第34話 大富豪

「さて、次はなんのゲームしよっか?」

「カタン楽しかったけど、長時間のやつもう一回はなぁ……」


 普段は活動時間内に終わらないからと、手を出さないボードゲーム。昔から遊ばれてきているそれを初めてやってみたのだが、とても楽しかった。


 とはいえルール把握からということもあり二時間弱もかかってしまったので、若干疲弊している。頭を使うゲームかつ運も関わってくる、となると、考えるしはしゃぐのである。


 となると、次は短く終わって楽しめるものが良いだろう。


「やっぱり合宿といえば、大富豪とか?」

「大富豪いいね! でも、普通にやるだけだとつまんなくない?」

「あ、そういえばこれ部室で見つけたんだけれど……」


 そう言った優依ちゃんが取り出したのは、お菓子の箱だったろうと推察できる、案外しっかりとした作りの箱。貼り付けられた紙に、手書きで『罰ゲームトランプ』と記載されている。


「気になって持ってきちゃったの。先輩たちの手作りなのかしら?」

「見た感じそうっぽいね。おもしろそうじゃん」


 罰ゲームトランプ、なんとなく聞いたことのあるネーミングである。確か市販のものがあたような気がするが、あれは飲み会だったりの場面で使うものだったような。


 ……それを先輩たちが自作した、ということか?


 あまり状況は飲み込めないものの、しかしもしかしたらユイセラの絡みが見られるかもしれない。期待に胸を踊らせる。


「とりあえずやってみる? 大貧民が引く感じで」

「オッケー!」


 何度かこのメンツでプレイしたことのある大富豪。そのときにはもうひとりいたのだが、今日は三人だ。


「大富豪、平民、大貧民、かな?」

「三人だしそうなるね。配るよ〜」


 手札が三人に均等に配られる。見慣れたトランプ。今回の合宿でも大活躍のそれの表面をそっと撫で、二人に見られないように手札を開いた。


 ……これは、かなり強い手なのではないだろうか?

 ぱっとではあるが手札を見渡した感じでは、有利そうなカードが並んでいる。


 私達、ゲーム同好会が大富豪をやるときに採用しているルールの一つに、ジョーカーは一枚のみ、というものがある。その一枚のジョーカーが手札にいるのだ。


 それに、英字や2の札も見受けられる。全体的に強い。八切もできそうで、全体的に強いカードが多い手札。革命はできないが、自身が持っているカードを鑑みると全体として革命は起こらないと推察できる。


 あまり頭の回らない私であるが、これは勝てそうな気がしてくる。


「ダイヤの3誰?」

「私だ。いくよー」


 カタンをやっていたときのムードとはまた違った、ゆっくりとした空気。けれど私達の戦いは始まっている。徐々にその場が熱く盛り上がっていくのを、肌で感じる。


 優依ちゃんが出すワンターン目のカードに、視線が集まった。


 カードを見て、考えて、取って、出して、場が流れて。


 カード運も相まってだろう、一戦目の勝者は私だった。

 ただ今回のゲームはただの大富豪ではない。大貧民が、罰ゲームを受けるのだ。


「えー……怖いんだけど」

「まあ、先輩たちが残していったものだと思うから平気じゃない?」

「優依ちゃんは中身見たの?」

「実は見ていないの。外側だけ見て持ってきちゃったのよね」

「余計に怖いわ! まあ引くんだけどね」


 恐らく先輩たちの手作りだろうと思われる外箱を開けると、百人一首よろしくカードが詰まっていた。裏面だけ見ると何ら普通のトランプと変わらないから、表面に罰ゲームの内容が記載されているのだろう。


 中身が見えないようにして、優依ちゃんがカードを切ってくれた。机の上に置くと、星羅ちゃんは悩みながら一枚を抜き取る。


「見るよ」


 意を決した、と言わんばかりに、カードを表向きにする。そこに書かれていた内容。


「『最近あった恥ずかしいことを暴露』、かぁ」

「思ってたよりマシだけど絶妙にやだ……」

「星羅、どう? なにかある?」


 優依ちゃんの問いかけに首をひねっている星羅ちゃん。色々と頭を巡らせているのだろう、口を尖らせたり苦い顔をしたりと百面相している。


「んー……あんま言いたくないけど、学校でね? 寝坊しかけて急いで上履きに履き替えたら左右反対だったの。……それに、お昼まで気付かなかったことある」


 バツの悪そうな顔。可愛らしさに思わず笑みが零れそうになっているのを我慢していると、きゅっと結んだ唇が開いた。


「ちょっと、なんか言ってよ!」

「っふふ、いや、たまにはあるわよね、と思って」

「うるっさいなぁ、もう、ッ……はやく、次やろ」

「そうだね?」

「……あーそうじゃん、私がやんなきゃいけないのか。はい、配るよ」


 ほんのりと頬が色づいているように見えるのは気の所為ではないだろう。照れ隠しなのか何なのか、少し毒づきながらもカードを均等に撒いてくれた。


 大富豪である私は、手札から星羅ちゃんに渡すカードを考えなければならない。どれにしようかな、と配られたカードたちをを眺める。先程よりは劣るものの良い手札が揃っているようだ。


