第32話 洗いっこしましょう

「えい」

「ひぁっ!?」

「ふふ、反応よくてすぐイタズラしたくなる」

「や、やめてよぉ……びっくりするじゃん」


 シャワーのおかげか、かなり温まってきた体。その感覚に身を任せていたら、星羅ちゃんにシャワーを掛けられてしまった。驚きのあまり声を出せば、いい笑顔の星羅ちゃん。


「ぼーっとしてるからだよ。早く体流してお湯浸かろう?」

「はい、二人ともこのボディーソープ使ってね」


 ぐうの音も出ない私。おとなしく差し出されたとろりと垂れる液体を手で軽く泡立てる。質の良いものを使っているのだろうか、ふわふわとした泡が手のひらの中で広がった。泡立てるための道具も特に必要なさそうなので、そのまま泡を体に滑らせていく。


 汗が滴り海水に浸かり、砂浜で遊んだ体。腕へ、お腹へ、と体の様々な場所に滑らせる動作に、昼下がりの午後を思い出した。


「あ、そういえばマシロって体硬かったよね?」

「そうだね、硬い方かなぁ?」

「せっかく三人いるわけだから、洗ってあげるよ」


 いつのまにか恒例と化してきた思考停止。洗ってあげる、とは、ラブコメや百合でよくある『洗いっこ』というやつだろうか。


 え、まって。わからない。わかっているはずなのだが思考が追いついていない。


「星羅だって真白ちゃんに言えるほど柔らかいわけじゃないんだしやってもらいなよ? ていうか、私がやったらいいのか」

「ぅー、優依に触られるのくすぐったいんだよな」

「でも星羅は真白ちゃんにするんでしょ?」

「そうだね」

「せっかくだから私は真白ちゃんに背中流してもらおうかなって」

「……まあ、致し方ない」

「ん。……あれ、真白ちゃん、湯あたりとかした? 大丈夫?」

「あ、え、うん! 大丈夫だよ、大丈夫」

「んじゃあマシロ、後ろ向いて〜」


 会話が耳から耳へ抜けていく。内容が理解できているようでできていない。とりあえずユイセラが尊いことは解っていて、それで、私は真白で、星羅ちゃんに背中を流され、優依ちゃんの背中を流す、ということだろうか。


 とにかく、最後に耳に入ってきた後ろを向くという指示にだけ従った。


「んじゃあ、やるよ〜」


 彼女の手の感覚。オイルと泡とでは勝手が少し違うようで、触れる手の温度や感覚はとても近いものの、先程よりも滑りが良いように感じる。星羅ちゃんのすべやかな手によって泡が体を覆っていく。


「ん、っ……せらちゃんの手、きもちいね」

「よかった」

「っふ、そこ、くすぐったいよ」

「我慢してよ?」

「ン、ん……わかった」


 体が綺麗になっていく感覚と、星羅ちゃんに肌を触られる感覚は気持ち良い。サンオイルを塗ってもらっている時にも感じていたことだが、人に触れられる感覚というものがこれほどまでに満ち足りているというのは知らなかった。


 ただひとつ問題があるとするなら、満ち足りていることが眠気に繋がってしまっているというところである。


 幸せゆえに若干ぼんやりとしている頭。

 ……そして、それを打ち消す出来事。


「っ、わ!!?」


 効果音をつけるなら、つるん、だろうか。


 どうやら我々の体から流れていった泡がタイルを滑りやすくしていたらしく、背中側から聞こえた焦りを帯びた声。


「星羅ッ!?」


 焦っている声の主を呼ぶ声に意識が取られかける。

 その瞬間感じたのは、背中への柔らかい感触。

 ふにふにとした何かが、背中側でぎゅっと圧をかけられているような。


 次に気づいたのは私のことを抱きしめる腕。


「あ、っぶな……!」


 星羅ちゃんが転けかけたらしい、という事実が脳に直接刻み込まれる。そしてどうやら転びかける、という状況で済んだらしいこと。そして、触れているのは、星羅ちゃんの胸部であるという紛れもないもう一つの事実であった。


