第16話 決戦の朝

 そして、清々しい朝が来た。キラキラと輝く朝日が、青く澄んだ空を引き立てる。いい日、と言って差し支えないだろう、今は。帰る頃にも同じことを言えているかどうかは、今から先の私が決めることだ。


 計画は、これ以上ないほど緻密に組んだ。そして、失敗した場合のリカバリーもいくつか用意してある。綿密に立てた計画ではあるが、あくまでフレキシブルな対応ができるように、私の脳みそでは限界に近いくらい考えた。その成果が、今日。


 正直なところ、眠りは深くなかった。ゆっくりと意識が沈み、また浮かび。時折幸せな夢を見て、そして、怖い夢を見る。心地よいとは言い切れない微睡みだった。少しでも休めただけ、幸福だと思わねば。


 今日は、本当に正念場なのだ。失敗したら一気に、というか、失敗をしてしまえば終わり。一気に優依ちゃんと星羅ちゃんが遠ざかるばかりか、他の女の子たちを救うことすら困難になる。悠一にも、私の思惑は知れている。つまり私が彼に仕掛けられるのは、この一度きりだ。今日に全てをかけるしかない。


 いつものように制服を着込む。選んだシャツは糊の利いたもの。これは、私の決意を少しでも固めようとするおまじないの代わりだ。朝起きた時は、正直怖かったけれど。でも徐々に私の気持ちは凪いでいった。


 私がした準備には、なんの不足もない。その安心感が、私を包んでいく。太陽は昇る。世界が温められていく。決戦の時は、近づく。





 私は時間より少しだけ早めに、部室に来ていた。十分くらい前に来たからだろう、優依ちゃんすらまだ来ていなかった。いつもゲームをする時は机を四人分合わせているから向かい合せで二人組が座っているのだが、今日は机も椅子も使いたくないと思っていたから。机と椅子を、邪魔にならない位置にはける。今日の私達の舞台には、必要のない小道具だ。


 今日必要なのは、演者だけ。これから続々とやってくるであろう、役者が揃えば十分な舞台なのだ。


「失礼します、……って、早いね真白ちゃん!」

「あはは、ちょっと早くついちゃって。ごめん、ちょっと今日はスペース広めにほしかったから机とかどかしちゃったんだけど平気?」

「うん、大丈夫だよ! 呼んでくれたのは真白ちゃんだからね」

「ありがとう、助かるよ」


 最初にやってきたのは、案の定というか優依ちゃんだった。ゆるい雑談に身を任せていたら、時間ぴったりに星羅ちゃんがやってきた。きっと悠一は最後に来るのだろうと思っていたから、私の予想は当たったと言える。


「おまたせー、今日はピッタリだよね?」

「来てくれてありがとう星羅ちゃんっ」

「別にいーよ、悠一は?」

「多分そろそろ、」


 来るはず。そう続けようとした言葉を断ち切ったのは、最後の扉の開く音。空気が変わるその瞬間の雰囲気。そして、待っていた存在。


「僕が最後かな。ごめんね、待たせてしまって」


 相変わらず爽やかな王子様を維持しようとする、中身は浅ましいだけの男がそこにいた。諸悪の根源。女の子を上っ面だけで侍らせて、自分のためだけのハーレムを築き上げようとする狡猾な男がそこにいた。


「さっき揃ったところだから、平気だよ。……悠一くん、私、貴方に聞きたいことがあるんだ」

「早速本題ってところかな?全然構わないよ、早く済んだら、皆で軽く遊んで帰ろう」


 余裕そうに笑みすら浮かべる悠一。ドアを背にしている彼には、強くなり始めた太陽の光が差している。激しい光を纏う彼は酷く正義を振りかざしているヒーローにしか見えない。だが彼は、悪人でしかないのだ。


 今から私は、この厚い皮を剥がさなくてはならない。今横で不思議そうに私に視線を向けている二人を守り、私のものにするために。


「悠一くん、さ……何人かの女の子に、恋愛感情を匂わせるようなこと、言ってるんだよね?」

「ん?どういうこと?」


 どうやら、彼はあくまで白を切り通すつもりらしい。そんな事実はない、僕がそんなことをする人間に見えるか?とか、そんな調子でやるつもりなのだろう。だが私がどれだけ情報を集めたと思っているんだ。絶対に、これは私が負けない勝負だ。


