第25話 天使の寝顔

 コテージのロフト部分は下の階部分も見える作りになっているのだが、面積が広い。そもそもの敷地面積が広いのだからそれはそうだとは思うのだが、下から見上げた時の開放感からしてロフトのスペースがここまで広いとは思っていなかった。


 ロフトも一階とコンセプトは似ていて、木の暖かさの残る床に、家具はどれも小洒落たものが並んでいる。下の階よりは勿論狭いのだが、家具の少なさや空間の使い方のおかげか広々として見えた。


 基本的には宿泊スペースとして使っているようで、奥には大きなベッドが二台。普段は分けて使っているようだが、せっかくの合宿なのでベッド二つを合わせて一つの大きなスペースに変えてある。


 やっぱりベッド大きいな、サイズはクイーンとかなのかな、なんて考えてもう一度ベッドを注視すると、ベッドの上に人影が見えた。


 この状況を鑑みるに、あの人影は優依ちゃんだろう。優等生然とした彼女がお昼寝をしている様があまり想像できなくて現状を飲み込めていないが、たしかに彼女だ。私が見間違えるはずもないし。


「ゆ、ゆいちゃーん」


 小声で呼びかけてみるが、起きない。穏やかな寝息を立てながら眠る彼女を起こすのもなんだか申し訳ない気がして、なんとなく彼女が寝ているベッドの逆側の隅に腰掛けた。


 思い返せば、行きの車内やついてからも色々と考えながら過ごしてくれていたのであろう優依ちゃんが疲れているのは当然のことだと思う。普段は真面目でしっかりしていると思われがちな彼女だから、きっと無意識下でも気を張っているのだろう。


 色々と思いを巡らせながら彼女の寝顔を見る。きっちりした性格の優依ちゃんの、あどけない顔。午後の柔らかい日差しが微かに差し込むロフトの、柔らかいお布団。きっと彼女が幼い頃から慣れ親しんだ別邸でなければ、こうして無防備なところは見られなかっただろう。


 ゆったりとした息と共に、胸が上下するのがわかる。溢れる息と白い肌が少しだけ情欲を掻き立てる気がして、目を逸した。


 夏だからいいかな、とは思ったのだが、格好が半袖の寒々しいものなので、何も掛けずに寝ている彼女が少し心配になった。辺りを見回すと、近くに私達が使うように置いておいてくれたのであろうタオルケットがあったので、拝借することにして。澄み渡る海と滲んだ空を薄めたような水色を、彼女の体にそっと掛けた。


「ん、ぇ……? ぁ、ましろちゃん、?」


 不意に名前を呼ばれたせいで背がビクリと揺れた。起こしてしまっただろうか。そうだったら申し訳ないな、と思い彼女を窺うと、どうやら寝ぼけているようだ。


 このまま寝ておいてもらおう、と思ったのだが、彼女の華奢な手が私に伸びてきた。困惑のまま振りほどけずにいると、そのまま私をベッドに引っ張り横たえさせた。いつの間にかしっかりと私の体をホールドしている優依ちゃんの手。


 ……今、私は彼女に抱きしめられている? え、待って、理解が追いつかない。


 触れる彼女のやわい体。先程星羅ちゃんと交わしたのとは違って、遠慮のない密着。彼女に触れているということは彼女に触れられているということだ。


「んふふ、……んぅ、ふぁぁ、」


 眠たげな目はそっと伏して閉じられて、小さく欠伸が零れた。ようやく落ち着いたかと思えば、今度は優依ちゃんの手が私の体を這っていく。きっと彼女の感覚としては抱き枕を触っているだけなのだろうが、それは私の体である。


「え、ぁ、ちょっと……!?」


 もぞもぞと動いていた手が、何故か私の服の中に侵入してきた。


 いや、待ってくれ。まさかこんなことになるとは思っていないし、彼女のひんやりしたすべすべの手が私の肌を滑っていく。ちょっとばかり擽ったいし、なにより恥ずかしい。けれど大きな声を出すと彼女の睡眠を妨害してしまうだろう。


「ち、ちょっとぉ、だめだって、」


 このままだとどこを触られるか気が気じゃない。最初は服の裾近くのお腹あたりだったのだが、いつの間にか胸部の方に近づいてくる気配があった。さすがに体の感覚がないわけではないので、正直脚を擦り合わせたくなるような変な感覚があった。


 こんなに大胆なことをしているのに、優依ちゃんは先程よりも健やかな表情で、気持ちよさそうに眠っている。


 ……このままだとやばい。


 そう本能で感じた私は、そうっと優依ちゃんの手を剥がしていく。意識がないからか、思っていたより容易に退けることができた。そのまま自分の体を優依ちゃんと逆側のベッドの方にずらしていく。


 ようやく逃れることが出来た私は、そのまま柔らかいベッドに沈みこんだ。色々と気を張っていたせいか疲れが押し寄せてきて、脱力する。


 だんだん意識がぼんやりとしてきた。午後の柔らかな日差しと、暑い外の気温と空調で整えられた冷たい空気が混じって過ごし良い、ベッドのマットレスは程よく沈む。疲れた体は休息を欲しているようだ。


 体が程よく寝具に吸い込まれる。ほんのり暖かくて、心地よい室温。となりには、温かい体温。おひさまは明るいけど、眩しくはない。これ以上にお昼寝をしたいタイミングってあるだろうか。


 目蓋が落ちる。開く。思考が鈍くなっていく。視界が暗くなる。天井の梁と柔らかな日光。真っ暗ではないけど、限りなく黒に近い灰が続く。考えることが少なくなる。


 いいや、少しくらい寝てしまおうか。幸せに満たされて目を閉じた私。最後に聞こえた声は、微かに私の名前を呼んだような気がした。

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