 扱いづらくなりそうなカードを二枚選ぶと、見えないように机に伏せて星羅ちゃんに渡す。


 彼女はもう既に強い二枚を伏せておいてくれたので、伏せた手のままカードを捲った。


「おぉ」


 薄っすらと声が漏れそうになるくらい良い手札になってしまった。ジョーカーは今回はいないようだが、ジョーカー無しでも十分すぎるくらい勝ちの目がある。思わぬカード運の良さに口角が緩むのを堪えつつ、二戦目が始まった。


 今回の一番手は星羅ちゃん。大貧民であるためか、すぐにターンは奪われる。まあ奪ったのは私なのだが。


 手を奪い奪われ、最終的には私の数の暴力に抗えなかった二人。


 結果は、私、星羅ちゃん、優依ちゃんの順で上がることとなった。


「いやー、負けちゃった。……変なのが出ないといいんだけど」

「優依が私に負けるなんて珍しいね〜」

「今のは手札がツイてなかったの」


 煽るような口調の星羅ちゃんに、若干拗ねたように言う優依ちゃん。普段からのギャップもあり、大変可愛らしい。渋々といった様子ではあるものの、重ねられたカードを切り、先程の星羅ちゃんと同様に一枚引いた。


「えぇっと………『膝枕』とだけ書いてある」

「マシロ、どうするのがいいと思う?」

「えっ、私? 罰ゲームっぽいのは、する方かなって思うけど」

「じゃあ今、大富豪のマシロを、大貧民の優依が膝枕するとか?」

「いいわね、そうしましょうか。時間はどうする?」

「したら私、お茶とかお菓子準備してくるから、次のゲーム始まるまでとかで」

「わかった! じゃあ、星羅ちゃん準備お願いっ」


 カードが示していたのは、膝枕。私が口をはさむ間もなく、罰ゲームの詳細が決まっていく。ひらひらと手を振ってキッチンに立った星羅ちゃんを見送って、ふと優依ちゃんに目線を合わせる。ぱちりと目があって、どちらともなく笑いかけて。


「それじゃあ、……ここ、くる?」


 ぽんぽん、と自身の太腿を叩きながら首を傾げる。耳に掛けていた髪がその動作と共に垂れてきて、豊かな黒髪が揺れた。


「えと、お邪魔します?」

「ふふっ、どうぞ」


 人に膝枕をしてもらう、という経験が余りに乏しいため、右往左往しながらも、とにかく優依ちゃんの隣に座って横たわる。ソファに座り直すと、やはり柔らかく沈んだ。


 優依ちゃんの白いロングスカート。朝顔の形にふわりと広がるそれは、重力に従って彼女の脚を包んでいた。落ち着いた印象の彼女によく似合うスカートの方に、頭を倒していく。


「こんな、感じ……?」


 傾けた頭を真上に向けると、私の方を見ていたのであろう優依ちゃんと目が合う。恥ずかしくなって顔を逸して、何も映っていないテレビの方を向いた。


 左耳に触れる、もっちりとしたそこに意識が向く。太腿。スカートに隠れていると言えども、その感触はあまり変わらないのだろうか。


 白のスカートに覆われた、白くてきめ細やかな肌に思いを馳せた。頭が沈みこむほど柔らかくて、けれど細くて心配になってしまうくらいに魅力的な体。


「うん、多分ね? ……確か、頭撫でたりするんだっけ」


 髪を梳くように撫でられる。毛先の流れを整えるように、母が娘に、姉が妹にするような、包み込むような優しい手。


 ……優依ちゃんの知識の幅がよくわからないけれど、膝枕をしたら頭を撫でる、という意識があったらしい。少しひんやりとした手が、額を滑って頭を撫でてくれた。


「ん、……優依ちゃんの手、冷たくてきもちいいね」

「ちょっと冷え性なのよね。真白ちゃんはあったかいなぁ」


 穏やかな時間。心臓の高鳴りは止まらないのだけれど、優依ちゃんと一緒にいる時間がどうにも愛しくて満ち足りている。思わず目を閉じてしまいそうになる程に、彼女の手も声も、心地よかった。

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