第14話 認めたくない存在
「悠一くん、ちょっとだけいい?」
部活中、先程までやっていたゲームが一息ついたタイミングで彼を呼び出す。彼の反応を直接見たいと思ったし、彼の仮面をどれだけ剥がせるかを見極めるためにも彼と一対一で話すことが必要だと思ったからだ。
彼は面食い。私の誘いにのってくれるかどうかは微妙だったが、真白とてギャルゲーの攻略キャラクターの中の一人だ。ちらりと上目遣いをしてやれば、少し勝ち誇ったような表情を見せて頷く。
「もちろん! 丁度喉が乾いてきたと思ってたんだ、一緒に購買まで行こうよ」
わざとらしくにっこりと笑みを浮かべた彼。きっと私が、自身の毒牙にまんまと引っかかったようにでも見えているからだろう。彼の笑顔は、あいも変わらず嘘っぽかった。
差し出された彼の手を取って、私は部室をあとにする。いってらっしゃいと見送る優依ちゃんと星羅ちゃんのことを思いながら。
「真白ちゃんから呼ばれるだなんて珍しいと思っていたんだけど、今日はどうしたの?」
「えっと、ね? その……、悠一くんが好きな女の子のタイプって、どんななのかなって思って、聞きたかったんだ」
ああ、自分の演技に反吐が出そうだ。なんでこんな奴に好意があるフリをしなきゃいけないんだろう。何度も考えを繰り返したとて、結果として出てくるのは『大切な二人のため』というそれだけだった。
この胃の気持ち悪さも、出てくる言葉に対しての嫌悪感も、全部全部飲み込んでやる。私が飲み込めば、優依ちゃんも星羅ちゃんも、ひいては他の女の子たちも幸せになれるのだ。
「えー、好きな女の子か。難しいなぁ……。僕的には、お淑やかで優しい女の子はすごく好きだよ?」
「そうなんだ、他にあったりする?」
「そうだな、ううん……」
明らかに私のことを指すように言葉を選ぶ彼への腹立ちをやはり同じように飲み込んで、彼に問い続ける。
彼が悩む理由など単純だ。こいつは可愛い女の子であればそれで構わないのだから、私をどうにか褒め落とすとかして手中に収めようとしているだけ。つまり私のキラーワードを探しているわけだ。ここまでのやり口は図書委員の彼女が言っていたことと一致する。
「そんなに悩むなら大丈夫だよ! ごめんね気を使わせちゃって……」
「いいんだよ、真白ちゃんこそ気にしないで? 女の子は皆可愛くて素敵だから悩んでしまって」
ごめんね、と困ったような微笑を浮かべる彼は、表情だけは一丁前に王子様だった。応えるように宥めるような表情をすると、彼はまた申し訳無さそうな顔を少しだけ引っ込めるのだ。ああ、狡猾な男。なんて計算高くてずる賢い男なのだろう。
ムカムカする気持ちと胃。こういう表情の機微をうまく使える。彼が彼たる所以は、自分のハーレムを作るという大それた目標を抱いて実行に移せる程に実力はある、プライドの高い男だという所なのだろうと思った。
「悠一くんはとっても素敵だよね、女の子とか皆に優しいし……みんなに囲まれてて、カッコよくて。羨ましいなぁ」
「はは、そんなことないよ。でもありがとう」
謙遜する割にしすぎるわけでもなく、素直にさらりと受け流す。言葉のやり取りについてわきまえている喋り方だ。
乙女ゲームやギャルゲーの主人公とされるには少々ずる賢いというか、テクニック重視のタイプだなと感じたものだが、それは本当だったらしい。言葉の使い方や表情の使い方が上手い。手練、と言ってしまっていいだろう。
……格好つけすぎかもしれないが、実際にそうなのだから許してもらおう。
「ほんと、悠一くんと仲良しの女の子たちが羨ましい……わたしもあんなふうに可愛くなれたらいいのに」
嫉妬と憧れとを織り交ぜたように言う。羨ましい、というのは本当だ。可愛くて柔らかい女の子たちへの憧れも本当。けれど嫉妬に関しては、悠一に対してのものだ。
綺麗な女の子たちを自分に対して囲わせようとする彼が、正直羨ましかった。彼の立場が欲しくないだなんて言えない。むしろくれるならば喜んでもらうだろう。私の中では、彼があのハーレムの中心なのが納得行かなかったのだ。
………そう。星羅ちゃんも優依ちゃんも、私のものにしたかったから。
「真白ちゃんは、とってもかわいいよ。他の子と比較するのが勿体ない可愛らしさが君にはあるんだ」
廊下の少し先を進んでいく彼の顔は、窓から差し込む夕陽の逆光によって見ることが出来ない。けれど、先程からと同様に胡散臭い笑みを浮かべているのであろうことは想像に難くない。だって、私への愛を囁く彼は三流の詐欺師のように陳腐で下手くそな笑い方をするのだから。私、『
私は、その意識を正してやる。彼からの被害を減らしたいのは、もちろんある。それが私の根本でもあるし、私は部活の平穏を、ひいては学園の平穏を守るためにも戦うのだ。けれど、単純に腹が立つ。
私は、『放課後メルティーラブ』が大好きだ。出てくる女の子も、愛おしい青春の日々も、ひとつひとつのスチルも台詞も、全部全部大好きなんだ。だから、真白を——
そう思った時、私は自然と笑顔を浮かべていた。
彼はきっと知らない。私のことなんてこれっぽっちも見ていないだろう彼が私の表情の変化に気を配っているはずがない。お前なんかに、私の可愛さが分かるものか。
全て、悠一という男にわからせてやるのだ。私はそんなに弱くない。おしとやかなだけじゃない。ふ、と笑って、落ち着いた調子で彼への礼を告げる。
「そっか、ありがとう」
「いえいえ。聞きたかったのはそれ?」
「……うん、そうだよ! さ、売店までいこう? 私がジュース奢るよ」
「そんなのいいのに、わ、真白ちゃん?!」
私は走り出した。真白らしくないとは思ったけれど、でも、今の私がそうしたかったから。彼に顔を見られないために、というのももちろんある。けれど思わず走り出したくなるくらいに、私は今燃えていた。彼という、この世界の脅威を取り去るために。
この世界を彩る夕焼けすらも、同じように燃えながら世界を燃やしていた。陽の暖かさと光は私を包み込むようで、どこか優しい。二人分響く足音を裏切る日を、私はできるだけ早めていくのだろう。明日でも明後日でもいい。出来るだけ早く、彼をここにいられないようにする。
美しい景色とは似ても似つかないけれど、これは私なりの意地で執着で、私なりの、美しさの証明だった。
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