第21話 推しと旅行って最高すぎませんか
日程に場所さえ決まってしまえば、高校生の行動力があれば容易に実現してしまう、ということを身に染みて感じている。
大人になるにつれて、「こういうことしたいねー!」は実現しなくなっていくのだ。したいことよりも、しなきゃいけないことの方が多くなるからだ。
私はそういう大人たちの姿を見てきた。けれど、若くてピチピチな彼女たちは容易く実現してしまったのだ。簡単な一言から始まった、これを。
「ふぅ、程々に長旅だったな」
「お疲れ様、二人共。ここ、少し遠くて……ごめんね?」
「いやいや、貸し出してもらえるんだから文句なんてないよ! それより、もうついたってことだよね?」
「うん、ここだよ。さぁ、降りよう」
一足先に降りた優依ちゃんが、ドアを開けた状態で私に手を差し出してくれる。その手にそっと自分のを重ねれば、握ってそっと私の手を引いた。
ウミネコの鳴き声が聞こえる。夏を感じる声だな、とふと思った。空を滑っていく、砂浜に降り立つ、そして、またどこかへ飛んでいく。彼らはきっと今、自由だ。
私達が降り立ったそこに広がっていたのは、広い海と白い砂浜だった。
駆け抜けていく風はぬるくて、けれど、少しだけ潮の香りがする。肺いっぱいに空気を吸い込んで吐けば、自分がこの世界に少しだけ馴染んだような気持ちになった。長い移動時間で疲れた体を伸ばして、落ち着いたところで辺りを見回す。
眼前に広がるインディゴブルーと、太陽の光をギラギラと照り返す砂粒たちは夏を象徴するようだ。その周りで羽を休めている鳥たちと、釣り人に集っている猫。
ぐるりと体を回せば、少し奥まったなだらかな丘の上に立てられた、木製のコテージがそこにある。コテージより奥は深い森と、程よく高い山。山道自体は整備されているようで、コテージの先に続く道が見えた。
「おぉ」
思わず小さく声が出ていた。前世の私はあまりに都会っ子で、素晴らしくインドアだった。田舎に親戚がいるような家系でもなかったから、私が見たことのある海は写真の奥のそれだけだった。香る潮風も、肌に刺さる強い日差しも、喧騒に塗れていない、のどかで静かな世界は初めてだったのだ。
どこか急くように追い立てられていく人々の姿はそこにはなく、代わりにあるのは豊かな自然。
……着いたばかりだと言うのに、今から彼女たちと過ごす数日間が酷く幸せなものに思えて、顔がほころぶのを感じた。
「おぉ、すげー」
私の後ろから現れた星羅ちゃんも、私と同じような声を上げて、同じような反応をしている。小さい声だけれど、ワクワクするような声色が伝わってきてかわいい。
ちょっとだけクスッと笑ってしまうと、なんだよ、と言わんばかりに頬をつつかれた。
「ごめんて」
ふい、と顔を背けられてしまった。ちょっとさみしい。
しゅんとしていると、間を優依ちゃんがとりなしてくれた。
「はいはい、ふたりとも! 奥のコテージがうちの……椎名家の別荘なので、とりあえずあっちに荷物置きに行こう?」
「はーい」
「あいよー」
ゆるゆると返事をする。行く前には重たく感じられた荷物も、涼しくはないのに爽やかに滑っていく風のおかげか軽く感じられた。
よいしょ、なんておっさんくさい声を上げてしまうが、今の私はJKだ。気をつけねば、と思うのだけれど、生来の癖はどうにもならないらしい。
そういえば人生二回目だった、なんてね。
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