第33話 合宿三日目
お風呂から上がった私達。海と外気に冷やされた体はお湯で温められて、体の内側から熱が湧き上がるようで。朝から動き続け、体を休める意味の浴場でさえはしゃいでいたものだから、腹の虫がうるさいまでに音を立てている。
きゅぅ、と空腹を訴える情けない音を聞いた優依ちゃんが微笑んだ。
「私もお腹へったから、ささっと食べてしまいましょうか」
「アタシもお腹へった……。すぐ食べられるやつにしよ」
手際よく準備を進める二人。時間がかからないもの、ということで、備蓄食として置いてあったレトルトカレーを温める。袋を開ければ良い匂いが漂って、またうるさくお腹がなった。
ぺろりとご飯を平らげた後、体の外側も胃も温まったからなのだろうか。瞼が重く落ちてくる。思考はぼんやりと白んで、眠りに誘う優しい空気。
「ねむ、……ごめんゆいちゃん、せらちゃん、先、寝てもいい?」
「ん、いーよ? ……ていうかホントに眠そうだね」
「ふふ、本当。階段気をつけてね」
「ついてくよ」
「ぁりがと、おやすみ」
「おやすみなさい、真白ちゃん」
穏やかなメゾソプラノが私を見送る。隣で聞こえる声に曖昧に返事をしながら、階段をなんとか上がった。元二十歳がするには、あのスケジュールはさすがにきつかったらしい。
頭がぽやぽやとしている感覚は否めず、けれど隣からのサポートのおかげでどうにかベッドに辿り着いた。
「ホントに、危なっかしいんだから……」
星羅ちゃんの声が聞こえる。私の好きなソプラノ。少し低く潜められたような声をもっと聞きたくて、彼女にすり寄った。体温を感じる。
「おやすみぃ」
「え? あ、……? おや、すみ」
彼女からのおやすみ、を聞いた途端に、私の思考は黒く塗りつぶされていった。それはさながら夜の闇のようで、優しく目を覆われるような、けれど強引な眠りであった。
◇◇◇
緩やかな意識の浮上。仰向けだった私が体を起こそうとすると、なぜか体は起き上がらない。未だ行き渡っていない意識を、体の神経に集中させる。触れる二つの体温に気づいたのは、漸くのことであった。
「っえ……?!」
脳の処理が完結しないまま、けれど私は理解する。私は、星羅ちゃんと優依ちゃんの二人に抱きつかれているのだという状況を。
え、待って。いや誰も待ってないんだけどまって。朝からこんなことあっていいのか。え、何がどうなってこうなったか分からないし、それに二人共私にってなんで、え?
疑問符が頭の中を飛び交って、でも推しが私に抱きついているという事実は変わらなくて。悲鳴を声にすることもできなくて、結局黙ったままもう一度彼女たちに抱きしめられるまま。
「マシロ〜、ねぼすけ、はやく起きて」
「真白ちゃんー?」
ほっぺたをふにふにと指先がつつく。声が耳元に聞こえる。どうやら二度寝を決め込んでしまったらしく、先程とは逆に二人が目覚めているようで。
瞼をゆっくりと押し開けると、私を覗き込む計四つの瞳。私が起きたのを察して、顔が緩んだのをなんとなく理解する。
「おはよ、真白ちゃんっ」
「もうすぐお昼だぞー?」
「ぅ、ごめん……おはよう」
仕方ないな、とばかりににやりと笑っている星羅ちゃんが告げる朝の挨拶。優依ちゃんは私に返すように、二回目を告げた。ああ、幸せだ、なんて。
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