「だっ、大丈夫、星羅ちゃん!? 怪我してない?」


 とはいえ転びかけたほうが心配である。たわわな二つの果実が背中に押し潰されていることがどんなに幸せで心を満たすことだったとしても、推しの怪我が怖い。


「うん、ダイジョブ。ひねったりもしてないし、ぶつけてもないよ。ッあ! ごめんマシロ、重いよね」

「いやいや、大丈夫っ! 怪我、なくてよかったぁ……」

「び、っくりした……。星羅ほんとに怪我ないのね?」

「うん、ピンピンしてるよ。ごめんねマシロ」


 謝られることではない、と首を横に振る。


 私にも怪我がないか確かめられたが、私は星羅ちゃんに抱きつかれただけであるため何もなかった。


 それよりも星羅ちゃんの体が自身に直接触れたという事実のほうが大事件である。その後はつつがなく終わったものの、背中に触れたやわらかな物体に心奪われるままであった。


 気を取り直して、と思った矢先。

 今度は私が優衣ちゃんを洗う番である。


「真白ちゃん、私の背中お願いしてもいい?」

「うん、勿論!」


 今度は私がボディーソープを手に取って、優依ちゃんの背中に触れる。泡立った手で彼女の首元から腰にかけてをゆっくりとなぞれば、恐らく擽ったいのか体が震えた。


「ふふ、っん……真白ちゃん、もうちょっとゆっくりして?」

「ぁ、ッはい!」

「んふふ、そんな固くならなくても、ごめんね?」


 やけに艶っぽい声にドクリと胸が揺れて、けれど平静を装って手は止めずに彼女の背中を泡立てていく。


 人の体を洗うのが初めてで勝手がわからず、優依ちゃんには不快な思いをさせていないか心配だ。声を聞いている限りは大丈夫だと思うのだが。


 そんなことを考えていると、暇になってしまったのか、優依ちゃんにちょっかいを掛け始める星羅ちゃん。


「それにしても優依、おっきいよね」

「なにがよ」

「んー? ここに決まってるじゃーん」


 ちょんちょん、と、泡だらけの指先が優依ちゃんの膨らみに触れた。例えばそれは仲のいい友達の長所を弄って褒めるような類の言葉で、女の子同士のコミュニケーションの一端であるような。


 ふにふにと沈む指先。泡を纏うそこは確かに質量と柔らかさを持っていた。私は後ろから背中を触っているから、肩と首の隙間から見える二人の触れ合いに悶そうになる。


「ちょっと星羅!? もうっ、それを言うなら貴方だってこんなに……ねぇ?」


 優等生然とした彼女は、実はただ礼儀正しく真面目なだけではない。やられたことをやられっぱなしではいたくないという一面を持ち合わせているというのは、私はよく知っているところで。


「きゃっ、んんッ……ゃあだ、ゆいっ」

「星羅から始めたんでしょう? だったら文句は言えないわよね」


 お返しだ、と言わんばかりに、今度は優依ちゃんの手が星羅ちゃんのそこに触れた。


 下から持ち上げるように手のひらを差し込めば、軽く手を揉むように動かして。くすぐったそうに身を捩らせる星羅ちゃん。


 心臓がバクバクと血液を送っている音が聞こえそうなくらい早鐘を打っているのを感じる。明らかに供給過多だ。


 その攻防はしばし続き、いつの間にかその標的には私も入っていたようで。


「真白ちゃんは可愛いよね〜」

「ち、ちっちゃいわけじゃないよっ?」

「優依がでかいだけだよなー、マシロっ」

「星羅ちゃんだってぇ!」


 他の二人よりは……というか、一般的に見て小ぶりなそこを優しくふにふにと触られる。


 指先の動きが優しいという謎の配慮があるのだが、あまり嬉しくない。恥ずかしいだけなのだが。


 しかし私とて触られているだけなのも頂けない。何より、推しに触れる貴重な機会だ。多少の申し訳無さと罪悪感よりも、二人に触りたいという欲が勝っていた。


「柔らかくて形良いね、マシロ」

「せ、星羅ちゃんだっておっきいのに綺麗だもん!」

「私のは褒めてくれないの?」

「優依ちゃんは形もだけどやわらかくて、……ってやだ、恥ずかしいよっ」

「ふふ、かわいい……ありがとう」


 泡だらけのまま、洗いっこだけでなく触り合いもしていた私達。さすがに時間が経ちすぎたので、シャワーで体を流した。盛り上がっていたので火照っていた体を、すっかりお湯の溜まった後の湯船に放り込む。


「っあー……きもち」

「うん、お湯はいいね」


 動かした体に染み渡るお湯の温かさ。さすがに三人同時に入ったことで湯がせり上がり、溢れた分が排水口に流れ込んでいく。吸い込まれていく水の音と、心地よさからくる溜息。そして少しばかり外から聞こえるセミの声。


 示し合わせたわけでもなく、静かになる。そして少しだけ時間が経って、また三人でわちゃわちゃと騒いで。


 普段よりもかなり長いお風呂は、これぞ合宿と言ったところだろうか。お風呂の中ですら汗をかいてしまい、結局もう一度シャワーで汗を流すハメになってしまったのであった。

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