「あのね、悠一くんが好きな女の子が何人もいて、その子達がみんな、自分のことが一番なはずだって言ってたの。だから、まさか悠一くんは二股みたいなことしてるんじゃないかってね、不安になっちゃって……だから、同じ部活の私達にくらい事情を話してほしくて、今日呼んだんだ」


 あくまで不安そうに、私は言う。真白が攻撃的な素振りを見せてしまうと、悠一が追求されているように見えて、そちらのほうが弱者に見えてしまう。


 弱いという立場を上手に使える悠一という人間だからこそ、私は強く見えてはならない。あくまで、私は悠一くんのことを心配しているから、内々の同好会のメンバーだけで集めた、という体でいくことが、私の勝利につながるのだ。


「……そっか」


 悠一は、それだけを呟いて押し黙った。彼のずる賢い、嫌な方向に回転の早い脳みそが必死で考えているのだろう。


 ここで追撃をするとユイセラ二人の心証が悪くなってしまうだろうから、私は心配そうな顔をするのだ。言わなかったほうがよかったのかな、とか、本当だったらどうしよう、とか。そういう感情が今にも言葉に出そうな顔をする。


 ……やっていることは悠一と一緒だな。


 なんて考えが頭を過る。私も、嘘を用いて悠一を転落させるために演技をしているんだ。少し苦しくなった。


 けれど、私は。私の誇りと、推したち……そして、大切な友達である彼女達を守りたいから、やっているのだ。悠一のように、彼女達を自分のために侍らせようとしているような卑劣なやつと一緒なんかでは断じてない。


「悠一くん」


 思わず呟いてしまった、と言わんばかりに小さな優依ちゃんの声がこぼれ落ちる。小さな声なのに、静かな部屋にはやけに響いた。


 星羅ちゃんはといえば、ただじっと考えていた。そっと悠一を見つめたり、私のことを見たり。そして、考えを巡らせながら自身の髪をくるくると指で弄んでいた。


「真白ちゃん。もしかしたら君の友達に勘違いをさせるようなことを、僕は言ってしまったのかもしれない。だけど、やっぱり心当たりがないよ。できたら、説明してもらえるかな」


 余裕のある声色だった。自分がやったことはばれるはずがない、という声。自信を持った表情。堂々とした姿勢にまで、それは現れていた。私はこれを崩さなければならない。……少しだけ、怖気づいてしまう自分がいるような気がした。


「わかった。……急にこんなこと言っちゃってごめんね、悠一くん。私からも説明させてほしい。私が聞いた話を、今から話すね。」


 私は、図書委員の女の子から聞いた話を最初にし始めた。明らかに自分に対して気のある素振りを見せられたこと。半分以上付き合っている状態なのにも関わらず、あまり自分の所にはいてくれないこと。連絡すらほぼ取り合ってくれなかったが、そのタイミングで丁度別の女の子と仲良くしていたということ。


 それらをゆっくりと、あくまで本当かわからないことを話しているという意識で語っていった。その間同好会の全員は酷く静かで、皆の息遣いと、私が体を動かすと響く衣擦れと、私の声だけがその場を支配していた。


 これ以外にも、彼に対しての手はある。だから、私は安心しきっていた。けれど。


 彼は、思いの外しぶとそうだ。笑みすら浮かべて口を開こうとする彼に、正直ゾッとした。


「図書委員の子って、咲ちゃんのことかな。彼女とは仲良くしていた時期はあるけど、恋人になったつもりはないよ?」

「で、でもッ……! 咲ちゃん、すっごく寂しそうで、というか恋人になったつもりのない子に好きとか言うのって、だめじゃない、かな?」

「友達としての好き、だったつもりだったんだけど……。勘違いして、傷つけちゃったかな。ごめんね?」

「ちが、っ……私は、私に謝ってほしいわけじゃないの!」


 彼のペースに、飲まれていく。


「そっか、そうだよね。真白ちゃんは優しいから、真白ちゃんじゃなくて咲ちゃんに謝るべきだよね。ごめん、僕が間違ってたよ」


 申し訳無さそうに、眉を下げる彼。少し顔を俯かせて、いけないことをしてしまった、と反省するような素振りを見せている。


 けれど、私には見える。優依ちゃんと星羅ちゃんに見えないようにしている目には、私のことを馬鹿にするような色を浮かべているのだ。この程度か、と嘲笑うように。


 ……ここで終わるわけにはいかない。


 けれどこのまま言ったとて、でも、でもと続けるだけになってしまって、「ごめんね、そうだよね」と受け流されてしまうような気がする。私は、彼の本性を剥き出しにするような芝居をしなくてはいけないのだ。

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