第39話 夏の終わりに

 結局、そのまま私達三人は眠ったまま優依ちゃんのお家についたらしい。運転手の方が起こしてくれて、やっと目覚めた私達。そのまま私達の個人宅にまで送ってもらい、三泊四日の合宿は幕を閉じた。


 合宿の思い出を数えればきりがないくらいには楽しかったし、満足感がすごかった。その日から数日は夏季休暇の課題もゲームも手につかないくらい。


 どうやら優依ちゃんや星羅ちゃんもそうだったようで、みんな家にいるのにも関わらずメッセージでのやり取りが盛んになっていた。


 夏休み中の部活でこういうゲームがやりたい、というURLを送ってみたり、逆に送られてきたものを調べてみたり。それだけで楽しくて、次に会えるのが更に楽しみになって。


 結局やりたいゲームが増えてしまったので、元々あった予定を延ばしたりして色々なゲームで遊んだ。


 学校も比較的長時間いられるので、合宿中にやってみて楽しかったものの第二回をやってみたり。完全に新規のものを仕入れて遊んでみたり。トランプを使ってやれるゲームを色々開拓したり、今あるもののアレンジをするのもとても楽しかった。


 ただ部活動だけではなく、例えば優依ちゃんには課題のわからないところを教えてもらったり、星羅ちゃんが教えてくれた新しくできた美味しいお店に連れて行ってもらったり。個人とだけではなく三人でのお出かけもとても楽しかった。


 部活動半分、私達の楽しみ半分でボードゲームができるお店に行ってみたり、アウトドアで遊べるように広めの公園やキャンプ場をやっているような自然豊かな場所に出掛けてみたり。


 すごくすごく楽しくて充実していたと思う。来年になると進路を決めてそこに進まなくてはいけないから、こうして自由に遊んでいられるのは今年までだ。


 そう考えると、高校二年生の夏休みは毎日がキラキラとした思い出に彩られていると感じる。


「もうすぐ夏も終わりかぁ」


 クーラーの効いた部屋。窓の外にはもくもくと大きく膨らんだ入道雲が鎮座する夏らしい青空が広がっているのを見ながら、なんとなしに呟く。


 終わらない課題に辟易しながら、外の雲が風に流されていくのを見るのは楽しい。終わらないとは言えども、優依ちゃんという教師としても優秀な友達に教えてもらっていたおかげで課題は順調で、ほとんど提出できる状態なのだ。だから、余裕をこいていられるというわけだ。


 夏も終り。その事実に気がついた時、不意にゲームの記憶が蘇ってくる。


「そういえばこの世界の夏祭りの日程はいつなんだろう?」


 そう。私も合宿中は楽しくて忘れていたが、元はと言えば私は恐らく転生者であり、これは『放課後メルティーラブ』の世界線である。


 ゲーム内には合宿イベントはなかったのだが、夏休みは攻略対象の三人と仲を深めるために様々なアクションを起こすタイミングだった。


 合宿に行く、という程でもなく、その中で好感度が上がったキャラクターとは海に出掛けたり、デートのような形でショッピングに行ったりをしていた気がする。


 懐かしい、妙に凝ったミニゲームがたくさんあって楽しかった。ゲームとして楽しんでいたときもこの世界が、出てくる登場人物たちが大好きだったなぁと思うのだ。


「えーと、夏祭り……」


 スマートフォンの検索窓に市の名前と夏祭りを入れて、検索する。ヒットしたそれを見ると同時に、ゲーム同好会のグループから通知が来たのがわかる。


『明後日の夏祭り、みんなで一緒にいかない?』


 調べようと思っていた夏祭りの情報は、図らずも手に入ってしまった。情報を咀嚼して、一拍置いて驚く。


「明後日!?」


 夏は終わるし、そろそろかもしれないなという気持ちではいた。しかし、まさか明後日だとは。驚きはあれど、誘ってもらえたことが嬉しい。せっかくの夏祭りなのだから、一番仲のいい二人と出掛けたい気持ちは膨らむ一方だった。


『ぜひいきたい!!』


 そう返信すると、同意してくれた二人と一緒に細かなスケジュールを決めていく。雰囲気が出るから「夕方からのほうがいいかな」とか。「せっかくだし、皆で浴衣着ていく?」とか。


 予定している段階からとても楽しみで、二人の浴衣姿も想像して、一人で勝手にテンションが上がっている。浴衣に関しては、近くにレンタルできるお店があるらしい。お昼の後にそこに行って着付けてもらってからお祭りに出かけよう、ということになった。


 夏祭りイベント。これは、実際にゲーム内にあったものでもある。ゲーム同好会の四人ででかけて、ヒロインたち三人のどのエンディングに行くのか、という分岐点だった。


 祭りの規模もかなり大きくて、大きめな神社を母体として様々な店が出たり、花火が打ち上がったりするような、私達のいる街――すなわちゲームの舞台であるこの場所で、一番大きなイベントなのだ。


 ゲームの本来のストーリーではゲーム同好会全員で夏祭りに行くのだが、ユイセラ界隈で二次創作を読み漁っていた私は、何通りものユイセラお祭りデートを満喫している。ユイセラ二人だけのもの以外にも、真白を交えた三人でのお祭りを書いている作者の方もいらっしゃった。


 悠一のいなくなった今、夏祭りは私達三人で行くことになるだろう。まるで二次創作が公式を奪ったようだな、なんて思って笑ってしまった。


 とはいえ、私が最推しである二人と一緒にお祭りに行ける事実は変わらない。


 ゲームでも同人でもやはり物語というのは俯瞰目線で進んでいくことが多いから、実際にその目線になってお祭りを楽しめるということが楽しみで仕方ないのだ。


 大好きな推しと夏祭り。合宿も楽しかったし最高の思い出だ。だから、もうひとつ、大事な思い出を作りたいと思ってしまうのは我儘だろうか。


『日程とか時間決めてくれてありがとう! 楽しみにしてるね!!』


 スタンプを添えて送ると、二人も返事をくれて、そのままスマートフォンを閉じた。


 満足感に、口元が緩む。置きっぱなしにしていたノートを閉じて、ワクワクとした気持ちのままに色々なことを考え始めた。彼女たちの浴衣姿や、出店はどんなのを回るか。お参りもしたほうがいいかな。花火はどこから見るのが綺麗だろうか。


 楽しみで仕方なくて、今度はスマートフォンでマップを開いたりして。


 この瞬間の私は、ただ楽しみだったのだ。


 公式ストーリーではあり得なかった、ヒロイン三人だけの夏祭り。二人と出掛けられるということだけが頭にあって、それが指し示す事実に、頭がいかなかった。


 気が付かなかったのだ。まさか、こんなことになっているとは、思ってもみなくて。




「真白ちゃんのことが、好き、です」

「好きだよ、マシロ」




 一体私は何を間違えたのだろう。どこで、間違えてしまったのだろう。


 いや、もしかしたら、私が間違えたわけではないのかもしれない。


 間違えたのが私だとは断言できない。


 けれどこれは、全く想定をしていなかったことで。


 夏祭りが始まったときも、一緒に露店を回っているときも、こんなことは考えていなかった。


 その、はずなのに。



 二人の声は、セリフは、表情は。


 一体何故?


 誰も教えてくれない。起こったことは、ただ一つの事実を示していた。





 ——— 時は、遡る。

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