第43話 優依の気持ち
「ふー……ごめんね、テンパっちゃって。びっくりさせちゃった?」
「いやいや、気遣ってもらえてるなって感じて、嬉しかったよ」
柔和な笑み。先程の泣きそうな表情が嘘のように、柔らかくて穏やかな声色。彼女の悲しそうな表情は、もうあまり見たくないなと思いつつ。
「やっぱり、優依ちゃんは笑顔が似合うよ」
「っ、恥ずかしいよ」
「えぇ、本当のことだもん、許して?」
「んん……まあ、いいんだけど」
和やかな空気。そこら中で光を振りまいている提灯が、彼女の横顔に紅をさす。白い肌に赤い光がよく映えて、じっと見つめていると、目があった。
「あのね、真白ちゃん」
纏う空気が、少しだけ変わるのを感じた。
「どうしたの?」
「……聞いてほしい、ことがあるの」
頬を、夜の風が撫でていく。彼女の髪飾りが、風に揺らされて小さく音を立てた。
彼女の目はいつになく真剣で、それに気付いた私は、少しだけ、息を呑む。
しばしの沈黙が、場に立ち込める。祭りの日だというのに、この場所はやけに静かだ。祭りの喧騒が、少し遠くで聞こえる。祭り囃子は華やかで、人々の話し声は楽しげで。
聞いてほしいこと。少しだけ嫌な予感が首をもたげる。それはない、違ってほしい、という希望で頭の中から追い出した。まさか今になって悠一の脅威が訪れるわけがないし、そうならないよう私が排除したはずだから。
けれど、それ以外に聞いてほしいこと、って、なんなんだろう。
堪えきれなくなって、私が口を出そうとした瞬間に、彼女の口が開いた。
「真白ちゃんは、さ」
「うん」
「私のこと、好き?」
彼女の問いかけ。なにか言われると思っていたから、少しばかり拍子抜けした。けれど、優依ちゃんのことが好きか、と聞かれれば、返す答えは決まっている。
「うん、勿論、好きだよ?」
だって、大好きなゲームの推しキャラのひとりなのだから。顔も、性格もとても素敵で、ゲーム内でも良いキャラクターだった。
二次創作でもゲームの本編でも、変わらぬ優しさと大人っぽさを兼ね備えた彼女に何度惹かれたことだろう。それに、この世界に飛んできてからも優しくしてくれて、しっかりした彼女に何度も助けられてきたのだ。好きか好きじゃないかと言われれば、好きに決まっている。
「………そっか」
ぐ、と、何かを堪えるような顔をする優依ちゃん。歯を食いしばるようにも、流れそうになる涙を我慢するような表情にも見えた。
どうしたの、と聞こうと思ったが、よく考えるとその表情をさせたのは私だろう。彼女が何かを口にしてくれるまで、私はなにも言えない。悲痛な顔の彼女に手を伸ばそうとしたが、それもできない。
何も出来ない私は、大人しく、彼女の言葉を待つ。
少しして、絞り出すような、優依ちゃんの声。
「私は、……真白ちゃんのことが、違う意味で好きなんだ」
違う、意味。私の好きは、たしかに好きではあるけれど。友達として、或いは推しとして。好きな友達の一人が優依ちゃんなのだ。
けれど、それとは、違うらしい。
頭の中がぐるぐる回る。言葉を発するにも、喉が、口の中が乾いて、言葉が出てこない。くらくらする。どうしたらいいんだろう。彼女の言葉を聞くことしか、今の私にはできないのに。
「私は、私のことを、ちゃんと好きになってほしいの。真白ちゃんが、好きなの、ッ……」
捲し立てるように、言葉が止まらない。
「ほんとは、言うつもりじゃなかったの、でもね。でも、言うしか無くて、ごめんね。好きになってほしくて、でも……それとも、私のこと、恋愛的には、好きになってくれないのかな」
彼女の苦しそうな表情につられて、息がしづらい。
彼女は、一体、何故。
「好き、です。真白ちゃんのことが、好きです」
とめどなく溢れ出す思いが、抑えきれなかった。そう言わんばかりの彼女は、どこか寂しそうに見えた。抱きしめられることを望んでいるような。けれど、一人で、気丈に立とうとする、そんな一人の少女。
何かを言いたい。抱きしめてあげたい。頭をなでて、ひとりじゃないよ、と言ってあげたい。軽率に好きを返すには、彼女の愛は真剣で、無垢で、真っすぐで、綺麗だ。
だから、今の私には、それはできない。
さっき彼女の悲しげな顔を見たくないと思ったのに、優依ちゃんが悲しむ原因を作っているのは私だ。偽りで埋めるには余りに純粋な感情を、私で汚したくない。そんなエゴで、彼女を苦しませている。
どうしたら、彼女は笑ってくれるのだろうか。
わからない。何を返したら良いのだろう。回らない頭を必死で動かす。
そうして、返事を模索している間。
ふと、思い出したことがある。
そうだ。どこか聞き覚えのあるセリフ。彼女が、「違う意味で好きだ」と言い始めた瞬間から、私の頭の中にはなにか引っかかりがあった。
何度もプレイしたゲームで、そのうちの何度かは、このエンディングに辿り着いた。本来のゲームでは、主人公であった悠一に対して放たれた言葉。
悲観的な、けれど、熱情的な彼女のセリフ。好きで好きで仕方ないのだと告げる彼女に心打たれた記憶がある。
これは、本来であれば、主人公に対して向けられるセリフだ。
何故、何故気づかなかったのだろうか。
夏祭りのイベントがある。そして、夏祭りイベントは主人公がヒロイン三人のうち誰を選ぶかのターニングポイント。
ありえない話ではない。なんせ、選択肢は与えられていないものの、私はたくさんのイベントを彼女たちとこなしていた。ギャルゲーらしい、ハプニングじみたイベントがたくさん。合宿なんかもその一つだったのかもしれない。
どうやら私は、優依ちゃんを攻略してしまったらしい。
数奇な事実に、辿り着いてしまった。
告白の返事を、なにかしなくてはいけないだろうか。けれど、今しがた気付いてしまった事実に動揺しすぎて、頭がまわらない。
そんな私に気付いてくれたのだろう。苦しげだった優依ちゃんが、笑う。
「返事は、また落ち着いてからでいいから、くれたら嬉しいな」
それじゃ。ひらひらと手を振って、右足をかばうように歩いていった彼女。
処置も何も出来なかったし、気をつけて帰ってね、の一言すら掛けられなかった自分に少しばかり苛立ちを覚える。
どうしたらいいのだろう。確かに、彼女に好意らしい好意を抱いていることはきっと事実だ。
しかし、あそこまで愛を伝えてもらったのに、私は同じだけの愛を優依ちゃんに返せるだろうか。彼女が私を気遣ってくれる気持ちも、変わらず優しくしてくれる姿も。それが恋愛感情ゆえだと知ってしまった私は、それを素直に受け取れるだろうか。
彼女の感情は、本当に私に向いているものなのだろうか。
柊真白に成り代わった私なのか、それとも、柊真白、という人物なのか。わからない。もう考えたくもない。けれど告白してもらった事実は変わらないのだ。吐きそう。頭だけでなく胃もぐるぐるしてきたらしい。
「どうしよう、かな」
口を開けたり、閉じたりして、声を出してみたり。
……ああ、喉が乾いた。
未だ立ち上がる気になれないけれど、飲み物を買いに行こうか。
そう思って立ち上がった私は、スマートフォンが震えたことに気がつく。
画面を点けて表示されたのは。
『マシロ、合流しない?』
星羅ちゃんからの、メッセージだった。
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