第三章 不人気ヒロインは推しと添い遂げたい
第46話 これからどうしよう
夏の夜は静かに更けていく。夜空に咲き誇っていた花々はすっかり見る影もなく、辺りにはほんのり火薬の匂いが漂っていた。
祭りの光は消えることなく、街は変わらず明るい。少し変わったことと言えば、先程まで隣にいた星羅ちゃんはもうここにはいないということだ。
祭りの喧騒から離れた神社で、一人佇む私。
星羅ちゃんの告白を受けた後、何も言えなかった。どう返すのが正解かもわからず、優依ちゃんからも伝えてもらった思いがあったから。この場でどうやって返すべきなのかわからなくて、口を噤むしかなくなっていた。
それに、自分が主人公に成り代わっているなんて、想像も出来ていなかったのだ。
情報が溢れんばかりになだれ込んできて、言葉を紡ぐ余裕がなかった。明らかになった事実に、彼女の想い。どちらも考えられて最善を選べればよかったのだが、生憎キャパオーバーだったらしい。だからきっと、星羅ちゃんを困らせてしまったと思うのだが。
「返事は今度でいいよ。聞かせてくんなきゃ怒るからね」
に、と笑った彼女は眩しかった。暗い空に咲く花火、或いは闇を照らす太陽。忘れないでよ、なんて言いながら、星羅ちゃんはひらひらと手を振って、二人で上った階段を一人で降りていった。
帰りは一人、なんて事実にふと寂しさを感じている自分が嫌で、頭を振る。
時計の針が回る度、空気は徐々に冷えていく。ここはそれなりの山の中腹。それ故か、冷たい風が吹き始めていた。
「風、冷たいな」
浴衣の薄手の生地は、夜を過ごすのには向いていないらしい。けれど、暫くはこの夜風に当たっていたかった。頭を冷やしたい。そうしなければ、帰れない。
時間をかけて、思考をシャットアウトしていく。一旦何も考えずに、ただただ頭を冷やしたかった。風で体は少しずつ冷えていく。隣の温度も人の熱気も感じられなくて、寒さに少し体を震わせた。
私はこれからどうしたらいいんだろう。
考えなくてはいけない問題が山積みだ。
一番は、星羅ちゃんと優依ちゃんに対してどういう返答をするか、だろう。
私はユイセラの二人が大好きで、このゲームのことが大好きで、勿論百合のカップリングとしてのユイセラも、優依ちゃん、星羅ちゃん、という二人の存在も大好きだ。好きで好きで仕方ない二人のどちらかを選ぶ、なんてことはできない。二人に優劣をつけることはできない。
……いや、どちらを選ぶか、という土俵にすら私は立てていないだろう。
私は
真白が好きなだけだから、『私』のことは好きじゃないだろう。
悲観的だが仕方ない。きっとこれが事実だろうから。
ただ、思うのだ。彼女たちのことが好きだから、恋人になれたならどんなにいいだろう、と。
デートすること。手をつなぐこと。大好きな彼女たちの笑顔を隣で見られること。特別な関係になるということは、キスだって、それ以上のことだって許されるのだろう。
私にしか見せてくれない一面だって増えるだろう。恋人と名前がつくだけで、今までのお出かけだって特別なものになるように思う。特別な関係。そうなりたい、と、思ってしまっている自分がいることは否めないだろう。
魅力的にしか思えない。魅力的だからこそ、後ろめたさも感じるのだが。
ああ、本当に、どうしてこうなってしまったのだろう。
この気持ちは後悔なのだろうか。でも、これまで彼女たちに向き合ってきた思いに嘘はない。彼女たちを護りたくて、悠一から引き離した。傷つけてしまったかもしれないけど、結果的に二人は立ち直ってくれたし、私達の絆も深まったと言えると思う。
部活にも真摯に取り組んできたつもりだし、合宿だって学生らしく楽しんでいたと思う。真白として生きることが決まった日から、私は精一杯生きてきた。
……でも、その結果がこれだ。二人のヒロインは、不人気ヒロインだなんて言われていた真白に惹かれ、主人公だった悠一とは疎遠になり、この物語の主人公になった真白は、祭りの夜、一人夜風に当たっている。
歯車が一つずれただけのはずだった。世界は何も変わっていないように見えた。しかし、歪みは必ず現れるのだと理解させられた。
この歪みを直すのも、歪んだままでも回すのも、それは、歯車を動かしてしまった私が持つべき責任だろう。
ようやく思考がまとまってきた気がする。彼女たちへの返答や今後の生活なんかは全く見当がついていないけれど、今日、そして今までの日々で起こったことについて理解することはできたと思う。
こんなに曖昧ばかりで、来る決断に備えられるのかはわからない。けれど、いつか私が決めるという覚悟だけはした。
私がこの物語を動かした。だから、最後まで見届けて、責任を取る。
どのような形になろうとも、優依ちゃんとも星羅ちゃんとも向き合う。
そう、私は心に決めた。
いつの間にか結構な時間が経っていたようで、お祭りの屋台の幾つかが閉店準備を始めているのが見えた。提灯の光が、端から消えていく。
先程までは、ほんの少しの寒さすら感じた空気も、今は夏の生ぬるい暑さに戻っていた。頬を滑る風だけが心地よい。
「帰ろ」
誰に言うわけでもなく自分に言って、階段を降りていく。カラン、と下駄がなる音に、砂利を踏む音が混じる。祭り囃子はとうに聞こえなくなっていたが、秋に向けて鳴き出す虫の声が辺りにしんと響いた。
からん、ころん。一歩ずつ降りていく。
先程思いを伝えてくれた星羅ちゃんは、この階段をどういう気持ちで降りたのだろう。
ころん、からん。
優依ちゃんも、一人で帰らせてしまったな。
気付けば一の鳥居をくぐっていた。後ろを向いて神域に礼をすると、また風が吹く。今度は、なんだか優しいような。ほんの少しだけ励まされたような気持ちになって、私は残りの帰り道に足を向けた。
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