、そんな衛兵の人に一度礼をした。
そして、足を前に送り出し、衛兵の人の隣を過ぎ去ると、街の外へ出た。
「気をつけろよー!」
衛兵の人がぶんぶんと手を振ってくるのに手を振り返すと、釣られてレイやセシルも手を振る。
「なんだかんだで、あの人があの街で一番関わったような気がするなー」
「まあ……確かに」
なんなら店の人としか関わってないような気がする。
「キミら……もっと交流したらどうなんだい?」
呆れた様子のセシルからそんなことを言われるが、そうは言われても半年以上山篭りをしていた俺たちにまともなコミュニケーションができるはずもない。
と、そんなことを話していると、リンドウの森へと辿り着いた。
「おう、外で待ってて大丈夫なのか?」
「我らは顔を隠しているのでな、バレる心配は無用よ!」
ドヤ顔でそう言うが、案外体型などでバレてしまわないかとは思わなくはないが、言わないでおく。そっちの方が面白そうだし。
「……もう行くのだな、盟友」
「まあな」
旅の目的が出来たのなら、早めに出発するべきだろう。
「……そういえば、なんで盟友呼びなんだ?」
不意に、思い出したようにそう呟くセシル。
俺は、一瞬どうしてかを考えると、八代らしい理由が思いついた。
「そりゃ、その方がかっこいいからだろ」
八代の基準はかっこいいかどうかな気がするし、案外あってたりするのかな……。
と、ちらと横目で八代の顔を見てみると、呆気にとられたように目を丸くしていた。そして、数秒後。
「はーっはっはっは!」
大声で爆笑しだした。
ええ……何こいつ……。
「そうかそうか、かっこいいからか!」
「なに、違うのか?」
「いんや、あってる。あってるぞ……!」
しばらく八代の笑い声が辺りに響いた。
それがおさまると、目尻に溜まった涙を指で拭いつつ、手を差し出してきた。
「今はまだ、やることがあるので貴様の旅についていくことは出来ぬ。だが、いずれ、貴様を追い、力になろうぞ、サトウ」
「あ、ああ」
初めて名前を呼ばれ、戸惑いつつも差し出された手を握り返す。
動揺した俺の表情を見て、八代はニヤリとからかう様に笑った。
「貴様の名は、サトウ……なのだろう?」
「……ああ、そうだよ。八代」
ぐっと思いっきり力を込めて握り返す。すると、八代の表情に苦痛の色が混じった。
それを満足げに見つめると、パッと離して背を向ける。
「おい、レイ、セシル。もう行くぞ」
「りょうかーい」
「はいはい」
ピシッと敬礼をしてついてくるレイと、仕方ないなぁとばかりに返事をしてついてくるセシル。
そしてそれに続くように、俺たちの背に向けて声がかけられた。
「盟友とその仲間よ! またいずれ!!」
「「「お気をつけて!!」」」
義賊総出で送り出されるという、おかしな始まり方ではあるが、俺の、俺たちの新たな旅はこうして幕を開けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます