第12話盗賊とーー
彼は、ごく一般的な母子家庭で生まれ育った。
母親は帰りが遅く、いつも一人。そして、学校でもいつも一人だった。
誰かがそうしようと言った訳では無い。人と積極的に関わろうとしない彼の性格もあって、自然と、クラスで孤立するようになっていた。
そうやって一人で過ごしていくうちに、いつしか、いじめられるようになった。
聞こえるように悪口を言ったり、わざとぶつかってきたり、彼のものを無断で盗り、隠したりといったものだった。
無邪気な悪意で、きっといじって遊んでいただけだと分かる。
彼をおもちゃにして反応を楽しみ、周りの笑いをとる。それだけであって、彼自身をどうこうといったことは何も考えていなかったのだろう。
けれど、それは彼にとっては辛いことだった。
無視するのはいい。だが、自分をおもちゃのようにして、遊ぶのはやめて欲しい。
最初から、彼にとってはいじられているのではなく、いじめられているという認識でしかなかった。
それから彼は、勉学に励むようになった。
何か一つでも取り柄があれば、バカにされることはないのではないかと、子供ながらに思ったのだ。
家に帰ると、宿題をしてアニメを見るだけだった生活は、いつしか帰宅後の時間の大半が勉強をする時間へとなっていた。
それからは、小学校のテストではいつも百点だった。しかし、小学校でのテストなんて誰も気にしてはいない。
先生に褒められようが、成績が良かろうが関係なく、彼へのいじり、またはいじめは続いた。
中学には、公立の中学へ受験入学をした。
そこから、彼を見る周りの目は変わった。
もちろん、その中学は家からそこまで離れていないため、同じ小学校に通っていた生徒もいる。
その同級生から話が広がっていき、彼は中学でも孤立するようになった。
しかし、彼はずっと勉強を続けていたこともあって、テストの点はいつも九十点代。
それにより、彼がいじめられることはなくなった。しかし、それと同時に周りとの距離も遠くなり、溝も深くなってしまった。
そんなある日、彼は中二病という病を発症した。
尊大に振る舞うようになり、鬱陶しくなった。
周りからは気持ち悪がられ、しかし、彼はそれを一切気にしない。中二病となることで、自身に対して言い聞かせていたからだ。
一人でも大丈夫、弱い自分はもういない、と。
そうやって過ごしていくうちに、学校ではさらに孤立していったが、小学校と比べれば充実していた。
けれど、そんな日々も突然終わった。
異世界へと召喚されたのだ。
戦うことを強制された。
――運動が苦手なうえ、戦う度胸もなく、いつもバカにされ続けた。
それならばと座学の勉強に励んだ。
――上には上がいて、戦闘においても上位の人が、トップだった。
努力しても届かない才能の壁を前にして、彼の心は打ち砕かれてしまった――。
☆ □ ☆ □ ☆
無理無理無理ぃ!
彼は心の中でそう何度も悲鳴をあげていた。
目の前には屈強な大男。既にもう無理だと諦めモードに入っていた。
「てめぇが俺の相手をすんのか?」
「ひゃ、ひゃい! わ、我にかかればき、貴様なんぞ、いいい、一撃で――!」
「あ?」
「ひひゃっ!」
足がガタガタと震え、嫌な汗が止まらない。
八代は目から涙が溢れてくるのを感じる。
「どっか行けよ。今逃げるんなら見逃してやってもいいぜ?」
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべてそう提案してくるグスタフ。
背後からは、怒鳴り声と複数の足音が聞こえてきた。
「おいっ、侵入者がいたぞ!」
恐る恐る背後を振り返ると、十数人の男たちが横並びに武器を持って通路を塞いでいた。
「あーあ、残念だったなぁ! 逃げ道なくなっちまったよ」
ゲラゲラと笑うグスタフ。
「というか、よくそんなんで任せろとか言えたもんだなぁ!!」
いやもうホントそれ。
八代は心の中でうんうんと頷きを返す。
あの時の我、おかしかった。なんか勢いだけで動いていた気がする。
「ともかくお前、邪魔だから死ね」
「グフッ……!」
グスタフの体が一瞬ブレたかと思うと、腹をぶん殴られていた。
「な、なにをする!」
「そんな度胸で、ここに来るんじゃねぇ、よっ!」
反撃の隙を与えないほどに、何度も何度も殴り付けてくる。
「なあ、こんな醜態晒して、何がしたいんだよ」
「ゲフッガフッ」
何度も殴られて、だんだんと痛みが感じなくなるほどに感覚が麻痺してきた。
「カッコつけてんのかよ、バカが」
グスタフの顔は笑みを浮かべていて、八代をいたぶることを楽しんでいる。
「どうせあの男も、お前も、娘も、全員死ぬんだから諦めろ、よっ!」
「ぶべらっ!」
殴り飛ばされて、壁に激突する。
一瞬呼吸が止まり、むせてしまう。
「ゲホッ、ゴホッゴホッ!」
頭からは血が流れ、身体中傷だらけ。
そんな八代の姿を見ると、グスタフはつまらなそうに息を吐き捨てた。
