第二章 不人気ヒロインは推しを攻略したい

第18話 勝ち取った平穏

 ゲーム同好会から、悠一はいなくなった。


 ……否、私が彼を追い出した。


 そこからの日々は、平穏かつとても楽しく、百合イベントに溢れ、またユイセライベントにも溢れている幸せいっぱいのものだった。


 彼という脅威がいなくなったことで私達三人の絆はより深まり、悠一の存在はもはや亡き者にすらなっていたように思う。彼に誑かされていた女の子たちも、ゲーム同好会から彼が排斥された経緯を聞いて、彼の周りからは人が離れて行ったようだ。


 彼の魅力と言われていたのは、人柄と立ち振る舞い。その化けの皮が剥がれた以上、彼の元に集う人はいなくなってしまったのだろう。


 ひとまず私、真白の目的は無事遂行されたと言えるだろう。なんせここは楽園だ。


「マシロー? なにぼーっとしてんの」

「あ、ごめんごめんっ。ちょっと考え事してた」

「次真白ちゃんの番だよ〜」


 今日の活動内容は双六すごろく。お正月遊びのような気もするが、単純に部室に置いてあったのを引っ張り出して遊んでいる。


 サイコロを回して、自分の色のコマを動かす。そんな動作の繰り返しだけれど、たまに挟まる雑談や戻された時の反応が楽しい。


 そんなこんなで時間を忘れて遊んでしまう私達がいる。今回使っている双六は日本地図を模したもので、北海道から沖縄を旅するというものだ。


「なんか実際に旅行とかいけたら楽しそうだよね、星羅と真白ちゃんと行けたらすっごく楽しそう!」

「確かに……! それいいなぁ、二人と遠くにお出かけかぁ」

「そういやそろそろ夏休みだね。そこ使ったら出かけるのも行けるんじゃない?」

「ってことは……ゲーム同好会で、夏合宿に行く、みたいな感じ?」

「………マシロ、あんた天才?」

「さすが真白ちゃん! それすっごくいいね〜! 夏合宿かぁ、楽しみだなぁ」


 乗り気な二人に対して、この言葉を撤回するわけにもいかない。冗談半分、本気半分で言った三人での旅行は、私達ゲーム同好会の夏合宿ということになった。


 正直なところ、全く頭が追いついていない。なんて言ったって、一緒に行く人が推しである二人で、推しカプである二人。そんなこと想像もしていなければ実現できるだなんてもっと理解が追いつかない。ゲームに基づいていたはずの世界が、変容しているのを身をもって感じた。


 明日から七月になる。あと一週間と少しでテスト期間になり、その期間が終われば保護者と教員の面談のおかげで時短授業、その後には終業式を迎えて夏休みだ。


 私がいた向こうの世界は春だったのだが、こちらの世界に来たときにはもう桜の見頃どころかGWも終わっていて、なんなら五月の下旬だった。


 そこからこの世界に適応したかと思えば、悠一という脅威が出てきて、彼を排除していたらもう七月。


 気温はかなり高く、初夏どころか夏の盛りに近づいていると言えるだろう。夏休み、なんて概念が久しぶりに感じられるもので、夏休みがやってきたら、彼女たちと夏休みの合宿、だなんて。


 ああ、本当に私は夢を見ているのではなかろうか?


 ここに来てから、幾度も考えた疑問だ。答えは一度も出なかったし、寝て覚めたら向こうの世界に戻っているなんてことも一度もなかった。


 私はこの世界の住人に、柊真白ひいらぎましろになったのは紛れもない事実で、私はきっと、夏合宿に行くことになるのだろう。


「ふふ、真白ちゃんまた手が止まってるよ?」

「ッあ!  ごめんね、回す!」

「ほんと、相変わらず考え事?  もうちょっと集中しなさいよね」

「あはは……ごめんごめん」


 考え事をしながらサイコロを回してコマを進められるくらいマルチタスクができる脳みそであればよいのだが、残念ながら私の頭はそんなに器用にはできていないのだ、悲しいことに。


 優依ちゃんは少し笑いながら、星羅ちゃんは怒ったような素振りを見せながら、私に声をかけてくれる。とはいえ二人が楽しそうに遊んでいるように見えて、それが私には一番幸せに思えた。彼女たちの笑顔も、ちょっと怒ったような表情も、呆れたようなそれも、全部私だけが見ていられるのだから。


 夏に向けての話をしながら、クーラーの効いた部室で賽は踊る。サイコロを回すカランカランという音。コマを進めたり戻したりカードを引いたり。そんな変わらない動作の繰り返しだけれど、変わらず楽しい。


 さて次は自分の番だ、と思ってサイコロを振る。勢いが付きすぎてしまったのだろうか、小さなサイコロが机から滑って落ちてしまった。


「あ、ごめん」

「もう、ドジ」


 悪態とも言えないような可愛らしい悪態を付きながら、飛んでいった方向に座っていた星羅ちゃんが椅子から立って取ろうとしてくれる。部屋の隅の方に、転がって言ったのであろう鈍い赤が光を反射して存在を示していた。


 星羅ちゃんがその方向に手を伸ばそうとして、身をかがめる。幾つか開いたボタンから覗く豊満なそこに目が行きそうになってしまって、けれどどうにも罪悪感と背徳感を感じて、目を逸らした。


 夏というのは、やはり罪な気がする。


 彼女たちの綺麗な肌が惜しげもなくさらされているのだ。夏の暑さが、この白くて艷やかな、つい手が伸びてしまいそうな肌を持つ彼女たちの良さを引き出してくれている。


 ノースリーブのシャツを着こなして、暑さを和らげるためにボタンを開けている星羅ちゃんの、開放的で思わず目が追いかけてしまいそうになる肉感の良い体。


 そして、清楚な黒髪をなびかせながら大きくて柔らかなそこを隠すようにきっちりと留められたボタンが逆に色香を漂わせている優依ちゃん。


 あいも変わらず綺麗すぎる二人を、いつも以上に目で追おうとしてしまうのだから、夏は罪だ。


「ほら、マシロ。私なにが出てたか忘れちゃったからもっかい回しな?」

「うん、わかった!  取ってくれてありがとう、星羅ちゃん」

「いーえ」


 先程投げたときよりも勢いを落として、もう一度サイコロを回す。コロコロと五の目を示したそれに従ってコマを進めた。


 ギャルゲーの世界に転生してきた私だが、やはり私の見える範囲には選択肢の概念はない。双六のように進む場所が決まっているわけでも、起こるイベントが決まっているわけでもない。


 現に、先ほどトントン拍子で決まっていった夏合宿なんてイベントは本来の『放課後メルティーラブ』にはなかったものだ。


 今起こっていることは、本来は起こるはずのなかったIFイフストーリーなのだろう。私というイレギュラーがこの世界にやってきて、本来物語の中心になるはずだった主人公悠一を排除した。


 それを補うためのストーリーが新しく出来上がった、とでも言うのだろうか。彼のいない、登場人物が三人に減った世界線の、『放課後メルティーラブ』は、一体何を主軸に回っていくのだろう。


 考えながら、サイコロを回す。


 北海道から始まった色とりどりのコマの旅路は、そろそろ終わりを迎えそうだった。

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