第40話 浴衣選び

 蝉時雨。夏も徐々に終わりに差し掛かっている。叫ぶような合唱は、いつのまにか徐々に物悲しさを増しているように思える。


 暦の上では夏が終わろうとしているが、実際のところは違う。差し込む強い光と、夏を主張し続ける残暑が体にまとわりついた。


 当日の朝。やけに早く目が覚めてしまって、普段は夜に浴びるシャワーを浴びた。朝兼昼ご飯になる、普段よりもちょっぴり多めのブランチを口いっぱいに頬張りながら食べる。


 スマートフォンを何度も確認して、結局浴衣に着替えるにも関わらず、服装のチェックをした。万全過ぎるくらいの準備をしてしまうのは、これが夏休み最後の大きなイベントだからだろうか。優依ちゃんと星羅ちゃんと過ごせる日が楽しみだから、というのが一番しっくり来る理由ではあるが。


 さて、そうこうしていたら出るのに丁度いいくらいの時間になる。すっかり整っていた準備で家を出て、半ばスキップのような状態で、集合場所の近くに向かった。


 順々に集まった私達。そこそこの頻度で会っているのにも関わらず、顔を見ることができるだけで再会の挨拶もそこそこに目の前の店へと入る。


「浴衣とか、私いつぶりだろ」

「私もちっちゃい時以来着てないな〜」


 中学、高校と、年を重ねるにつれて、可愛らしいものへの興味は出てくるものの、着付けであったり和装に対しては面倒なイメージがついてしまう。着ている服より何をするか楽しむほうが先決なのかもしれない。


 さて、店の中はあまり広くはなく、様々な浴衣に着物、帯、アクセサリーが、所狭しと並んでいる。様々な色が溢れるそこに見とれて、色も模様も、昔ながらの雰囲気を感じるものも華やかなものも、たくさんあるのだ。


 ……こんなにあると、迷ってしまう。


「お困りの際はお手伝いさせて頂きますので、お呼びくださいね」


 にこやかに去っていった店員のお姉さんに、早速頼ることになりそうである。とにかく色々なものを見て、そこから着たいと思えるものを選ぶ形にしようか。じっと浴衣が並べられている棚を見つめる私。


 そんな私があまりに必死そうに見えたのだろうか。


「せっかくだから、みんなでお互いのやつ決めてみない?」


 優依ちゃんが素敵な提案を出してくれた。種類が多いからとても一人では見きれないし、提案してくれる中から自分の好きなものを選べばいいこのスタイルは、正直助かる。


「いーね、楽しそう。いくつか案出す感じ?」

「例えば、これは真白ちゃんに似合うな〜と思ったら本人に聞く感じとかどうだろう?」

「それでいいと思うな!」


 図らずも、二人の浴衣に口出しできるようになってしまった。この浴衣の海から自分に似合うものを探すのは大変そうだが、推し二人に着て欲しいものを選ぶとなれば張り切るしかないだろう。


 ……そういえば、夏祭りイベントでは二人も浴衣を着ていたな。もしかしたらこの二人や、真白が着ていたものがこのお店にあるのかもしれない。


 そう考えるとお宝を掘り出すような、そんな気持ちで楽しめるというものだった。



 結果的に、私は見つけてしまった。ゲームの中に出てきた浴衣たちにとても似たそれを。


 私は悩んだ。確かに、彼女たちにはとても似合っていた浴衣だ。ゲームの制作側が意匠を凝らして作ったものなのだから、一つの正解選択肢ではあると思う。けれど、どこか怖かったのだ。


 どうにかして掴んだ平穏から、手を離すことになるんじゃないか、と。


 まあ、考えすぎかもしれないが。


「あ、優依ちゃんこれとか似合いそうだよ〜!」

「どれどれ? ……可愛い! さっき星羅が勧めてくれたのも可愛いけどこれは上品さもあって素敵ね」

「おー、マシロセンス良いね。私のはさっきの以外にないの?」

「んん……これとか?」

「おー、いいねぇ」

「真白ちゃんはこれが可愛いと思うのよね」

「優依、天才? これは似合うわ。これがいいと思う」


 話しながら決めていく過程が楽しい。悩みに悩んで、浴衣を選ぶのに割と疲れてしまった私たち。帯や下駄は、浴衣に合うものを店員のお姉さんに見繕ってもらい、そのまま着付け、ヘアセットと進めていく。


 着物と違って着込むものが少ないからか、思ったよりもスムーズに着付けて頂いた。帯をしっかりと結ばれて、背筋がしゃんと伸びる。


 ヘアアレンジに関しても、私は簪などの髪飾りを見るだけでよかったのだが、星羅ちゃんと優依ちゃんの長髪を活かすためにも髪を結いでくださるようだ。二人が終わるのを楽しみに、私はひと足早くお店の外に出た。


 冷房の効いた店内とは反対に、外は相変わらず暑い。茹だるような暑さの中だが、浴衣のおかげかなんなのか。涼やかな音を響かせる風鈴と、体に染みるような爽やかな風のおかげか。ほんの少しだけ、涼しくなった気がした。


 陽は少しずつ落ちてきている。青一色だった空が、赤みを持ち始める。

 どこか、夏祭りの始まりを告げる合図のように思えた。

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