第48話 優しいキミが好き
考えることがあると、時間は飛ぶように過ぎるものらしい。まだある、まだある、と思っていた夏休みは、いつの間にやら最終日を迎えようとしていた。
夏休みの課題は無事終わったのだが、如何せん、一番の問題に対して答えが出ていない。
そう。優依ちゃんと星羅ちゃん、どちらを選ぶのか、という問題だ。
星羅ちゃんは、『自分の気持ちを大事にしてほしい』と伝えてくれた。二人とも優しいから、きっと、私の選択を尊重してくれるだろうと思う。実際に星羅ちゃんはそう言ってくれた。だから、自分の気持ちを何度も何度も考えている。
ゲームをやっていたあの時の自分は。二次創作を読んでいた時の自分は。二人をどう好きでいただろう。こちらの世界に来てからのわたしは、彼女たちのことをどう思って過ごして来ただろう。
好き、の気持ちに色々あることは、知識として知っている。でも、自分の気持ちが相手とどう違うかなんて、わからない。私が彼女たちに抱いている好きの気持ちと、推しに抱く気持ちと、友達、親友に抱く気持ちと。好きな食べ物と、好きな人への『好き』はどう違うだろう。
何度も考えた。考えすぎて頭がパンクして、寝てばかりの日もあった。結局、夏休みの最後の日まで、結論は出ないまま。
どうしよう。学校が、もう始まってしまう。彼女たちに必然的に顔を合わせる状況になれば、余計に悩むことは明白だ。どうにかして夏休みのうちに決めておきたかったのに、まだ結論が出ない。悩みすぎだとも思う。けれど、そんな簡単に決められないのだ。
そんな時。家のインターホンが鳴った。
『あ、真白ちゃん。急に来ちゃってごめんね、今時間大丈夫?』
インターホン越しに聞こえるのは、優依ちゃんの声。あまり時間は経っていないはずなのだが、久しぶりに聞こえる。
『時間は大丈夫、だけど、どうしたの?』
『あのね、最近新しく素敵なカフェがオープンしたらしくて。一緒にどうかなって』
暑いだろうから、と一旦玄関先に通して話を聞くと、どうやら塾の帰りらしい。最近お互いに声をかけていなかったことを気にしてくれたようなので、素直に感謝を伝えた。
「だから、さ……? 一緒にいけたら嬉しいんだけど、どう?」
「うん、優依ちゃんがよければ、ぜひ」
本当は、断らなくちゃいけないのになあ、なんて。でも、わざわざこの暑い中、私の家の前を通って誘ってくれたこと。告白した後で話しかけづらいだろう状況でも、インターホンを鳴らしてくれたこと。そんな優依ちゃんに私ができることは、お誘いに応えるくらいしかないだろう。
「ありがとうっ!」
お誘いに頷いただけなのに、これほど喜んでもらえるとは思っていなかった。彼女の笑顔に心が温まった。
「こちらこそ誘ってくれてありがとう、すぐ準備してくるね!」
数日間会っていなかっただけなのに、優依ちゃんと会えることが嬉しい。それほどまでに二人の存在が私にとって大きいのだと自覚した。
着替えは済んでいたので、持ち物を確認して、髪を整える。鏡を見てにっこり笑うと、真白がにっこり笑っていた。
「おまたせ優依ちゃん、いこっか」
「うん! えっとね、場所なんだけど……」
スマートフォンで地図を見ながら進んでいく。夏休み中の思い出話に花が咲いているけれど、夏祭りについてだけは触れられない。触れない彼女の優しさに浸っていた。
それから、行きたいお店や素敵な風景について話をした。この近辺だけでも、行きたい場所が増えていく。海じゃなくてプールとか、秋には紅葉狩りとか。美味しいごはんも食べたいし、テーマパークに遊びに行ったりもしてみたい。
希望に満ちた未来の話。そのうちの幾つかは、ゲームのイベントにも出てきた場所だ。語る未来は、私が選ばなかった道。何度も考えたIFの世界を、思い出して、また消した。
「いろんな所に行ってみたいなぁ」
「……そうだね!」
独り言のように、期待を込めてつぶやかれたその言葉に返す。私も、素直に、彼女たちともっと色々なことをしたい。
そんな風に思っていたら、いつの間にか目的地のカフェに着いていた。こじんまりとしたお店だが、落ち着いて温かみのある外観で、どことなく優依ちゃんの雰囲気と近いものを感じる。
「わ、素敵なお店……」
「ここ、真白ちゃんと来てみたかったんだ」
ドアをくぐると、珈琲の香り。ほんのりと、けれど空間を包み込む優しい香りが漂っている。席数はそんなに多くないものの、それぞれに広めの空間があるからか広々として見えた。
店員さんに席に通され、柔らかな革材のソファに腰を沈める。優依ちゃんと向き合うようにして座って、二人して顔を寄せ合った。二人で眺めるメニューには、彩り豊かで可愛らしいデザートたちと、可愛らしい見た目のドリンクが並んでいる。喫茶店らしい古き良きラインナップも並んでおり、とても種類豊富だ。
