第11話 幸せ百合空間

「そういえば星羅さ、この間担任に目つけられてなかった?」

「授業中の態度については前からだけど? 面白くない人のはほんとに面白くないからずっと寝てる」

「せ、成績とか大丈夫なの……?」

「まあ、多分?」

「星羅そういうところ本当雑だよね〜、私と一緒に進級できなくなったらどうするのよ」

「そんなことにはならないから大丈夫に決まってるでしょ」


 うぅ、ユイセラが尊すぎて死んでしまう……。ずっと一緒にいたい、というメッセージに聞こえてしまうのも私が限界ヲタクなせいだろうか。けれど、これは尊いのだ。尊すぎるくらいに。


 貴方のために頑張る、とは言わない関係性が私は大好きだ。優依ちゃんは星羅ちゃんと一緒に進級したい。星羅ちゃんは、優依ちゃんのために単位を落とさないようにしている。これをエモと言わずなんと呼ぶ。そうです百合と言います。


「……てか、マシロの百面相は、いい加減にどうにかならないもんなの?」


 二人を見つめながら色々と考えを巡らせていた私に気付いたらしい。星羅ちゃんが私を見ていた。コツン、と、私の額を指で軽く叩いた彼女。


「え、あ、えと」

「……っふふ」


 軽く吹き出してしまった優依ちゃん。思わず笑ってしまった、という表情が大変可愛らしい。呆れ顔の星羅ちゃんもかわいい。二人してこんなに可愛いのだから、もうこの世界に万歳だ。


「ご、ごめんね?」

「私は別にいいけど、三人いてアンタだけ喋らないのも変だなってだけよ」

「星羅いいこと言うね、真白ちゃんも一緒にお喋りしよ?」


 向かい側に座っている私の手をとった優依ちゃん。上目遣いで見つめられて、胸の奥が高鳴る。服装も相まって体のラインが際立っていて、伸びてきた華奢な手に庇護欲を掻き立てられて。胸の奥がきゅんとする。


 ああ、これが、「いとおしい」という感情なのかもしれないとふと思った。


「マシロは最近、なんかなかったの?」

「……そうだなぁ、」


 考えながら言葉を紡ぐ。二人の笑顔と、つながっていく会話。流行りの音楽を流したり、動画サイトの動画を見たり。それに飽きたらお菓子をつまみながらだらだらとお喋りをして。


 楽しい。心からそう思えるし、彼女たちも同じように楽しんでくれている。そんな実感が、たしかにあった。


「あ、やば」


 動画を見ていたらツボにはまったのか、珍しく体を揺らしながら笑っていた星羅ちゃんのグラスが倒れかける。薄く色づいた冷たいジュースが、彼女のシャツの胸元に零れた。


 氷の一つがコロンと床に転がって、星羅ちゃんの服についた水が広がって、肌に張り付いていく。水を含んで重くなった服は、彼女の白くて艷やかな肌を露わにして、それでいて扇情的だった。


 彼女の豊満な胸部が強調されているのに、肌が直接見えていないというのが余計にいやらしい。思わず触れたくなるような、ハリのあって大きいそこに目が行くのがわかる。


「あーもうそんなに濡らして。大丈夫?」


 私が見惚れている最中にも、優依ちゃんは星羅ちゃんに声を掛ける。気遣うようでいて呆れの色を孕んだ彼女の瞳。


 対して星羅ちゃんは、あー濡れちゃった、とでも言わんばかりに軽く首を下に向けるだけ。ユイセラの絡みが始まる気がして、星羅ちゃんに見惚れながらも私はそっと口を噤んだ。


「私はダイジョブ。ごめんマシロー、床ちょっとだけ濡れちゃった」

「あ、大丈夫だよ! それより、だいぶ濡れてる、けど……」

「んー? これくらいへーきへーき、すぐ乾くでしょ」

「それで昔風邪ひいたこと無かったっけ、星羅」


 あっけらかんとした彼女に対して、今度は呆れと心配を織り交ぜた声色が続く。軽く謝る星羅ちゃんに対して、小さなため息を零した優依ちゃん。


「拭くからこっち向いて?」

「過保護だなあ優依は」


 自分の鞄の中からハンカチを取り出した優依ちゃんは、星羅ちゃんの方に向き直る。「はいはい、わかったから」なんていなしながら、彼女は胸元に手を伸ばした。素直に受け入れる体勢の星羅ちゃん。


 ……正直また脳みそがパンクしてしまいそうだった。


 まずもって、星羅ちゃんの格好。どんなサービスシーンだ、とツッコみたくなるくらいには、色っぽい、というか、エロティックで、ぺったりと張り付いたシャツが女子高生のすべすべでハリのある肌を見せてしまっている。


 そんな星羅ちゃんを面倒そうにいなす優依ちゃんの表情と、その割には気遣わしげな行動。これをユイセラと言わずしてなんと言ったらいいのだろう。


 そして彼女の口ぶり的に、今から、優依ちゃんは星羅ちゃんのお胸に、触れる……????


