第11話不屈の漢


「無理無理無理ぃ! 無理だからぁ!!」


 方位磁針の針が指し示す場所へと向かうと、大きな洞窟の入口があり、その両脇に立つ男が二人。


「二人だけなら、まあ、即座に無力化は可能……か」

「ちょっと聞いてる!? 我、あんな大男の相手は無理っ!」


 バレないように声を抑えているようだが、正直めっちゃ鬱陶しい。


「知らねぇよ……。というか、なんでそんなに嫌がるんだよ」


 引っ付いてくる八代を、なんとか引っ剥がす。


「怖いんだもん……」


 だもんってなんだよ、だもんって……。

 予想通りの答えで、思わずため息が漏れてしまう。……いやほんとにこいつは……。


「なんでそんなにビビってんだよ。お前なら勝てるだろうが」


 確かにグスタフとか呼ばれていた大男は、人間の割には強かった。だが、人間の割にはの範囲は逸脱するレベルではない。

 八代が戦えば、十中八九勝てる。それなのに、何をそんなに怯えているのか。


「だから言ったでは無いか! 怖いのだ、顔が! あと、体が大きいし!」

「はあ?」


 何言ってんの、こいつ……。

 若干引きつつも、そういえばこいつはこんなやつだったなと改めて思い出す。

 勝てる戦いでも、いつまでも逃げ出そうとするのが八代なのだ。なんなら最初から最後まで弱音を吐かなかったことなんてなかったような気がする。


「はあ……。ま、とにかく行くか」

「えっ、ちょっと待って! 我、心の準備できてないんだけど! 」

「……後どのぐらいかかる?」

「え、えーと、三時間……いや、五時間ぐらい……?」

「よし、行くぞ」


 待ってられるか。


「いや、ちょっ、待って待って待って!」


 ……ほんとにこいつは……。

 戦う気が一切ないこいつを、どうやってやる気にさせるか考える。

 と、その時である。

 洞窟の中から、複数の怒鳴り声と、男の人を呼ぶ声が聞こえてきたのは。


「おいっ! 捕らえていた娘二人が逃げ出したぞー!!」


 それを聞き、俺たちは一度顔を見合わせると、互いにこくりと頷きあった。


「もたもたしてらんねぇぞ」

「うむ、あの大男に会う前に合流して脱出しようぞ」


 どうやら、出来るだけグスタフとの戦闘は避けたいみたいだ。

 だが、別にグスタフを倒すことが目的ではないため、別にそこはどうでもいい。


「あと、あいつが行動を起こしたのならもう潜伏は無理だ。プランBでいくぞ」

「なるほど。立ち向かってくる敵は全て倒せというわけだな」


 うむと頷きを返してくる八代。


「じゃあ、三二一でいくぞ」

「まて、それはゼロは入るのか?」

「じゃあいっせーのーででいくか?」

「その場合だと、ででいくのか、言い終わってからいくのかのタイミングが……」


 うわぁ、すっごい面倒くさい。別にいいじゃん、どっちでも。

 はあ……、と小さく息を吐き出す。


「よしっ、行くぞ!」

「あれ!? さっき言ってたやつのどちらでもない!」


 いやだってなんかうじうじ言ってるし、もうどうでもいいかなって。


「ぐっ……!」

「がっ……!」


 そんな言い訳を頭の中で言いながら、入口にたってた男二人を、俺と八代は首を絞めあげて気絶させる。


「フハハハハ! 楽勝楽勝! さすが我、最強である!!」

「じゃあグスタフこと大男を……」

「それは別だな、早く行こう」


 さっきまでのはしゃぎっぷりはどこへやら、すぐに先々進んでいってしまう八代。

 ……うーむ、まじで戦いたくないのか……。


「……じゃ、極力あいつと会わないように行くか」


 正直、グスタフを八代が引き付けてくれた方が安全にレイと合流できるのだが、仕方がない。


「うむ! そうだな、それがいい!」


 そう元気よく答える八代の表情は、それはそれは晴れやかな顔だった。


「んじゃ、そういう感じで――」

「てめぇら! 男が二人、侵入してきてるぞ!」


 奥へ奥へ進んでいる道中、無精髭を生やした男にみつかり叫ばれてしまった。


「はあ!? 立て続けに面倒事かよ……」

「ちっ、男とかつまんねぇなぁ……」

「俺、どっちかっていうと女の方追いたいんだけど……」


 ぞろぞろと奥から武器を持った男どもが出てくる。

 ……こいつらは盗賊の下っ端あたりか。


「おいおい、武器も持たずにここまで来るとか、とんだ命知らずだ――ぶぎゃ」


 ベラベラと何やらまくし立てる無精髭の男の顔面を掴むと、男を後ろにいる盗賊の下っ端どもに投げつける。


「痛てぇ!」

「おい、上に乗るな! 重いだろ!!」


 そして喚き散らす連中に近づくと、確実に一人ずつ意識を刈り取っていく。


「……よし、こっちは終わり、と。八代の方は終わったか?」

「うむ。動かぬ相手なら楽勝よ」


 邪魔にならないように横へ退けて、武器や金目のものは回収していく。


「のう、なんか我らが盗賊みたいに感じるのだが……」

「身の安全のためだよ。目ぇ覚ました時、武器がなけりゃあ、襲ってこようとは思わねぇだろ。あと、せっかくここまで来たんだ。少しはいい思いしてもいいだろ」


 そう言いながら金目のものを懐に入れていると、不意に、無精髭の男が言っていた言葉を思い出した。

 ――武器を持たずにここまで来るはな、と。


「そういや、なんでお前武器持ってねぇんだ?」


