第45話 星羅の気持ち

 神社を抱える山。その森は深く、きっとここは社を建てるために拓かれた土地なのだろうと想像できる。緑がいっぱいに手を伸ばしている先には、こじんまりとした社と、目下に広がる街の光が広がっていた。


 趣深さと共に、夜景としても単純に美しい景色。思わず感嘆のため息を吐くと、得意げな表情の星羅ちゃん。


「いいでしょ、ここ」

「うん、すっごく……!」

「ふふ、喜んでもらえたならよかった」


 景色に見惚れながら、山肌に近づく。落下を防ぐための柵があるが、それも腰ほどもない高さだ。祭りの光に、街々の電灯。星の光もよく見えて、綺麗としか言えない。感動でずっと街を見下ろしていたのだが、星羅ちゃんの声に振り返る。


「下の景色もいいけど、そろそろ花火始まるんじゃない?」

「あ、確かに!」


 時間を確認してみると、丁度花火が始まる数分前だ。あぶない、と思いながら彼女との会話に戻る。


 花火もうすぐだね、どれだけ上がるんだろう。楽しみだね、なんて会話をしながら、視線はなんとなく空に向けて。



 そして、その時は訪れた。



 音もなく駆け上がっていく、光の筋。一本のそれが夜空に上り、そして、夜に染まった空を彩る。一輪の花は大きく広がり、数秒後に大きな破裂音を伴って私達の元へ散る。


「始まった……!」


 本殿のある場所には及ばずとも、そこそこの高台であるここから、夜空に浮かんでは消える花々を邪魔するものはなにもない。この場所にいるのは、私達二人だけ。


 なんとも、特別な時間である。


 黄色に緑、赤、変化していくもの、ハート型の花火や小さいものが何連にもなって咲いていくもの、と、様々に夜の空を明るく染め上げていく。


「綺麗だね、星羅ちゃんっ!」

「……そう、だね、マシロ」


 彼女もきっと、私の横で花火を見つめているのだろう。そう思いながら、もう一度空へと視線を向ける。色も形も違う。それでも、綺麗だという事実だけは変わることがなくて、散ってしまうのがもったいなく思えた。


 ふと気になって、横の星羅ちゃんを見つめる。


 彼女は少し物憂げな、けれどなにか決意を決めたような表情をしていた。


 ……なにか、あったのだろうか。夜空に花が咲くたびに、彼女の顔も咲いた花の色に染まっていく。


 星羅ちゃんには赤が似合うなぁ。なんとなくそんなことを思いながら彼女を見つめていると、不意に、目があった。


「ねえ、マシロ」


 花火が打ち上がる。大きな破裂音が何発か鳴り、そして、一瞬静かになる。きっと球を込める時間だ。


「どうしたの、星羅ちゃん?」


 また、花火が打ち上がる。

 彼女の瞳に宿る光が、上がる花火たちの色に染められていく。

 鮮やかな色は彼女にとても良く似合うが、如何せんこの音たちは話すのには不向きだ。


 こんなに煩い中なのに、どうしたんだろう。疑問は頭をもたげるままだったが、彼女の様子は変わらない。


 静かになった瞬間に、口を開いた星羅ちゃん。



「私、ね。初めて会った時から、マシロのことが好き」



 思考が、止まった。


 彼女の顔に映し出される赤。それは、もしかしたら、花火だけのそれではなかったのか。


「ずっと、好きだった。私と……付き合ってほしいんだ。一緒に色んなことをしたい。デートしたり、手を繋いだり、……こういう事だって、したい」


 世界から音が消えたような気すらした。彼女の髪が揺れるのと、浴衣の袖がふわりと空気に踊ったのだけが視界の端に映る。


 彼女の顔が、唇が、近づく。端正な顔。よく見た顔。ゲームでも、この世界でも、幾度なく彼女のことを見ていた。


 思わず目を閉じる。唇が、触れた。

 柔らかいそれが、優しく触れる。数秒した後、ゆっくりと離れていく。


「好きだよ、マシロ」


 言葉の理解が追いつかない。そうだ、先程もそうだった。触れて離れた唇が示すただ一つの事実は、私と星羅ちゃんがキスをしたというそれだけ。


 けれどそれだけで片付けられるわけがない。


 私と付き合ってほしいという言葉。それは、先程優依ちゃんから受けた告白と同じということだ。これから先、出かけたりというのは、きっと、恋人として、ということだ。


 有り得なかったはずのセリフ。けれどこれも、聞いたことがあるセリフ。幾度となくプレイしたゲームのエンディングの一つに、何度か見たものだ。


 彼女が私に恋心を抱いているという事実はきっと、変えることができない。


 ああ、神様。

 私は、どこで間違えてしまったんでしょうか。



 そうだ。考えてみたら、わかる話。私の考えが足りなさすぎた。


 私が夏休みにやっていたこと。合宿のイベント。それは、優依ちゃんと星羅ちゃん、二人と行っていたことだ。優依ちゃんが攻略されていた。それはつまり、同じく攻略対象であった星羅ちゃんを攻略できていない理由とはならないだろう。


 好感度を下げる行動など取っていない。だって、推しが好きだから。つまり、好感度は恐らく上がる一方だったはず。


 彼女——星羅ちゃんもまた、私が攻略をしてしまったということなのだろう。


 何故気づかなかったのだろう。合宿中には数々のイベントが起きていた。普通だったらあり得ないと一蹴できただろうが、私は気付けなかった。だから、取り返しのつかないことになっていたのだ。


 何度も起こるイベントはどこかギャルゲーを彷彿とさせ、スキンシップが多くてフレンドリーなユイセラの二人。フラグはあちこちに散らばっていた。


 それもこれも、私が浮かれていたせいだ。


 悠一を、ゲーム同好会から追い出したこと。


 それはすなわち、主人公を物語の中心から追い出したということ。


 今、この世界の主人公は、だ。



 世界に音が戻っていく。虫のざわめきも、街のぼやけた喧騒も、咲いて散る花火の音も。目の前には星羅ちゃんがいて、恥じらいの残る、けれどやりきったという表情で佇んでいる。



 私はこれから一体、どうすればいいんだろうか。



 花火が一輪、大きく咲いた。

 夏の終りを告げる音が、無情にも響いて、散った。

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