第17話 『主人公』を追放します

「真白ちゃんの疑惑は、晴れたかな……? 僕も、悪いところはあったと思う。これからきちんと反省するからさ、許してくれないかな」


 握手を求めるように手を差し出す彼がいる。明らかに好青年風の雰囲気を醸し出すこいつは、悪にしか思えなかった。


 どうする。私が、この悪を打ち払うには、どういう手が有効なのだろう。何度もシュミレーションしたはずの記憶は彼を目の前にして抜け落ちてしまっている。


 このままじゃだめだ。どうしたら、どうしたらいい。彼に勝つには、私が彼に勝てることは。


 ……そうだ。私には、意志がある。


 私は二人を救うのだ。彼をこの場所から追い出して、私の楽園を作るんだ。


「許したいよ。……私も、そう言ってくれる悠一くんのこと、信じたかった」


 雰囲気が変わるのを感じた。


 黙っていた彼女たちも、悠一の口八丁のせいで悠一の手に落ちかけていたのだろう。だからこそ、「許してくれないかな」と手を差し出す彼の手をとってほしいと思っていたのだと思う。


 憶測ではあるが、彼女たちの雰囲気を察するにきっとそうだと思うのだ。自分の側にいる悠一と、友達である私。仲良くいられるならそれが一番いいことだ。


 けれど私は、想定と違うことをした。


「私もね、悠一くんを疑いたくて疑ってるわけじゃないよ。同じ部活の仲間だし、仲良く、優しくしてもらったから。だけどね、だからこそ知りたいの」


 落ち着いたトーンで言葉を続けていく。あくまで自分は冷静だ、と。激情に任せて叫んでいるわけでも、彼を追い出したくて反発しているわけではないと知ってもらわなくてはいけないから。私は、優依ちゃんと星羅ちゃんを味方につけて、真実を知ってもらわないといけない。


「実は、他にもいたんだ。悠一くんに好きって言われたけど、相手にしてもらえなくなって悲しんでいる女の子たちが。……ひとりは、前の日は『好き』って言ってくれたのに次の日にはもう声をかけても無視された、とか言ってたんだよ。日付を覚えている子たちもいて、その日付が2日しか違わなかったり、とか。正直信じられなかったんだけど、でもみんなして、表情が暗くて。皆が嘘ついてるって、思えないの。だから、真実が知りたい。


 ……ねえ、教えてよ悠一くん。悠一くんは、何人もの女の子に好きって言って手のひらを返したりしてないよね? いつもみたいに、優しくて、かっこいい悠一くんの、ままだよね……?」


「ッ……!そんなの、っ、心当たり、ないよ」


 焦燥感が前に出ていた。言葉を失うような沈黙のあと、言葉を選んでいくような焦り。見方を変えれば、本当に心当たりが無くて焦っているように感じなくもない。


 けれど、私から見れば彼のそれは、どうやって誤魔化そうかのアイディアが出てきていないからこその焦りだった。先程までは明らかに自分優位だったはず。それを破られたことに対する苛立ちも、少しくらいあったのかもしれない。


 必死で考えを巡らせながら、私の持っている手札を考えて、自分の持っている手札でどう戦うか。やっぱり、こいつは只者ではない。


 でも、それに素直に負けてやるほど私は善人でも無ければ普通のJKですらないのだ。だから私は、徹底的にやると決めた。私だって、持っている手札全部使って、彼を追い詰めてやるんだ。


「そっか、……心当たり、ない、か」


 寂しそうに、悲しそうに、告げる。彼のことを信じたかった。そう言わんばかりに、言葉を紡いでいく。


 私はまだ、彼を追い詰めなくてはいけない。まだ、足りない。心当たりがない、という言葉は逃げる一手だ。知らない、わからない。だから僕は悪くない。そうやって逃げようとしているのは明白だ。だが、逃げられてたまるものか。ここまで追い詰めた。彼は、私の大切な人たちを奪う人だ。だから、私が、彼を追い出す。


 今までは、理論的に彼を追い詰めていった。でもまだ足りない。優依ちゃんと星羅ちゃんを私側につけるには、あとは、感情の一手だろう。カードを、どんどん捨てていく。


「話を聞いた子たちが、もしかしたら勘違いしてただけかもしれないんだけど、でも、っ……。女の子たちみんな、悠一くんの話をするとすごく寂しそうで、悲しそうで、……だから、私、っ、わたし、すっごく悲しい気持ちになっちゃったの。仲良くなった子が寂しそうな顔をしてる理由が悠一くんだと思うと、よくわかんなくて、本当のことなのかどうか知りたくて、ね?