「けっ、大したことねぇじゃねぇか。おい、てめぇら! こいつ、始末しとけ」
「「「は、はい!」」」
最後にチラと八代の姿を一瞥すると、サトウが向かった方向へ歩き始めた。
「アガっ」
「グフッ……!」
ドサリと、人が倒れる音。
怪訝に思い、振り返ると、そこにはゆらりと立ち上がる八代の姿があった。そして、その足下には十数人の男たちが倒れている。
「おい、なんだてめぇ。まだやる気か?」
グスタフはそう問いかけるが、八代はふーっふーっと荒い息を吐き出すだけで何も答えない。
「わ、我は、真人の盟友である……」
「はあ?」
突然何を喋り始めたのかと、グスタフは首を傾げる。
「盟友に、任せたと、言われては、ここで倒れるわけにはいかぬだろうが……!」
震える声で、そう決意を声に出す。
「てめぇ一人で、何ができるってんだ」
「……何も出来ぬ。我は、一度たりとも強かったことは無い」
才能という壁を越えられず、一度は完全に諦めた。
けれども、彼は、山田 八代は、もう一度立ち上がった。
妬んで、嫉妬して、才能のせいだと決め付けれたら、どれほど楽だっただろうか。
運命を、才能を、人生を、諦められていたら、こんな苦しみは知らなくて済んだのかもしれない。
戦いたくない、怖い。
この恐怖は、何度戦っても、何度勝っても、むしろ、戦い勝つ度に大きくなる。
負けたら死ぬ、もしくは死ぬほうが楽な目に会うかもしれない。
その恐怖が、八代の精神を蝕み、戦うことを拒絶する。
けれど――。
「諦めさせてくれなかったから。無理ではないと、我なら出来ると、そう信じてくれる仲間が、いたのだ」
【不屈の漢】。そう呼ばれているのは知っている。
けれど、八代は自分自身がその呼び名にふさわしいとは思えない。
彼ら彼女らがいなければ、自分はきっと諦めて、逃げ出していただろうから。
「盟友のために、ここにいる。我は、盟友のために、戦おう!」
最初から、そう決意することが出来たら良かった。きっと、もっと早くにそう決断できたのなら、今ここで、わざわざ敵の拠点の中で戦う羽目にはなっていなかった。
けれど、山田 八代は弱い人間だから。
「為せば成る、成さねばならぬ、友のため」
元魔王軍幹部だとか、異世界人だとか、そんな肩書きじゃなく、八代だからと、頼ってくれたから。
ずっと一人で戦い続けていた少年に、手を差し伸べてきてくれた人たちだから。
だから、八代は、何度も戦うことが出来た。
「……ごちゃごちゃ喋りやがって。潰すぞ」
苛立たしげに、文句を垂れるグスタフ。
正直、怖い。サトウは、八代なら勝てると言っていたが、戦いにおいて絶対はない。
悠然とこちらへ歩いてくるグスタフを見据える。油断はない、驕りもない。あるのは程よい緊張感と、自分に対する自信だけ。
「さっさと……死ねやっ!」
「フハハハハ! 散々負けフラグ立ててくれたことには感謝するぞ!」
グスタフの姿がブレて消える。
焦りはない。目で捉えることは出来ないけれど、肌でどこにいるのかは感じることが出来る。
「むんっ!」
「ア……ガッ……!」
背後へと回って襲いかかってくるグスタフに、振り向けざまに肘打ちを食らわせる。
「まだまだぁ!!」
驚いたように、目を丸くする。しかし、すぐさまニィッと笑い、こちらへと駆けてくる。
「否である。もう終わりだ、『重力加速』」
グスタフの動きが止まる。
両足で踏ん張るようにその場に立つと、殺意の籠った目で八代を睨みつける。
「なに……しやがったぁ……!」
ものすごい眼力に、思わず視線を逸らしてしまう。
しかし、すぐにグスタフはもう動けないことに気がつくと、安堵の息を漏らしてグスタフを見据える。
「我のスキル『重力操作』である。まあ、今貴様に使ったのは、加速させる技だが……どうだ? 身体中重かろう?」
八代は、ふんすとドヤ顔で語り始めた。
「触れたものしか効果がない故、貴様が突撃してきてくれた助かったぞ!」
「うる……せぇ……!」
しかし、今自分が優位にたっているのは分かっているが、意外とグスタフがこの状況で耐えているのだ。常人なら、既に地に伏せて気絶してもおかしくはないはずなのだが……。
「ふむぅ。仕方がないな、ここまで耐えるのなら……『重力加速』」
動けないグスタフに近づき、とんと軽く肩に触れる。そして、スキルを発動すると、グスタフは一気に地に伏せ気絶した。
「フハハハハ! 我、大勝利!」
倒れるグスタフを見て、辺りに響くほど大声で笑い出す。
これで八代にとっての一番の懸念事項はなくなった。あとは、残った盗賊のみである。
「ふっ、盟友がレイ殿を救出しているうちに、我は残った者共を捕まえてやろう!!」
グスタフを倒して気が大きくなってしまった八代は、意気揚々と残った盗賊を探して歩き始めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます