第35話 攻めすぎな罰ゲーム
「お待たせ、そろそろ良いくらいの時間でしょ」
「おかえり、星羅。準備ありがとう」
「いーえ。次のゲームしながらつまむ用だから気にしないで」
「ん、しょっと……。星羅ちゃんありがとう!」
「はいはい、いいよ。次は優依よね?」
「そうね。配るよ〜」
三戦目である。未だ頭に残る柔らかい感覚。カードが配り終えられて、自分のを確認した。
……今日は本当に、わけが分からないくらいに運がいい気がする。
ジョーカーは最初から手の内にいるし、階段を作れそうな数字が多い。今回は二枚だししづらそうなのが欠点だろうか。
幸い今回は最初の手番は私なようだから、さっさと階段を作って上がってしまうのもいいかもしれない。
ということで、使わなさそうなカード達を優依ちゃんに渡した。
「あら、いいの真白ちゃん?」
「それ多分使わないと思うから、どうぞ〜」
「ふぅん……? ありがとう」
戦略型の彼女だから、渡したカードがピンと来なかったのかもしれない。しかし私からすれば立派な策略なのである。幸い優依ちゃんからもいいカードが来たし、今回も大富豪になれそうだ。
予想通り、といったところだろう。結局革命が起こったりすることもなく、安定して勝ちを得ることができた。いつもよりも奮わないからなのか、優依ちゃんや星羅ちゃんの顔が少々苦い。罰ゲームもかかっているため、真剣そのものである。
結果的には、私、星羅ちゃん、優依ちゃん、と変わらぬ順番となってしまったようだ。
「うぅ、勝てない……最初の交換さえなければまだ星羅には勝ててたと思うんだけど」
「それが大富豪の醍醐味でしょ? ほら、早く引きな〜」
「むぅ」
少し唇を尖らせた優依ちゃん。どんな顔をしても可愛いのだから、美人はずるいなぁと思う。
……さて、とはいえ二回目の罰ゲームトランプである。あまり臆する様子も見せず、カードを一枚捲った。
「え、本当に? ……『服を一枚脱がされる』って書いてあるんだけど」
「っはははッ! 先輩たちけっこー大胆なこと書いたねぇ」
「しかも、脱がされる、だし」
今は八月上旬。夏の盛りの今、冬のように重ね着をしているわけではない。着ている服の下には、下着くらいしか着けていないだろう。流石にスカートを脱がせる訳にもいかないし、であれば上を脱ぐしか無い。
普段は落ち着いて大人っぽく見える彼女。けれども、さすがにこんな状況ではいつものようにはいかないらしく、動揺が透けて見えた。
「っ、結構な罰ゲームね……?」
「これ持ってきたの優依なんだから諦めな? 大人しく脱がされた方が身のためよ」
「星羅が脱がすの?」
「いや、ここは大富豪のマシロがいいかな〜って」
愉しそうに緩んでいた星羅ちゃんの目が、優依ちゃんから私に向く。驚いて背筋を正すと笑われてしまった。
え、本当に私が脱がせるの? お流れになるものかと思っていたし、やるとしても自分で脱ぐ程度になると思っていたのに。
「ほらマシロ、優依が待ってるから」
「ゃ、ちがっ……! 気にしないでいいからね?」
気にしないでいい、という言葉から察するに、やられることを本気で嫌がっているようでは無さそうだ。それなら、彼女を脱がせるのも吝かではない。
……というか寧ろ、ご褒美が豪華すぎて心配になるくらいだ。
「えと、やっても大丈夫?」
「……っ、うん」
普段とは違う、少しだけ気まずさを覚えるような空気が流れた。伏した目と、長い睫毛に目が行く。向かい合うような形になって、彼女の服の裾に手をかけた。白いロングスカートに合わせた、深緑のブラウス。柔らかな生地のスカートと合わせた、透け感のある生地が彼女の身を包んでいた。
あまり直視しないように気をつけながら、優依ちゃんの体のラインに手を這わせながら引き上げていく。首元のリボンがふわりと揺れた。
「〜〜〜っ、……腕、どうしたらいい?」
恥ずかしそうに少し震えた声。さすがに服を脱がされるなんて状況になったことがないだろうから、当然といえば当然だが。シラフの女子高生が盛り上がれと言ったって無理がある。閑話休題。
「ここ、通してもらってもいいかな?」
「ん、わかった、……」
誘導しながら、どうにか脱がせていく。体のラインにピッタリと張り付いたキャミソール。上品な生地の質感が彼女の上品さを引き立てていて、首元を縁取ったレースも派手にならないように趣向の凝らされた物であった。
あいも変わらず、曲線美が美しい。裸体すら見てしまった自分なのに、隠されているが故の美しさと色気を感じる。触れたくすらなってしまう豊かな膨らみから目を逸らそうとして、最後に頭の上から服を抜き取った。
「っ、ふぅ……! これで、いい、よね?」
「ありがとう真白ちゃんっ……色々気を使ってくれてありがと」
「いえいえ。……あ、ごめん! これ着てね」
見えないとはいえ、形が明らかに出てしまうので目線のやり場に困ってしまう。谷型のカーブを描くそこから、白くすべやかな肌がちらと覗いた。
色気と視覚の暴力が再度服を着てくれたタイミングで、次への音頭を取った。
「はい、そしたら配るね」
罰ゲームトランプ、大変心臓に悪い。膝枕に服を脱げだの、先輩たちは一体何を考えてこれを作ったのだろうか。後輩たちへの悪戯なのか、そうしたら私達はまんまと引っかかっていることになるが。
とはいえ、盛り上がっている場があるのは事実だ。少しばかりの感謝の気持ちで、自身の手札を開く。
……今日の私は、どうやら神に愛されでもしているのだろうか?
わけがわからない運の良さである。四分の三の確率で自身の手にジョーカーがいて、他のカードだって決して悪くない手だ。都落ちの恐怖と戦いつつではあるが、万が一がないと負けないカードたち。笑みが零れそうになるのを抑える。
使わないであろうカードたちを選んで、優依ちゃんと交換する。勝ちがさらに盤石になったのを察して、場に目を落とした。
「それじゃあ、始めましょうか?」
優依ちゃんがカードを切って、四戦目の幕が上がった。場のカードが流れ、重なり、流れ、息を飲み、笑みが浮かぶ。状況は時に目まぐるしく変わるが、勝ちというのは概ね予想通りに現れるもので。
他の二人がカードを出せなくなって、場が流れた。私に残ったカードは、一枚のみ。
「よかったぁ……お先に上がらせてもらうね」
なんとか都落ちを回避して、一番に上がる。思わず溢れてしまった笑みを羨ましそうに、或いは恨めしそうに眺める瞳たちを見つめ返した。
二人になったゲーム。カードを捨て、重ねてを繰り返す。最後に笑うのは一人だ。
「今回は、私の勝ちね」
「くっそ……! ずるいよ優依」
「れっきとした勝負だからずるいもなにも無いわよ。ほら、大人しく引きなさい?」
自身の手元にあった山札を星羅ちゃんに差し出す優依ちゃん。悔しげな星羅ちゃんに反して、嬉しそうに笑う優依ちゃんは可愛らしい。潔い星羅ちゃんはもう既にカードを切り始めており、ぱっと一枚を手にとったようだった。
トランプに書かれた指示は多種多様。今回はどんなものが出るのだろうか。
「えっと……はぁッ!? え、ちょっと聞いてないっ」
「そんなに慌てなくても……おぉ、これは、中々ね?」
「『口移し』……!!? 嘘ぉ!?」
驚く声が抑えられなかった。二人もさすがに驚いたようで、三人が見つめ合うという奇妙な状況が訪れる。
先程までの内容も徐々に過激さを増していったりしたものの、流石にここまでくるとは思っていなかったのだ。しかし、先程の指示を遂行してしまった以上はこれをやらないわけにはいかない。後に引こうにも引けない状況ができてしまっているのだろう。
