第23話 とりあえず到着祝い
さて、時間は少し飛んで。あまり多くはないと言えども、それなりにある荷物を解き、一通り私達の根城になるコテージを探検した私達。三人で過ごすにはかなり広いそこをある程度見終えて一息ついた頃合い。
「とりあえず、長時間の移動お疲れ様。お茶でも飲む?」
「あ、じゃあ私手伝うよ。マシロは座ってな」
「ぁえっ!? いいよ私も」
「いいのいいの、荷物多めに持ったりとかしてくれてたでしょ?気にしないで、真白ちゃん」
手伝うよ、と言おうとしたのだが、彼女たち二人は私を席に座らせてキッチンに立ってくれた。
疲れたのは事実なので二人に甘えながら座っていることにして。星羅ちゃんは三人分の飲み物の準備、優依ちゃんは持ってきたものを冷蔵庫や裏の倉庫にしまってくれているらしい。疲れに身を任せるように、机にもたれかかる。
「マシロ、あんた何飲むの?」
「え、あーっと、じゃあお茶を」
「麦茶と緑茶あるけど」
「じゃあ、麦茶でお願い」
「はいよー。優依は?」
「じゃあ私も麦茶をもらおうかな」
「なんだ、皆そうなら私もそれでいいや」
透明なグラスに、半透明の氷。焦げた茶色の液体がとくとくと注がれて、麦茶の中を踊る氷がカランと音を立てた。
大きなペットボトルを持つ細腕は、白くて華奢で、それでいて清らかな絹のようだ。若干危うさすら覚えるが、そんな私のことは意に介さずに、なみなみと注がれ満たされた三つのグラスが並んだ。
「私はもう少しかかるから先持っていってもらってもいい?」
「ん、りょーかい」
キッチンに並んでいたグラスたちは、その居場所をダイニングテーブルに変える。
夏場だからだろうか、冷房のよく効いた部屋なのにも関わらず、すでに結露の雫たちが垂れ始めていた。木製のテーブルに少しだけ水が染みて、色が濃くなる。
そんな小さなことに、夏を感じた。
「よし、そしたら……乾杯でもしとく?」
「麦茶で?」
「まあ、そうだね?」
「んふふっ、たしかに、いいかも」
「それじゃあ、せーのっ」
「「「乾杯!」」」
なんとなくしたくなったのだ、馬鹿みたいなことが。実際頭がいいわけでもないのだから間違ってはいないのだけれど、二人と一緒に乾杯したくなった。こういうのは夕飯の時にやるのが良いとは思う。ただ、今やりたくなってしまったから。
中に入っている氷がカラカラと軽やかで爽やかな音を立てる。喉仏が降りる音。口の中に広がる癖のない甘みと香ばしさが舌を滑り、喉に流れ込んでいった。夏の味。私はそう言われたら、麦茶を思い浮かべることが多い気がする。
グラスに入っている三分の一くらいを一口で飲みきって、口に残る風味を味わいながら喉奥がキンと冷える感覚に浸っていた。
「あ、お茶飲みながら今日のスケジュールでも確認しとく?」
「いーんじゃない?」
「私も賛成!」
時計を見ると、短針は四の数字を示し、長針は頂上を少し回った頃合いだった。ここについた時間を考えるとぼちぼち経っているので、改めて楽しい時間は過ぎるのが早いことを実感させられる。
「というわけで、お茶片手に今日することのおさらいしよっか」
「はーい」
几帳面な性格が顔を覗かせるように、整頓された鞄から手帳を取り出してパラパラと頁を捲る優依ちゃん。中身を読むために手帳に目を滑らせる彼女の睫毛は長い。ちらりと覗く目の輝きに目を奪われた。
星羅ちゃんはといえば、またお茶に口をつけている。飲み込むために下がった喉仏、上を向いたことで揺れるポニーテール、白い肌の曲線美。
目の前の楽園は、目をこすろうと瞬きをしようと、頬をつねろうと変わらない。ここはなんて名前の天国だろう。死んでもいい、とオタク特有のセリフをこぼそうとして、今から残っている合宿の期間をふいにしてまで死ぬことはないと思い直した。今日も私は元気である。
「えっと、とりあえず今から夕飯までは各自の時間にしようと思ってるよ。食事の用意は皆でやるから、自由時間は二時間くらいかな。夕飯後はなにかしらのボードゲームとかをやってお風呂入って、眠くなったら寝るって感じで考えてるんだけど……」
「なるほど!」
「なにか質問とかはある?」
「私は特にないかなぁ」
「私も。自由時間でいいんじゃない?」
そんな提案もあったので、さらっと自由時間がやってきた。二人は準備をしてくれていたわけなので片付けは私がやろう。そう思い、飲み終えた後の氷だけが数個小さくなって残ったグラスを持った。
「あ、マシロ」
「さっきは二人にやってもらったから代わりに、ね?」
「じゃあお願いしちゃおうかな。ありがとう真白ちゃん、またあとでね、ふたりとも」
私がキッチンに立つのを見届けると優依ちゃんは階段を上がってロフトへ。星羅ちゃんはありがとうの言葉と共にダイニングから立上がって、ソファに座ってテレビを点けた。
テレビの音が私にも聞こえる。画面は見えないけれど、報道番組だろうか。今日起こったトピックスを喋っているのであろう女性アナウンサーの声が聞こえてきた。
少しその番組が流れ続けていたが、音のテイストがガラリと変わる。今度はドラマの再放送、次はまた別の報道番組。一分もしないうちに変わる番組。今は品定め中だろうか。
聞こえるテレビの音と、星羅ちゃんのつまらなさそうな横顔が夕陽に照らされて。彼女の造形の良さも相まって、エモーショナルな雰囲気を漂わせていたのだった。
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