 好きも、かわいいも、自分だけに言ってほしかったと思うの。でもそれを他の子達にも言ってたり、手をつないでるところを見ちゃったり、次の日にすぐそっけなくされたりって、寂しかったと思うの、わたしだったら、……私だったら耐えられないよ。だから、こうして、ききたくて、っ……」

「マシロ、……」


 私を呼ぶ声は酷く優しげだった。演技をしているつもりだったが、やはり徐々に感情がのってきてしまったらしい。


 自分の瞳が涙に揺らぐのが解っていた。それに気づいた星羅ちゃんが、声をかけてくれたのだろう。隣の優依ちゃんも、私を気遣うように、同じ痛みを負ってくれるように、優しい瞳でこちらを見つめている。


「ねえ、悠一……。どうなの? マシロが言ってることは、事実なの?」

「ち、ちがうよ、僕がそんなことするように見える?」


 その言葉に、場が押し黙る。彼の立ち振舞いは、紳士そのものだった。女の子を誑かしながら他の女の子に手を出すような、そんなクズの振る舞いはこの場にいる私達の前ではしていない。だから、そう言われると黙るしかないのだ、私達は。


 涙を隠すように、何度も瞬きを繰り返す。そして涙が消えた時。少しの静寂を、私の声で破った。


「悠一くんは、そんなことするようには見えないよ。でも、でもね?女の子たちみんな、特に、この間話した咲ちゃんはほんとに寂しそうだったから、っ……。本当のことを聞きたいだけで、」

「もしかしたら咲が嘘ついてるかもしれないだろ!? ぼくは、そんな事する男じゃないよ、君たちが知っている通りだよ。ね? 二人は、わかってくれるよね? 真白ちゃんと咲が共謀してるのかもしれないし、それにほら、高校生の心変わりなんてすぐじゃん、気分が乗らない日だってあるだろ、な? とにかく僕はこのとおりだよ!わかってくれるよね、ね?」


 私の言葉の終わりを待つこと無く、勢い良く放たれていく彼の言葉。


 ……私は思わず笑みを浮かべそうになって、それを急いで驚きと悲しみの表情に塗り替えていく。


 今の言葉を聞いた優依ちゃんと星羅ちゃんも、彼の言葉への驚きと、呆れと、軽蔑が視線に、顔に混じっていく。


「悠一くんって、そんなひとだったんだ、ね……」


 手を体の前で組むようにして、隣にいた星羅ちゃんの方に少しだけ寄り添うように立ち位置を変えた優依ちゃんが言う。無意識だろうが、体が悠一の方を避けようと向きが変わっていた。


 星羅ちゃんは優依ちゃんを庇うように、そして自分も、一歩だけ下がって悠一との距離をとった。顔には嫌悪すら滲み始めていた。


「え、なに、なんでッ」


 わからない、という顔をする。それまで、驚きで声もでない、というスタンスを保っていた私が、初めて声をだした。


「悠一くんは、女の子が嘘付いてるとか、自分のことを貶めるために共謀してるとか、いう人じゃなかったと、思ってた……。信じてた、のにっ」


 気づいたように、ハッと顔をあげた。自分の本性を自分で暴いてしまったことに今更気がついたのだろうか。墓穴を掘った。否、私に掘らされたのだ。それに気付いた彼は、今まで取り繕っていた顔を全て自分から剥がし、怒りと憎しみと、負の感情を全て私に向けた。


「真白、お前ッ……!」

「ゆ、悠一くんっ!?」


 あまり、怖いとは思わなかった。負け惜しみだと思えば、痛くも痒くもなかった。けれど、人の憎悪はここまで膨らんでしまうのかと思って、それだけが少し、怖いと思った。星羅ちゃんも、優依ちゃんも、臆したように自分を守る姿勢になったけれど、でも私にはまだやることがある。


「悠一くんの顔見るの、もうッ……こわいよぉ、ぅうっ」

「わ、わたしも、もう……星羅」

「わたしも正直、しんどいから。この部活から、出て行ってくれる……有坂くん?」


 それは明確な拒絶だった。表情も声色も呼び方も、何もかもが、彼を拒絶していた。そこに追いやったのは、私自身だ。私は、彼をここから追放した。


 けれど、それは私の大切な人を守るためだ。彼は彼の正義をなそうとしたが、私の思いに負けた。だから、彼の居場所はここにはない。簡単なことだ。そう、私は悔いることはない。私の大切な人たちを、守れたから。


 悠一が何も言えずにこの部室をあとにした後、私は二人に頭を下げた。


「ごめんね、ふたりとも……こんなことに、なっちゃって」


 けれど、四人で楽しんでいた思い出を奪うことになってしまったのも私のせいだと思った。だから、彼女たちが私を避けるのならそれには従わなければいけないと思ったのも事実なのだが。


 だが、優依ちゃんも星羅ちゃんも、そんな反応にならなかった。


「んーん、もしかしたら私達が狙われてたかもしれないんだもん。ありがとう、真白ちゃん」

「マシロのおかげで、私らの仲がより深まったんだよ。……ありがと」


 そんな調子で、笑顔を浮かべてくれる二人。


 柔らかい、優しい声。気持ちを張っていたせいか急に緩んでしまって、腰が抜けてへなへなと座り込んだ私。驚いたような顔の二人が駆け寄ってきて、起こしてもらう。


 二人の手の温度が、酷く、あたたかかった。

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