第24話 アンニュイな彼女

 たった三人分のグラスを洗うだけの洗い物はあっという間に終わってしまった。


 手持ち無沙汰になった私は、なんとなしにテレビを見ていた星羅ちゃんの近くに座る。柔らかなソファに沈んでだらりと背もたれに身を委ねていると、彼女が少し驚いたような表情で私の方を見た。


「ん、どうかした?」

「あーいや、食器ありがとう」

「んーん! こちらこそ準備ありがとうね」

「いや、アタシはなんもしてないし……」


 星羅ちゃんの、わ、ともあ、とも取れるような『私』の発音が好きだなぁなんて思いながら彼女に顔を向ける。隣の彼女が若干硬いように見えるのが気になった。こころなしか先程よりも姿勢がきちんとしているような気がして、少し寂しい。


 私や優依ちゃんに対しては遠慮がなくて、自由で気張らない存在でいて欲しいと思うのはきっと私の我儘なのだろう。我儘だろうがなんだろうが、私が原因で普段の星羅ちゃんが見られないのは寂しい。


「そういえばテレビ見てたのいいの?」

「面白いのやってないかなーって思ったんだけど、てんでだめ」


 チャンネルをコロコロ変えていたのは、やはりそういうことだったらしい。確かに言われてみれば今日は普通の平日だ。面白い番組は基本的にはやっていないだろう。


 結局興味のあるものは見つからなかったようで、彼女はあっけなくテレビを消した。雑音にするのも煩わしいらしい。


 今まじまじと目の前の黒い画面を見ると、自分の家にあるものよりも随分と大きなテレビだ。満喫したい気持ちはあるが、星羅ちゃんが隣にいるならテレビよりも星羅ちゃんを見ている方が良いだろう。そう思い、彼女の横顔を見つめたり、光が差し込む源となっている壁一面のガラスとそこから広がる空に目をやったりしていた。


「なにみてんの」

「え? ああ、星羅ちゃん美人だな〜って思って」


 てへ、と笑うと、表情が少しかたくなったかもしれない。


 これは不味っただろうか?なんて思考を回すが、どうにか誤魔化す術も私には持ち合わせていない。


 くそ、ニートなんてやってたからだ。今世では就職するぞ。そんな決意を胸に秘めても今の現状は変わることがない。


「お、お世辞とかいいから」


 よかった、雷は落ちてこなかった。小突かれたりしてもおかしくないと思っていたが大丈夫だったらしい。


 ……というより、照れているのだろうか?普段であれば突っかかってきそうなのに、若干私から顔を逸しているように見える。


「お世辞じゃないんだけど……ごめんね、嫌な気持ちにさせちゃった?」

「そんなことは、ない、けど」


 気まずそうな顔で、私の方に向き直る彼女。少しだけ頬が赤らんでいるようにも見えて、可愛らしい彼女の姿に思わず悶える。


 彼女らしからぬ表情だとは思ったが、ゲームで攻略をしていく中ではよくこういった表情を見せてくれていた彼女。大変可愛らしい。


「そっか、よかったぁ……。えへへ、ありがとうね」


 オタク心と、彼女に許されて嬉しい気持ちが胸を占めていく。思わず彼女に抱きつけば、星羅ちゃんが固まった感覚があった。


 可愛くてかわいくて仕方がない人を抱きしめたくなるのは何ら不思議ではないと思うので私のこれは正当な行為である。ぎゅっと抱きしめても困惑するばかりの彼女。女の子特有のほんのり甘い匂いが鼻腔を擽って、気づかれない程度に吸い込んだ。


 いくらでもしていられそうな充足感を与えてくれるのだが、星羅ちゃん的には良くないのかもしれない。


「思わず抱きついちゃったんだけど、大丈夫だった?」

「い、や、えっと、大丈夫」

「なんか、ごめんね? あ、私そろそろ行かなきゃ」


 困惑したままの彼女の感情が怒りに変わらないうちに、逃げる準備を整えていく。ここで怒らない星羅ちゃんも、なんだかんだこの合宿を楽しみにしてくれていたかもしれないと思うと嬉しくて。笑顔になりそうなのを抑えながら誤魔化していく。


「私ちょっと優依ちゃんに聞きたいこととかがあるからそっち行ってくるね! じゃ、また夕飯で」


 だいぶ雑になってしまったし、オタク特有の早口長文だった気もするが、どうにかなっただろう。考えすぎもよくない、と思い小さく手を振って星羅ちゃんに別れを告げると、優依ちゃんがいるであろうロフトへの階段を上がった。

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