 そう聞くと、八代はなんでもないと首を横に振る。


「うむ、武器は既に生きるために売り払ったのだ」

「え、まじかよ……。そこまで追い詰められてたのか……」


 確かに盗賊になるぐらいなのだ、最低限のもの以外売り払っていてもおかしくは無い。


「……そうか」


 これが終わったら、彼はどうするのだろうか。そこまで考えて、不意にあることに思い当たる。

 どうせこのまま八代が盗賊へと戻るのなら、旅へと誘ってみたらどうか、と。


「なあ八代。もしよかったら――」


 思い至ったらすぐ実行、と思い、口を開くと、それを遮るように声が聞こえてきた。


「――おいおいっ! てめぇら、もう来やがったのか」


 黄色い瞳がギラギラと光るその大男は、悠然とこちらへ歩いてくる。

 まずいな、まだレイの居場所も詳しくは分かっていない。そして八代は使いものにならない。となると、


「おい八代、ここは――」


 ――任せろ。

 と、そう続けようとした時だった。

 八代が大袈裟に手をばっと俺の目の前へと広げて、余裕ありげな笑みを浮かべて、グスタフと相対したのは。


「……盟友、ここは我に任せて先に行け」


 余裕な笑みとは対照的に、足と声は震え、額には汗が浮かんでいる。


「はあ? そこのデブがやんのかよ、おいっ!」


 ドスの効いた叫び声に、ビクッと肩を跳ねさせるが、すぐさま俺の方へ視線を移してくると、早く行けと目で訴えてくる。


「……分かった」


 俺はそう言い終えると、腰を低くして、グスタフの横をくぐり抜けるように走り抜けた。


「なあっ!?」


 俺は一度背後を振り返ると、ぐっと八代に向けてサムズアップをした。


「頼んだぜ、盟友っ!」

「任されよっ!」


 それを見た八代は、嬉しそうに笑うと――ぐっと、サムズアップを返してきた。


 ☆ ☆ ☆


 奥へ奥へと走り抜けると、一段と広い部屋へと出た。


「あっ、遅いよ」


 そこには、散乱した机や椅子や紙、そして床へ倒れている盗賊らしき男たちに銀髪の少女、そして――。


「レイっ!」


 盗賊や少女と共に床に倒れ込んでいるレイの姿があった。


「あー、大丈夫だよ。死んでないから」


 そして、その部屋の中心で椅子に座り、お茶を飲んでいるグスタフと一緒にいた女がいた。


「てめっ、レイに何をした!」

「何って、君はおかしなことを言うもんだね。この状況を見て分からないのかい?」


 やれやれと頭を横に振る女。


「分かってて言ってんだよ……!」

「ならわざわざ言わないで貰えるかな。私はそういった現状確認とかの会話に、価値を見いだせないんだよ」


 ふっと、俺をバカにするように笑う女。

 それに対する怒りをぐっと堪える。

 冷静になれ、俺。ここで頭に血が上ったら、あいつの思うつぼだ……。


「……というか、グスタフの相手はあれかい?」


 ふぅ、とカップを机に置くと、呆れたようにそう尋ねてきた。


「あいつって……八代のことか」

「そう、その彼だよ。あれだけ萎縮しきって、まともに戦えるのかい?」


 またしても、バカにしたように笑う女。

 けれど、俺はさっきのような怒りは全く感じなかった。

 ああ、あいつの強さは、分かってないんだなと、ある種の余裕が産まれるまであった。


「……何故、笑っているんだい?」


 ニヤリと笑みを浮かべる俺を怪訝に思ったのか、そう問いかけてくる。


 ――ああ、ほんとに分かっていない。


 あいつは、あの時の魔王軍の幹部なのだ。

 あの個性の塊の集団に属していた、否、どいつもこいつも協調性という協調性がなかったので集団と言えるかは微妙だが、あの七人と共に生き延びたあいつが、あの程度の相手で遅れをとるはずがない。


「知ってるか? 前魔王軍の幹部には、それぞれ二つ名が付けられてんだぜ」

「……それがなんだと言うんだい?」


 笑みが深まってくる俺の表情を見て、女は意味がわからないとばかりに首を傾げる。

 俺はそれを無視して、さらに続ける。


「八代は、盟友は、幹部の中でも一番よく弱音を吐いていた」


 ちなみに、幹部の中では俺が二番目に弱音を吐いてた気がする。


「だが、逃げ出したことは一度もない」


 逃げ出せる状況であったことが、少ないことも原因の一つなのかもしれないが。


「逆光を乗り越え、幾度となく打ちのめされて、周りからは否定され、馬鹿にされたこともあった。……けれど、一度たりとも目を逸らすことはなかった」


 これだけは、事実と言える。

 彼は、この世界に来て、蔑まれ、馬鹿にされたことが何度もあったけれど、それでも努力を続けたと、そう聞いている。


「逃げ出そうとしたことも何度もあったし、もう無理だという言葉は何回も聞いた。……けれど、諦めた姿は、一度として見たことがない」


 何度打ちのめされようとも、恐怖に怯えようとも、彼はいつも立ち上がった。

 ――諦めない、不屈の心。

 それは、俺を含めた幹部全員が、そして前魔王が認めたあいつの強さ。


「萎縮しきってまともに戦えない? バカ言うんじゃねぇ。あいつは、元魔王軍幹部――」


 ――【不屈の漢】 ヤマダ ヤシロだ。


 と、興味深そうに紅い瞳を細める彼女に向けて、言い放った。

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