第41話 夏祭り

「わぁ……! これ、すっごく美味しそう!」

「すごい、フルーツも乗ってて可愛いね」


 氷が光を反射してキラキラと輝いた。シロップは真っ赤で、透明で白い氷を染めている。こんもりと盛られた氷にはイチゴやベリーが飾られて、とても可愛らしい見た目だ。イチゴ以外にも、マンゴーや抹茶、ブルーハワイ等、様々なフレーバーがあるらしい。写真映えしそうなこれを目当てにか、大通りから外れているにしては女性客の姿が目立った。


 私達が見つけたお店は、露店が並んでいる最も大きな通りから一本奥に入った少し静かなところにある。普段はここで甘味処をやっているようだが、祭りの時期には外で食べることができるらしい。ディスプレイされた可愛らしいかき氷たちはとても魅力的で、私達三人もその魅力に取り憑かれてしまったような気がする。


「これにする?」


 そう聞いてくれる星羅ちゃんも、どこか期待したような表情だ。満場一致で最初の買い物はこのお店になった。


 私はイチゴ、優依ちゃんはブルーハワイ、星羅ちゃんはマンゴーをそれぞれ選び、店員さんに注文する。目の前で作ってくれるスタイルのようで、氷を削る耳心地の良い音が聞こえ始めた。刃が氷を細かくして、ふわふわの雪のように降らせていく。夏に降る雪は、徐々にプラスチックの皿に降り積もって、次第に山を作った。


 その山がいくつか作られて、次は鮮やかな色のシロップが掛けられていく。山の頂から染み込むように、透明な色が塗り替えられていくのがとても面白い。


 氷がしんなりと液体を受けて少し溶けて容積を減らすと、お次はフルーツの出番のようだ。凍らされた果物たちがその色彩を主張しながら、氷の山に飾り付けられていく。先程たんまり掛けられたシロップを追加で上からかけたら、彩り豊かなかき氷の完成だ。


「ありがとうございます!」

「いえいえ! こちらがお品物になります。浴衣を着ていらっしゃる方々には練乳をサービスさせて頂いておりますので、よろしければお使いくださいね〜」


 手渡してくれたお姉さんにお礼を言って、誘導されるままカウンターに向かう。混雑緩和のためか、スプーンなどもそこに置いてあった。練乳の入っているボトルもあったため、イチゴが乗っているそこにゆっくりと垂らしていく。


「めちゃくちゃ可愛いな……?」


 私のものは白と赤の組み合わせに、艶を持ってキラキラと輝くフルーツたち。ラズベリーとイチゴが見た目のアクセントになっている。


 星羅ちゃんのかき氷はマンゴー。濃い黄色が口の中に広がる甘さを連想させて、かつ少し大振りな果実がごろごろと乗っていてとても美味しそうだ。


 優依ちゃんのブルーハワイは、夏らしい水色。彼女の浴衣ともとても似合っているし、上に乗っているパインや添えられたミントが、色の組み合わせとして面白い。


 太陽が落ちてきたとはいえ、まだ暑い夏の日である。目の前にある氷たちが美味しそうに見えて仕方がない。丁度近くにあった日陰のベンチに三人で腰掛けて、それぞれスプーンで掬い取る。


「んん〜〜っ……!」

「ん、うま」

「わぁ、おいしいっ!」


 一口目から、甘ったるすぎないイチゴの風味が口の中に広がる。ふわふわの氷は優しく溶けて、元は凍っていたのだろうベリーたちのシャリシャリとした食感が面白い。酸味の強いベリーと甘みの強いイチゴが掛け合わされた甘酸っぱさがかき氷全体の甘さを引き立てている。


 ……冷静に考えて、これが夏祭りの出店で出てるのすごすぎないか? そういえばこの近辺に美味しい甘味処があるって噂があったのはここか。納得した。


 最初に思い描いていたかき氷よりも数倍美味しかったためだろうか、二人の表情も明るい。感想をいうより先に二口目を口に運んでいた。


 食べる女の子が可愛いのは周知の事実で、しかもそれが推し二人ときた。なんだこれは最高である。女の子と甘いものの相性の良さに勝手にびっくりしていると、


「マシロ、それ美味しそうだから一口頂戴?」

「あ、いいよ?」

「やった! ありがと。……あー」


 口を控えめに開けて私のことを窺う星羅ちゃん。若干の上目遣いが可愛い。その可愛らしさに思わずスプーンに掬ったかき氷を彼女の口の中に入れてしまった。あーんされて頬張っている表情は緩んでいる。普段よりも幼気に見える彼女の笑顔に、私も頬を緩めた。


「真白ちゃん私の食べない? 味変にさ」


 今度は逆側からの誘惑。青い夏をスプーンに乗せた優依ちゃんが、私の方を見ながら笑みを浮かべている。浴衣がどことなく艶っぽくて、生唾を飲み込んだ。


「あ、じゃあ、……でも」

「んー、遠慮しないで?」


 彼女の手が近付いてきたので、申し訳無さやら恥ずかしさやらのままに口を開けた。顔が熱いのは、気のせいではないだろう。


 口に含んだ甘いそれを舌で溶かして、スプーンから口を離した。溶ける氷の食感はあまり自分のものと変わらないとは言え、ブルーハワイの夏らしくさっぱりとした甘さが口いっぱいに広がった。一緒に乗っていたパインは酸味がほんのりと漂っているものの、熟れた果実は柔らかく裂けて、甘い常夏の香りが漂う。


「おいしい……っ!」

「ふふ、でしょう?」


 そう得意げな笑みを浮かべた彼女は、またスプーンでかき氷を口に運び始める。


 そこで漸く私は、私と星羅ちゃんが、そして優依ちゃんと私がしたのが間接キスだったことに気がついてしまったのだった。女の子同士なのだからこれくらい、と思わないこともないのだが、しかし推しとの触れ合い自体が尊い。仕方ないだろう。


 気がつけば三人とも器の中を空にして、どこか満ち足りたような顔をしていた。



 露店は他にも様々並んでいた。ゲームイベントがあった関係なのだろう。射的や金魚すくい、くじ引きや風船つりなどのレクリエーション関係も充実していたし、ご飯物や甘いものもたくさんあった。軽くではあるがお腹を満たした私達は、順繰りに遊べる屋台たちを回っていく。


 射的は下手くそだったし、くじ引きは当たらないし、金魚は捕まえられなかったけれど、風船は釣れたから手首から垂らしながら歩いていく。優依ちゃんが金魚を掬っている横顔に、提灯の赤い光が差すのも、星羅ちゃんが射的の的を狙いながら目を細め、光が反射して爛と光るのも、一枚のイラストになってしまいそうなほど綺麗だ。


 ゲームをしていたあの頃も楽しかったけれど、生で触れていられる彼女らのどれほど美しいことか。楽しくて仕方がない。



「はー遊んだ遊んだ」

「楽しかったね〜……でもお腹へったし、各々好きなもの買いに一旦別行動にする?」

「そうね! 夕飯がてら食べたりぶらつきましょうか」


 そんなこんなで別行動の流れとなった。


 あたりに漂うソースの匂いに、甘い香りが混ざり合っていく。様々な匂いが混ざっているのに、あまり不快に感じない。美味しそうなものにつられながら、ふらふらと歩いていく。


 近付いてくる、運命の足音に気づかずに。

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