天才と凡才
第18話水の防衛都市
「やっと着いた……!」
セシルが歓喜の声を漏らす。
視線の先には、前回の街同様、街全体を囲むように建てられている防壁が見える。
「竜舎も借りずに出発した時は、どれだけ近いんだろうとは思ってたけどね……」
うーっと唸りながら俺を睨みつけてくるレイ。
「なんだよ」
「いやさ、竜舎を借りるなり買うなりしたら、もっと楽に来れたと思うわけですよ。わざわざこんなめんど……危険が危ない手段じゃなくても、よくないですかー?」
「竜舎を借りるにも買うにもかなりの金がかかるだろうが。あとなんだよ、危険が危ないって。頭痛が痛いみたいなこと言いやがって」
はんっ、と鼻で笑って受け流す。
「大体、今更言っても遅いっつーの。……旅の道中でも度々言ってきたような気もするが」
「旅だけに?」
「やかましいわ」
レイの額にデコピンをくらわせる。
そんな様子を呆れたように眺めるセシル。
「ほんと仲良いよね、二人とも」
つまんなさそうにそう呟くセシル。
……まさかこいつ。
「まさか俺と仲良くしたいのか?」
あんだけ旅の道中殺しにかかってきたのに。と、暗に嫌味を込めて言ってやる。
「は、は!? なわけないじゃん。自惚れるのも大概にしたほうがいいよ。もし仲良くしたいと思うとしたら、レイぐらいだし」
めっちゃ早口でまくし立てるセシル。それを見て、ほうほうと頷くレイ。
不意に、レイが口を開いた。
「なら友達になろーよ」
「と、とも……だち……?」
「なんか、初めて聞いた言葉を耳にした人みたいな反応だな」
俺のツッコミを綺麗にスルーするセシル。
感動しているのか、わなわなと全身が小刻みに震えている。
「よろしく……」
すっとセシルが片手を差し出すと、うんと頷いてレイはその手を握る。二人の友情が確立した瞬間である。
感動的だなぁ、と思いながらぼーっと眺めていると、レイとセシルの口角が少し上がった。
「じゃあ、あの街まで私を運んでー」
「それなら毒の配合、手伝って欲しいな」
ニコリと微笑みながら、互いの要望を口に出す。
「……お前らの友達の価値観どうなってんの?」
「うーん……めんどくさい時助けてくれる人かな」
「無料で使える労働力」
さらっととんでもないことを即答する二名。
こいつら、価値観歪みすぎだろ……。
そうこう話しているうちに、街の門の前までやってきていた。
近くから見ると、壁には至る所に傷がある。
「はー、立派な防壁だよなあ」
「ここはよく魔王軍に攻め込まれる場所らしいよ」
「ほーん、だから街を囲むように溝ができてんのか」
水の溜まった大きな溝を眺めながら、しみじみとはーとか、ほーとか口にする。
「あと、この街には人類最強の領主がいるんだとか」
セシルがそう補足する。
「人類最強?」
「噂程度で、実際に見たことはないけどね」
人類最強かー……。確か、魔王軍に所属していた時も噂は聞いたことがある。
なんでも、水の防衛都市、ミルカンディアには化け物がいるだとかなんとか。
それにより、人間を攻め入る際にはミルカンディアは避けるようになったとか。
「ま、会う機会はないだろうがな」
「偉い人だからねー。サトウさんがなにかやらかさない限りは大丈夫だと思うな」
「あー……確かに。なんか不安になってきた」
なんか失礼な言葉が聞こえてくるが、シカトシカト。
時には、都合の悪い言葉をシャットアウトすることも重要だと思うな、俺は。
☆ ☆ ☆
なかなかに厳しい検査をくぐりぬけ、俺たちはミルカンディアの中へ入っていた。
見渡す限りに人、人、人。
ゆったりとした感じの前の街とは違い、この街、否、この都市はかなりの人が活発に動いている。
「この中から人を探すんですか?」
「ああ、まあ……」
レイにそう問いかけられ、思わず視線を逸らしてしまう。
まさかこんなに人がいるとは思わなかったので、聞き込みしていけばすぐに見つかるとタカをくくっていたのだ。だが、ここまで人がいると、いちいち人の姿や格好を覚えている人が何人いるか……。
「なら、終わったら呼んでくださいねー」
「じゃあね」と言うと、さっさとどこかへ歩き去っていくレイ。あまりの判断の早さに、止める間もない。
「……あ、じゃあ、わたしはレイに付き添いますね」
そそくさとレイの後を追うセシル。
そして、ぽつんと取り残された俺が一人。
「ええ……、手伝ってくれないのでかよ……」
人の流れを眺めながら、呆然と、そう呟くのだった。
☆ ☆ ☆
探し始めておよそ三時間ほどが経過した。
収穫はゼロ。だんだん、八代の情報が正しいのかどうか、不安が心に浮かんでくる。
「あっ、すみません」
「ああ……いえ……」
ぼーっと突っ立っていると、軽く人にぶつかってしまった。少し頭を下げて謝ると、その人は気にするなとばかりに片手をあげる。
帽子を目深く被ったその人は、俺の横を通り抜けていく。
「ん……?」
あれ、今の声、どこかで……。
振り返って見てみると、淡い紫の色の髪が、帽子から少しだけはみ出していた。
その時、記憶にある人物の姿形、声が合致する。
俺はその人物へ反射的に、声をかけていた。
「あんた、ナツミさんか!?」
周りを通り過ぎる人の視線を肌で感じる。
だが、その人はこちらには一切視線を向けようとはせず、さっさと先に行ってしまう。
「おい、待てよ……!」
慌てて人混みをかいくぐり、その人の背中を追いかける。
追いかけていくうちに、周りに人は次第にいなくなり、薄暗い路地裏へとたどり着いていた。
その人は、不意に立ち止まると、帽子を頭から取りながら振り返った。
「久しぶりだな、真人。……いや、今はサトウ マヒトか」
懐かしい声音で、語りかけてくる。
「まさか、あたしにすぐに気づかないとはな」
気だるげそうに頭を掻きながらそう喋る。
興味のないものを見るかのような無機質な、髪の色と同じ淡い紫色の瞳には、俺の姿が映っていた。
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