第26話 暖かな時間
「マシロ、優依、夕飯食わないの? ほら起きて、ねぇ」
「んん、ぅ……せら、ぁ?」
「もう日沈んだよ、マシロも起きて」
「ぅ、あ、……? いま、何時」
「今多分六時半を過ぎたくらい? ほら見て外暗いでしょ」
「あぁ、暗いね」
ゆらゆらと体が揺れる感覚。意識と共に、思考が浮上する。
先程まで部屋中を占めていたはずの太陽光はすっかり存在を隠して、代わりに天井からぶら下がる照明がその存在を主張していた。まだ薄っすらとぼやけたような、靄のかかった視界。
眼前に広がるのは、呆れたような、苦笑に見える表情で私と優依ちゃんを起こしにかかる星羅ちゃんだった。
聞こえてくる声は現状を説明してくれているようだ。さすがに日が落ちても静かなまま物音がしないのを心配した彼女がロフトに上がってきたら、この状況が広がっていたらしい。
きっと驚いたんだろうなぁ、と寝起きのぼんやりとした頭で思った。もしかしたら笑ったのかな、ただ呆れただけなんだろうか。いまいちよくわからないが、頭はぼんやりと、ふわふわとしている感じがする。
近くには暖かな手。隣には、共に温かな眠りについていた体温が残っている。なんだか幸せで、近くにあった手をとって、頬ずりする。
「んふふ、………あったかいなぁ」
「ちょ、マ、マシロ!? え、ねぇ寝ぼけてるの? ちょ、ちょっと」
「あったかいの、すき」
触れる細い指。すべすべな手の甲。そっと肌が触れあえば、産毛が柔らかく頬を滑っていく。とても愛おしいものに思えて、指の先に口づけを落とした。
「〜〜〜〜ッ、!?」
声にならない声が聞こえた気がしたので、仕方なくぼんやりとした私の視界を、思考を、明瞭なものに戻していく。
現実にピントが合うと、強くて優しく激しかった陽の光がいつの間にか照明の無機質なそれに変わっていた。外からは、盛夏を象徴するかのようにざわめく虫たちの声。外はきっとじりじりと暑いのだろう。若しくは潮風が体を冷やしてくれるかもしれないが、部屋の中にいる私達にはあまり関係がない。
空調の効いた部屋で、溶け合っている三つの体温。
「ぁ、おはよ、ゆいちゃん、せらちゃん」
「ふふ、おはよう真白ちゃん。真白ちゃんって朝弱いタイプ?」
「んー……そう、だね? 朝苦手だけど」
「だって、星羅」
「あーはいはい、ほら、早く起きて」
なんだかいつもよりそっけない星羅ちゃんに若干寂しさを覚えながら、むくりと体を起こして。
「じゃあそろそろご飯にする?」
「だねっ。寝てたけどお腹減っちゃった」
「私のほうが減ってるんだけどな……」
階段を降りていく、三人分の三種類の足音。今日から二人と共にいられる嬉しさがこみ上げて、思わず足取りが軽くなる。
「あ、わわッ、おっとと、っ!」
「真白ちゃんっ?!」
「マシロ!? ……危ないな、気をつけてよ?」
「あ、あはは……ごめんね」
浮かれすぎて階段から転びかけただなんて、とんだ笑い話だ。
そんな小さなハプニングもあったが、今日を無事終えることができた。慣れない車での長時間移動、荷物運び、慣れない環境。今日一日がとても楽しかったことに変わりはないのだが、若干疲れてしまったのだろうか。
温かいごはんをお腹に入れて、温かいお湯に浸かって。今日は疲れただろうからお風呂は一人ずつゆっくり浸かろうという提案が、もったいなく思う反面とても有り難かった。
お風呂の順番を決めるゲームでは私が勝ったので一番最初に入らせてもらったのだが、広々したスペースに体を伸ばして浸かる心地よさは凄まじかった。
そんなこんなで時間は過ぎ、布団で横になって本を読んでいた私。彼女たち二人がお風呂から上がってくるのを見届けたのかも怪しいのだが、いつのまにか寝落ちてしまったのだった。
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