第16話先の予定よりも今日の宿



「トウドウジ ナツミ?」


 教会へ戻ると、俺に割り振られた部屋にいたレイへ八代と話した内容について話した。


「おう。その人なら、知ってるんじゃねえかって八代が」


 八代の名前を出すと、レイは複雑そうに頬を引き攣らせた。


「あの人がですか……。私は特にどこか行きたいっていうとこないですし、いいですよけど」


 レイは「そんなことよりも」と言いつつ、視線を横へスライドさせる。


「この人もついてくるんですか?」


 視線の先には、見舞いの品を無言で食べ続けるセシルの姿があった。


「そんな邪険にしないでよ。ほら、一緒に脱出した仲じゃないか」


 ケラケラと笑いながらそう言うセシルに、レイはなんとも言えないような、複雑そうな表情を浮かべていた。


「いや、俺的には普通に怖いんだが」

「おや、どうしてかな?」

「だってお前、俺のこと殺そうとしてくるだろ」


 俺が明確に拒否すると、意外そうに目を瞬かせた。


「いやいや、そんな事しないさ」

「前科があるんだよなぁ……」


 最近でいえば毒盛られたし。いや、毒っていうより強力な睡眠薬だけど……まあ、似たようなもんだろ。


「ほら、わたしは行くあてがないんだ。可哀想とは思わないのかい?」

「なんでそんな堂々とそんなこと言ってんだよ……」


 深くため息を吐くと、それに重なるようにため息を吐く音が聞こえてきた。


「……私は別にいいですよ。もうなんか断るのがめんどくなってきましたし……」

「おい、お前がそれを言ったらなし崩し的についてきていいって感じになるんだが」


 ほら、言ってる間になんかそういう空気をビシバシ感じる。

 ……精神衛生上良くはないんだがなぁ、自分のこと殺そうとしてくるやつと一緒にいることは。


「まあ、とりあえず、この部屋から出ていく準備整えましょう」


 そう言いつつ、レイは俺の物を鞄の中に詰め込んでいく。


「え、なんで俺、こっから出てくの? 俺怪我人だよ?」

「勝手に出ていく怪我人は、もう大丈夫だって判断されたんだと思うな」

「慈悲の欠けらもないね、この教会」


 まあ、シスターの制止も聞かずにさっさと出ていった俺にも負い目はある。立てこもって反抗するのは勘弁しておいてやろう。


「……つーか、ここ追い出されたら今日の寝床どうしようか……やっぱ路上か」

「サトウさんに躊躇いというものはないんですか……?」


 若干引いた眼差しでこちらを見つめてくるが、俺は心外だとばかりに頭を横に振る。


「いや、野宿とか何度もしただろーが。今更地べたで寝ようが気にしねーよ」


 そう、あの虫はいるし寝心地悪いし、寒かったり蒸し暑かったり安心して眠れないあの状況と比べたら、躊躇するようなことじゃねぇと思うんだが。


「違いますよ。路上で寝ると、人目につきません?」

「ああ、確かに……」


 羞恥による躊躇いについて言ってたのか。


「この人に羞恥心なんて概念存在しな……待って、今、彼のことなんて呼んだ?」

「いや待て、そんなことより今何言いかけた?」


 聞き捨てならないとばかりにレイへ詰め寄るセシルに対して、今言いかけたことを問いつめる。


「……サトウさんだけど」

「おいこら、セシル。誰の羞恥心がないだ、こら」


 はてと首を傾げつつ答えるレイを尻目に、俺はセシルに詰め寄る。


「……へー、サトウさん、ね」

「だから誰の……え、なに?」


 セシルは冷たい声音で、冷たい瞳でこちらをちらと視線を送ってきた。背筋がゾッと冷えるのを感じる。


「ふーん、へー、ほーん……」

「え、だから何?」


 ジト目でこちらを見てくるセシルに戸惑っていると、クイクイっと横から服の裾を引っ張られた。

 そちらに視線を向ける。


「どした?」

「は行を全部使う気なら、はとひが抜けてるって言って」

「いや、聞こえてるから。あと、別には行を使って喋ろうとか考えてないからね!?」


 あー、確かに。

 と、頭の中で先程セシルが言った言葉を思い出し、納得する。そういえば、ふーん、へー、ほーんっては行の順番になってるよな。


「まあ、とにかくキミをサトウと呼ぶのは癪だし、今後キミのことはキミって呼ぶから」

「なんかややこしいね……」


 レイの言葉に同調してうんうんと頷く。

 キミのことをキミと呼ぶって、ややこしい。そして、何故に俺のことをサトウと呼ぶのが癪なのか。


「ま、それはいいとして、さっさと片付け終わらせましょうか」


 手をパンっと叩くと、テキパキと荷物を鞄に入れる作業を再開していくレイ。

 そして、パクパクと見舞い品を胃袋の中に入れる作業を再開していくセシル。


「おいこら、なに勝手に人のもん食ってんだよ」

「いやいや、これはわたしが貰ったものだよ。これを持ってきてくれた人に、今は絶対安静だからと言ったら、わたしに渡してきたんだから」

「いや、それ渡しといてねって意味だから。別にお前にくれた訳じゃねぇから」


 こいつ、さては行間読めないタイプの人間か?


「ていうか、そろそろどうするか決めません?」

「え、何を?」

「いや、だからどこに泊まるかですって……。アホなんですか?」

「おい待て、アホと決めるにはまだ早いんじゃないか」

「バカの可能性もあるからね」


 おいこら誰がバカだ、こら。

 でも……泊まる場所か……。


「レイの泊まってるところは?」

「私、ここ数日はこの部屋で寝泊まりしてましたよ」

「え、なんで……?」

「単純にここなら無料ですし、サトウさんがいつ死んでもいいようにそばにいようと思ってね」


 最後あたりは声が小さくなって聞き取りづらかったが、どうやら心配してくれていたらしい。

 口角が上がるのをなんとか抑えつつ、口を開く。


「そうかそうか、そんなに俺のことが心配だったか」

「おやおや? サトウさん、なんか嬉しそうなの隠せてませんよ」


 ぐぬっ……!

 口元を抑えて見えないようにしてみるが、この時点で認めたも同然と思いすぐに手を離す。


「うるせえよ。そんなことより、お前が頼れねぇんじゃ、ほんとに今日の宿はどうしようか……」


 今から宿とれるか?

 ここはそこまで観光客が多い訳じゃねぇから、格安の宿は少ない。つまり、そこそこの収入がある冒険者だとかが泊まっているせいで宿が空いてない可能性がある。


 うーんうーんと唸っていると、横から少し不機嫌な声が聞こえてきた。


「それなら、わたしが泊まってるところで今日のところは泊まる?」


 と、小さく手を上げて、セシルは声を上げるのだった。

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