 理解ができない。いや、理解したら死んでしまうかもしれない。女の子同士だから気にしない、とか、それなりに長い付き合いだから気にしていないのかもしれないが、私からしたら大いに気になる。いや寧ろ大興奮ですありがとうございます、といった感じなのだが。


「結構濡れてるね、肌も冷えてるんじゃない?」

「んー、そうかも」

「服の中が拭きづらいから、ボタン少しだけ外してくれる? 星羅」

「わかったぁ」


 ゆるゆると口にした星羅ちゃんは、そっと上からボタンを外していく。息苦しさからだろう、一番上のボタンを既に開けていた彼女は、一つ、二つと外していった。


 開けられたそこに、優依ちゃんは躊躇いなくハンカチを持った手を滑らせる。肩から胸元に、また、濡れている胸元は重点的に。


「ん、っふふ、……やぁだゆい、くすぐったい」

「自分で濡らしたんでしょ、もう」

「っ、はぁ、んふふ、っ……ッはは! ねーぇ、わざとでしょそれ」

「違います〜」


 そ、そんなことまでしていいのか。というか、私はこれをこんなに近くで見ていて良いのだろうか。困惑と、確かな興奮が私を蝕んでいく。


 見ちゃいけないと思う理性と、こんなに良い状況を逃してなるものかと考える私のオタクとしての本能が戦っている。無論、勝ったのは欲望だったのだが。


 身を捩って、くすぐったさに耐えながら濡れた肌を拭かれている星羅ちゃんと、呆れと共に楽しさがにじみ出ている優依ちゃん。


 星羅ちゃんの方は、くすぐられて笑っているせいか体の血が巡ってきたのだろう。白い肌が、ほんのりと赤く染まっていく。それがどうにも情事を思わせて色っぽくて、優依ちゃんの胸元に伸びた手が、より一層それを増長させるのであった。


「ゆい、もう拭けたでしょ、ッ? ふふ、くすぐったいからぁ、ねぇ」

「ごめんってば、星羅面白い反応するから、つい、ね?」

「むー。納得いかない」


 少しだけむくれた星羅ちゃんに、再度「ごめんごめん」と謝りながら、彼女が開けたボタンを留めていく優依ちゃん。二人の距離は近くて、手付きがどうにも厭らしく思えてしまって、思わず少しだけ目を逸した。


 開けさせたボタンを本人が留めるなんてシチュエーション、私そういうやつでしか見たことない。


 ……いや、これに関しては私の認識に問題があるのだろうが。


 さて、そんなラッキーなイベントをはさみながら、女子会の時間はどんどん過ぎていった。動画を見るのに飽きたから、と言ってトランプを持ってきてカードゲームを始めたりして、結局いつもの部活と同じようなことをしてしまったり。


 横にいる優依ちゃんの横腹を指先でつついてみた星羅ちゃんが、同じことをされて体をびくつかせていたのが可愛かったり。やっぱりここでもあーんイベントが開催されたり、私がそこに混じってしまったりもしていた。幸せ空間過ぎて、記憶はほぼ残っていない。しんどい。


 そんなことをしていたら、すっかり陽が落ちてしまっていた。


「今日はお家にお邪魔させてもらってありがとう、真白ちゃん!」

「いえいえ。私もすっごく楽しかったよ、ふたりともありがとう。暗いけど、送っていかなくて平気?」

「優依もだけどマシロも過保護だなぁ、街灯がないってわけじゃないし、そんなに遠くないから大丈夫だよ。途中までは二人だし」

「そうそう。真白ちゃんは家主なんだからお家でゆっくり待っててよ」

「わかった、ありがと。それじゃあ、気をつけてね」

「ん。また学校で〜」


 玄関先でそんな会話を交わした後。ひらひらと手を振ってくれる星羅ちゃんと、最後にまた軽くぺこりとお辞儀をして星羅ちゃんの隣に並ぶ優依ちゃん。そんな小さなユイセラ要素にまたときめいて、思わず二人が去っていく方向に手を合わせた。


 幸せな一日はあっという間で、それなのに、すごく濃くて、楽しかったことも嬉しかったことも頭の中に流れてくる。暗くなった外は少しだけ私を一人にするように感じられたけれど、遠くで瞬いた星が、今日も綺麗だった。


「楽しかったな」


 小さく呟いた声は夜に溶ける。きっとまた明日も、楽しい一日になるだろう。





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