「どう、する……?」
「いや、まあ、ここまで来たらやるけど」
「にしても、相手が必要よね?」
そう。先程の『服を脱がされる』というお題もそうだったが、今回も相手が必要になる罰ゲームだ。星羅ちゃんは確定で、あとは私か優依ちゃんのどちらがするかという話になってくる。
「せっかくだし、大富豪のマシロにお願いしようかな。勝ちっぱなしでなんかムカつくし」
「ええっ、それは違くない!?」
「違わないから、……はやく、おわらせよ?」
ほんのりと染まった頬が、これが現実だと告げてくる。星羅ちゃんとの口移し、というありえない状況がやけに現実味を帯びてきて、また心臓が煩く跳ねるのを感じていた。
頭をぐるぐると巡る、前世の記憶と今世の思い出たち。幾度なくゲームでプレイして攻略したキャラクターであり推しとのイベント。近付いている時のことを自覚できない。
「そういえば、何を口移しするの?」
「んー、さっきお茶に入れてきた氷でいいかなって。これなら零れたりしないでしょ」
直ぐ側で繰り広げられる会話さえ、遠くを通り抜けていくような感じがする。内容をどうにか頭に入れようとするものの、今から始まるはずのことに意識が吸い取られてしまってままならないのだ。
「マシロ。……いい?」
「……っ、うん」
部屋の照明が、彼女の瞳とグラスを照らした。反射した光が綺麗で、そっと目で追う。
カラン、と、グラスの中の氷が麦茶の中で踊る。涼やかな夏の音。コップが傾く。星羅ちゃんの口に流れ込み、喉仏が下がって、上がった。
覚悟を決めたと言わんばかりに、彼女の顔が、唇が、近付いてくる。肩には彼女の手。服の上からなのに、少し高めの体温を感じたのは気のせいだろうか。なんとなしに、目を閉じていた。
口を開ける。どれくらい開けたらいいのかなどわからず、ただ親鳥から餌を与えるのを待つ小鳥のように、大人しく開いていた。
気配を感じる。きっと今目蓋を上げれば、星羅ちゃんの顔が視界いっぱいに広がるだろうことは想像に容易い。
「ぁ、っ……んん、」
何かが、触れただろうか。
触れたかもしれない存在を気に留める間もなく、口にコロンと流れてきたのはきっと、彼女の口内から転がってきたそれだろう。
口の中が熱い。体の中に溜まった熱に反して、口の中には角のなくなった氷。冷たいそれと、火照る自分の体の感覚。
あまりに私の脳には処理し難い、莫大な情報量が押し寄せている。
冷たいはずの氷が熱かった。それだけで、頭がくらくらするような。
星羅ちゃんの口の中で溶けていたそれが今自分の中にある。
舌を滑り、口内の温度に従って水に変わっていくその存在が主張している。
目を合わせないように、と閉じた目蓋の裏で感じた熱。それは恐らく星羅ちゃんの体温であり、肩に置かれていた彼女の手や、ポニーテールが頬をかすめていく瞬間であったりした。
人間の脳というのは恐ろしいもので、見えていなかったことでも容易に脳で補完できてしまう。しかもこれは私が幾度となくプレイしたゲームの中身を殆ど完璧に再現したもので、二次創作すら嗜んでいた私にとって余計に簡単なこと。
彼女の息遣いや、躊躇った表情が私に向けられている様がありありと脳裏に浮かぶ。
満ちたりすぎた気持ちと、やけに生々しい想像と、先程まで起こった私にとってはラッキーすぎる出来事たち。
それらのせいで、あまりスペックが高いとは言えない脳みそは悲鳴を上げてしまったようだ。
最後に感じたのは、溶け切った氷がほんのり甘い水になって、喉を流れていく感覚。
「ぅ、あ」
「マシロ!?」
「真白ちゃんッ!!」
漸く目を開けた私。ぼんやりした視界の中で見えたのは、二人の焦った顔。
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