第13話ーー盟友


 遠くから大きな音が聞こえる。


「おやおや、どうやら派手にやってるみたいだね?」


 くすくすと、可笑しそうに笑う女。


「……みたいだな」

「心配しないのかい?」

「はっ、何言ってんだ。俺にとっちゃ、あっちよりこっちの方がやばいんだが」


 ぺっと、口から血を吐き捨てる。

 何度かぶつかったが、その度に感じる相手の異質さ。あの女と戦っているはずなのに、別の誰かと戦っているかのような違和感。……気持ち悪ぃ。


「ちっ……おい女ぁ、お前、名前は」


 そう問いかけると、女はふっと深く笑みを浮かべると、さらりと赤毛の髪を軽く撫でる。


「シオだよ……君の名前を、聞いてもいいかな?」


 俺の名前、そう問われてどう答えるか悩んだ。

 なぜ、その時悩んだのかは分からない。けれど、数秒の沈黙の後口を開いた。


「……サトウだ」

「……そうか。なるほど、名前一つで、君の今の状態がよくわかったよ」


 笑みをさらに深くして、頷くシオと名乗った女は、キラリと紅い瞳を妖しく光らせた。


「何わけのわからないことを言ってんだ」

「今はそれでいい。けれど、いつか君はこの言葉の意味を知らなければならない」

「はあ?」


 何わけのわからないことを言ってんだ、こいつは。

 意味を知らなければならないとか、訳わかんねぇ。なんで、こいつにそんなことを決められないといけないんだ。


「さて、それじゃあ戦闘を再開しよう。無駄話がすぎたね」


 コツコツと、こちらに歩みよってくる。

 まずいな。こっちは、さっき寝てた時に負った傷を気を練って応急処置をしたせいか、動きが確実に鈍っている。

 このまま近づかれて、戦うことになったら、かなり厳しい戦いになる。


 そこで自身のスキルを思い出す。

 しかし、即座に頭を振ってその案を否定する。

 ダメだ、このスキルは発動する条件がこの状態では厳しすぎる。

 ここにきて、準備不足が悔やまれる。言い訳をするのなら、突然いなくなったレイを追った後、すぐにこいつらに捕らえられたレイを追ったため、準備する暇がなかったのだ。


 しかし、後悔先に立たず。今更タラレバを言ったところでどうしようもない。


「よっ……と!」


 距離を詰めたシオは、俺の顔めがけて拳を振るう。

 それをギリギリの位置で避けると、カウンターとして顎めがけて蹴りあげる。しかし、上半身を仰け反ってそれを回避された。


 タラりと、頬に血が伝うのを感じる。

 シオの攻撃は、主に肉弾戦。

 しかし、両の手の指に刃を仕込んでいるため、あたると剣の切っ先が刺さるのと同程度のダメージを食らう。

 しかもそれプラス、パンチの攻撃の分のダメージも食らうのだ。そんなに受けられるものでは無い。


「はっ、素手の相手に武器を使うとか、いい根性してんなぁ」

「はははっ、戦いに卑怯も何もない。……死ねば一緒さ、卑怯だろうがなんだろうが、ね」


 おかしそうに笑う彼女に、一瞬だけ暗い影が宿る。しかし、その影は次の瞬間には霧散していた。


「それに、別に武器を禁止だとか決めてないだろう? 自分の準備不足を、他人を非難することで正当化するのはよくない」


 くくくっとバカにしたように笑ってくる。

 ただ、言っていることは割と正当性があるので反論ができない。くそぅ……これだから頭良さげなやつは嫌いなんだ。


「そんなこと言うってことは、結構厳しいのかな?」


 なんか察しやがった。

 相手は余裕がありそうな感を出していて、こっちは疲労困憊に動きも鈍っている。

 完全に不利な状況。やばいな、八代がこちらに来るまでの時間を稼ぐか。

 ……いや、あいつの事だし、グスタフ倒したらこっちは俺に任せて他の残党倒しに行きそうな予感がする……。


「まあ安心してよ。殺しはしないからさ」


 もう勝った気になっているのか、そんなことを言ってくる。

 おいおい、このままいい感じに負けフラグ立ててくれたらいけんじゃね? と、おかしな期待を込めた眼差しを向けて続きを促す。


「な、なんだい、その視線は……」


 なんか逆に怪訝そうな表情をしてんだけど。


「あー、いや、その、殺しはしないってことは、なんか別の目的があるんじゃないかって思ってよ。……あっ、ほら、あのグスタフとかいう男とは別の目的、とか」


 負けフラグを期待してましたなんて言えるはずもなく、適当に嘘をでっちあげる。

 すると、ふむと興味深そうに頷かれた。


「なるほど。君は、私が思ったよりも頭が回るみたいだね。いや、見方がいいのかな?」


 え、何この状況。もしかして、当たり引いちゃった感じ? 適当に言っただけなんだけど……。

 俺が戸惑っていると、満足そうにうんとひとつ頷き、言葉を続ける。


「そうだとも。彼とはビジネスライクの関係だよ」


 ええ……、なんか勝手に喋りだしたんだけど……。


「まあ、さすがに目的までは分かってないだろうから、これ以上話すつもりは無いけれどね」


 しーっと人差し指を唇に当てて、喋らないという意思表示をしてくる。


「いやまあ、お前らの関係も別に疑ってたわけじゃねぇんだけどな」

「え?」

「さっきのはお前が勝手に納得して勘違いしただけだ」

「そ、そうかい……」


 恥ずかしがるかのように頬を染め、髪をいじりながらそっぽを向く。……いやさっきからなんなの、こいつ。なんか普通に可愛いんだけど。