「たくさんあって悩んじゃうね」
「ね……! どれも素敵だなぁ」
なんだか、こうしているとデートみたいだな、なんて思う。
私は彼女の恋心を利用しているのかもな、なんて思って、少しだけ苦しくなった。
結局悩みに悩んだ私達は、それぞれ紅茶のシフォンケーキと、レモンタルト。飲み物はラズベリーのソーダとカフェオレに落ち着いた。
夏らしくからりと晴れた青空が窓から覗いて、冷房の風がカーテンを揺らした。店員さんがテーブルにおいてくれた飲み物たちが氷と一緒に澄んだ音を奏でる。
「ねえ、真白ちゃん」
私の口の中が、ぱちぱちとしたソーダの爽やかさに包まれた後。彼女の、いつもよりも少しだけ低めな声が私の名前を呼んだ。
「どうしたの、優依ちゃん?」
「……すごく直球で、申し訳ないんだけど」
そう前置きして、彼女は続けた。
「考えてくれた、かな?」
この質問をされることを、私は知っていた。わかっていた。彼女が返事を求めて私を連れ出してくれたのは。移動中を避けて座ってから話題を振ってくれる優しさに、私は今日も浸っている。
どうやって返せばいいか、未だに、わかっていない。
考えはした。何度も何度も考えた。この未来に行きつかない方法を模索して、最善の選択をシュミレーションして、どうしたらよかったのか後悔して、これからどうするべきなのか考えに考えた。
どうしても、私は未来を選べない。彼女たちのどちらかしか選べない事実が苦しくて、選べないという向き合い方の中途半端さに泣きそうだった。
「ぇ、と、ね……」
言葉を紡ごうとして、口がやけに乾いていることに気がついた。さっき飲み物を飲んだところなのに、おかしいな。
「あ、ごめ」
「んーん、急かしちゃってごめんね。……気になっちゃって、つい」
気にせず飲んで?
そう優しく許してくれる優依ちゃんだって、きっと許したくないことがあるはずなのだ。けれど彼女はひたすら私を待って、私を許してくれる。
それが私に対する……真白に対する『好き』の気持ちなんだろうか。
ラズベリーが口に転がってくる。砂糖漬けされたベリーは甘くて、本来の酸味も残っていて、噛むと果汁がじゅわりと口に広がった。美味しい、甘い。
「こっちこそ、待たせちゃってごめんね」
「星羅と私、同時にだもんね。迷っちゃうよね〜」
自虐っぽく笑う彼女は、少しだけ楽しげだった。
「まさか、気は合うと思ってたけどおんなじ人を好きになっちゃうなんてな」
ひとりごちた彼女。紅茶のシフォンケーキはふんわりと、フォークの反発を跳ね返すようにしながら欠片になって、彼女の口の中に消えていった。
「あのね、私、あの時はすごく衝動的に言っちゃったんだけどね」
「うん」
「でも、本当に、真白ちゃんのことが好きなんだ」
少しだけ、瞳にさみしげな色が灯る。ああ、抱きしめたいのに。彼女はなぜ、私に想いを告げる時こんなにも寂しそうなのだろう。解りたいのに、できない自分が悲しくて無力で、辛い。
「優しくしてくれたし、私のことを見てくれてた。すっごく、幸せだった。真白ちゃんは、私って人間に向き合ってくれてるって思ったんだ。
だから私もね、もっと真白ちゃんの深いところを知りたいって思ったんだ。好きになってほしい、って、思っちゃった」
「そ、っか」
「うん。困らせちゃって、ごめんね?」
「ッ!? それは、ちがうの。私こそ、すぐ返事できなくてごめんね」
「っふふ、私達、謝ってばっかりだ。ねぇ、真白ちゃん」
「あなたのことを、好きにならせてくれて、ありがとうね」
息が止まるような、気がした。
「返事がイエスでも、ノーでもいいの。真白ちゃんのこと好きになれてよかった。一緒にいられて、このお店にも二人で来れて嬉しかったの。だから、ありがとう」
「こちらこそ、……一緒に来てくれてありがとう」
「どういたしまして。 さて、食べ終わったしお会計しようか」
席を立つ。私は、どうしたらいいんだろう。こんなに幸せな言葉をかけてもらっているのに、どうやって返していいかわからないなんて。情けないのに、でも、半端なことはしたくない。ちゃんと向き合いたいと思うけど、彼女たちの思いをふいにしているような気がしてしまう。
矛盾だらけだ。私は、ずっと。
「じゃあ、帰り道は反対だね。またあした、学校で!」
「うん、また、明日ね」
バイバイ。手を振って、後ろを向いて。少し歩いて、彼女の後ろ姿を伺った。優依ちゃんは振り向かなかったけど、でも、なんだかそれに安心した。
ベリーソーダみたいなピンク色。今日の夕暮れは、淡いサーモンピンクだった。
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