第19話 もうすぐ夏休み

 高校生の一日は長く感じられるようで、けれど飛ぶように過ぎていく。


 放課後、急いで集まって、日が落ちる頃までみんなと一緒に遊んで。帰ったあとは授業で出た課題や自主勉強、趣味であるゲームはこの世界にもたくさんあったので調べたりしていたら、あっという間に日付が変わっていたりする。


 前の世界にいた頃よりも随分と充実しているように感じるのは、やはり優依ちゃんと星羅ちゃんのおかげだろうか。


 毎日楽しく過ごしていたら、いつの間にか期末試験の日が近づいていた。元はと言えば私は一緒に授業を受けている彼女ら(或いは彼ら)よりも幾分か年上であり、私が勉強していた範囲を復習しているに過ぎない。


 ……ではあるのだが、残念ながら私は勉強なんてものを真面目にやってきた人種ではない。まさか人生の二周目があるなんて想像もしていなかったものだから、適当にやっていたのが祟ってしまったようだ。


 「もう一度やらなきゃいけないんだったらもっとちゃんと勉強しとくんだった」なんて、誰かに言えるわけもなく。二度目であることをひっそりと隠しながら、また、こちらに来る前に半分寝ながら受けていた授業を思い返しながら、あの当時頑張って赤点だけは回避していた私の地頭の良さを頑張って引き出そうとしながら机に向かう。


 思い返せば、よくあんな授業態度で卒業できたものだ。まあ、あんなに雑な生活を送っていたから自宅警備員に落ち着いたというのもあるので自業自得なのだが。


 とはいえこの人生は、私としてのものではなく、柊 真白だった彼女のものだ。今は私が真白だとはいえ、ゲーム内の彼女は赤点ギリギリで焦っていたような印象はない。逆に頭がめちゃくちゃ良かったわけではないのだが、今回の期末テストであまりに悪い成績を取ってしまえば更になにかおかしなストーリー改変が起こってもおかしくなかった。


 だから、私はある程度頑張らなくては、と思うのだ。真白がおかしくなったと思われてしまえば、星羅ちゃんや優依ちゃんが怪しんでしまうかもしれないし、それに補修にでもかかってしまえば、夏休みの自由がなくなる。


 私が二人と夏休みを満喫するには、明日からの四日間が勝負だ。本番で少しでも点数が伸ばせるように、と、頬を軽く叩いて気合を入れ直した。



◇◇◇



「やっほ、テストお疲れー」

「お疲れ様、真白ちゃん!」

「おつかれさま……二人共ありがとね。ふぅ、」

「マシロやけに疲れてるね、どしたの」

「いや、ぅう、苦手な範囲の科目多くてね……連日遅くまで勉強してたから」


 テスト週間が終わり、部活動の開始が学校から宣言された頃。期末考査が終わった今、夏休みは一週間後に迫っている。


 テストが終わった開放感と、同じクラスでテストを受けていたにも関わらずあまり喋れていなかったユイセラの二人に会いたい気持ちのままに、私は部室に来ていた。


 特に待ち合わせたわけではなかったのだが、私の疲弊した空気を察してくれたのか二人して部室に来てくれた。連れ立って来てくれるとか、ユイセラ最高ですか、ありがとうございます。推しカプが並んでいるだけで最高、造形美、愛してる。


 限界オタクな私が爆発しそうだった。気持ち的には何回かした。現実の体は頑丈かつ頭の中通りにはいかないのでしていないのだが。


 とはいえ、私からこぼれたのは大きなため息。連日の徹夜と勉強疲れのせいか、はたまた推しカプの絡みが見れたからなのかはわからないが。


「はぁぁあ………」


 二人にも聞こえていないような大きさで、すき、なんて声が出ていた。二人が二人して尊いのが悪いし、私の疲れた体に染み渡る推しカプ成分。大好き。


 噛みしめるようにしながら机に突っ伏して呻き声を上げていたら、頭の上から降ってきたのは心配そうな声。


「ま、マシロ……? 大丈夫か?」

「飲み物とかいるかな、あ、というか体調悪い? あれだったら、もう帰っちゃって大丈夫だからね?」


 台詞がやけに物々しくて、顔を上げてみれば不安そうに私を見つめる瞳が合計4つ。酷く心配そうなそれに、私は動揺してしまって。え、なんで、と言う前に片側から手が伸びてきて。


「熱は、………ない、のか? 熱いような冷たいような、よくわかんない」

「んぇ、え、っ……!? 星羅ちゃん?!」

「体調悪いなら熱出てるかもなって思って、おでこ」


 やっている通りだが、と言わんとする表情で私のおでこにぴったりと手を当てている星羅ちゃん。そんな顔をされても、わからないものはわからない。ひんやりとした手が、私の肌に触れている。近づいた星羅ちゃんとの距離。近くには彼女のたわわな果実と艶めかしい肌が覗き、瞳にはやはり心配の色が確かに滲んでいた。


 目のやり場に困るし、手は気持ちいいし、けれど照れてしまうし、なにやらで顔に血が集まってくる。


「ねえ、やっぱり顔赤いよ、真白ちゃん」


 触れたままの、温かでひんやりした手に気を取られていたら逆側から声が降ってきた。声の主の顔色は伺えないけれど、声は気遣わしげなそれで。


「ほんとじゃん、赤いな……体温計、部室にはさすがにないか」

「うん、ないね。星羅触ってる感じどうなの?」

「どんどん熱くなってるけど」

「わ、私は大丈夫だから! そ、そんなに心配されると収まるものもおさまらないと言うか、なんていうか……」


 しどろもどろになってしまう。触れる手の温度も、近くで響く澄んだ声も、私が独り占めしていいものなのだろうか。そんな申し訳なさと照れと諸々と、こみ上げる感情は相変わらず色々で。


 とにかく二人に距離をとってもらわねば、この胸の鼓動は鳴り止まないのだろうという確信だけはあった。


「そう、だよね。とりあえず星羅、一旦離れよ? 余計にしんどくさせちゃうかもしれないし」

「まあ、言われてみれば。なんかごめんね、マシロ」

「あ、えと! 全然二人は悪くないし、こっちこそ心配させちゃってごめん、」


 必死に弁明する私に、微笑む二人。元いた席に座った星羅ちゃんは、くしゃっとした笑顔で言った。


「そういう時は謝るんじゃないでしょ」

「……心配してくれて、ありがとう?」

「ふふふ、なんで疑問形なの真白ちゃん」

「ほんとだよー」

「でも、どういたしまして、だね」

「ん。別に心配くらいこっちが好きでしてるんだから気にしないでよ」


 優しい笑み。口元を覆い隠すように笑う優依ちゃんはふんわりとした光を纏っているようにも見えた。いつも眼光がキラリと光っている星羅ちゃんはといえば、いつもよりも緩んだ瞳で、緩んだ口角で、私に笑みを向けていた。


 二人の優しげな笑顔に、また鼓動が早鐘を打ち始めたのを感じて、血流が回って顔が赤くなって、そんな私を見てまた二人が心配そうだったのはここだけの話にしておきたいものだ。

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