「……ま、まあ、そろそろ終わりにしようか」


 ふっと格好つけてそう言ってくるが、さっきの今では残念感が漂ってしまっている。

 ……何故だろう。八代の方はかっこいい展開になっているような気がするのは。


「そんな考え込んで……余裕だねっ!」


 距離を詰めると、顎を狙って回し蹴りをしてくる。それを後ろへと飛び退き回避する。


「それがいつまで続く……」


 シオがそう言いかけたその時だった。

 どこからともなく瓶が飛んでくると、俺とシオの間のちょうど中間あたりに落ちて割れる。


「誰!?」


 ばっとシオが振り返るが、誰も反応しない。

 こちらからも、一瞬だけ人影が動いたような気がするが、それが誰なのか正確には判断できない。

 その時、その瓶の中に入っていた液体の柑橘系の匂いが感じられた。


 その時、俺はその液体の正体が頭に浮かんできた。


「これがもしそうなら……」


 この予想が当たっているのなら、この状況の打開にはなる。ただ、それが当たっていると信じられるかどうかの問題……。


「ちっ……! 為せば成るってかよっ!」


 どこぞのバカの口癖を思い出し、シオへと突撃していく。

 無策なわけじゃない。けれど、その策が失敗した時のことは一切考えていない。


「ふぅん……君から来るか。いいよ、これで決めようか」


 余裕のある表情を浮かべて、その場に佇む。

 おそらくはあの体制からだと、蹴りがくる。チャンスは一度きり。これで決める……!


「蹴り……だと思った?」


 距離を詰めた瞬間、ニヤリと笑った。


「ガッ……!」


 先程まで、余裕ありげな表情で佇んでいたシオは、次の瞬間には俺の顔面を殴り付けていた。

 視界がチカチカと明滅する。


「クソが……!」


 諦めようか、なんて思いが一瞬頭をよぎった。

 しかし、青みがかった黒髪を視界の端で捉え、すぐにその思考を放棄する。


「今は俺だけの問題じゃねぇんだよぉ……!!」


 倒れかける体を無理矢理体制を整えさせ、空を掴む。


 ――元来、スキルは人間だろうが魔族だろうが一個体に一つ備わっている。俺はその機能が欠如していた。


 だが、今の俺には前魔王から受け継いだスキルがある。

 そのスキルは――。


「『気操術』」


 人を投げ飛ばす感覚で空を掴んだまま体を捻る。

 すると、それに連動するかのような形で、シオの体は浮かび上がり、床へと叩きつけられた。


「……勝負あり、だな」


 起き上がる前に彼女に跨ると、喉元に短剣を突きつける。


「……確かにね」


 一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに何かに納得したように両手を小さくあげて降伏の意を示した。


「……やけにあっさりと負けを認めるんだな」

「ここで抵抗してもいいことはないからね」


 彼女は余裕そうな笑みを崩さずに、「それに」と続けた。


「そろそろ帰らせてもらおうかと思ってたところだったしね」

「は?」


 シオはそう言い終えると、頭部が灰に変わってしまった。そして、徐々に顔も灰へと変わっていく。


「特別に教えてあげよう。これは実体のある幻だよ」

「幻?」

「実態のある時点で、幻ということが矛盾しているけどね。まあ、いろいろと制約があるスキルだけど、使い勝手はいいんだ」


 ……ということは、俺は幻相手に苦戦をしていたってことになるのか……?


「ちっ、完璧に無駄足ってことか」

「違うよ。さっきのはちょっとした身の上話だけど、クリア特典をあげようかと思っていてね」

「何言ってんだ」

「前魔王の死について、ね」


 その言葉を口にした彼女を見て、目を見張る。

 おかしい……なんで顔が全て灰になってるのに喋ってんだ、こいつ……。


「その真実を、君が知らないうちは私は君を許すことが出来ない」

「許すってどういうことだよ」

「それを含めての真実さ」


 意味ありげに微笑んでいるかのような声だが、顔が見えないので正確には分からない。


「これが、君の旅の標となることを祈っているよ」


 そう言い切ると、最後に「ああそうだ」と彼女は呟いた。


「魔王軍には戻らない方がいい。命が惜しかったらね」

「……脅迫か?」

「忠告さ」


 魔王軍には戻らない方がいい、か。まあ、戻るつもりは一切ないけれど。


「そうそう、一つお前に聞いときたいことがあるんだが」

「ほう。なんだい? 答えるかどうかは別だが、聞こうじゃないか」


 そんなことを言ってくる足だけになった彼女に向けて、俺はずっと気になってたことを口にした。


「なんで、口とか灰になってるのに喋ってんだ? どっから声出してんだよ」


 そう問いかけると、ふっと可笑しそうに息を漏らす音が聞こえた。


「そんなことか。これはね――」


 そう言いかけて、プツリと声が聞こえなくなった。


「おい待て! 最後まで言ってから灰になりやがれ!」


 俺の声は虚しく部屋中に反響するのみ。


 そして、それから数秒後。

 突然全身から激しい痛みに襲われて意識を手放してしまうのだった。

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