第10話 二次会は自宅にて

 ケーキの小箱を抱えたまま、家の鍵をあける。後ろに控える優依ちゃんと星羅ちゃんが心なしかそわそわしているように感じて、口から笑みがこぼれた。ドアを開けると、私がやっと馴染んできた風景が出迎える。


「おまたせ。どうぞ〜」

「わぁ……お邪魔します」

「失礼しまーす」


 部屋に入ってきた二人。彼女たちが真白の部屋にくるイベントはゲーム中にもなかったはずなので、これが初めてということだろう。初々しい反応が可愛らしい。


 大人数が座れるソファなんてものはこの部屋にはないので、折りたたみ式のローテーブルを出してきて、みんなでフローリングに座る。


 女子会っぽさ、というか、みんなで集まっている実感みたいなものが湧いてきて、じんわりと心に何かがこみ上げてくる。しかも相手はユイセラ。幸せすぎるにもほどがある。床は硬いし、テーブルは安っぽいけど。


「テーブルも出してもらったことだし……」

「はやくお菓子並べよ、マシロよろしくー」

「え、あ、はい!」

「星羅?! 真白ちゃん!!?」

「なに優依」

「いや家主になにやらせようとしてるの……?」

「ましろがお菓子の袋持ってるからやってもらおうかなって」


 星羅ちゃんはそう言いながら、ぽりぽりとシガレットのお菓子を食べている。そんなに美味しいのかな、とも思うけれど、さっきコンビニで調達した時にそっと会計に持っていっていたから好きなんだろう。


 そんなことを考えていたら、優依ちゃんが私に顔を向ける。


「星羅も星羅だけど……真白ちゃん! そんなに簡単に引き受けたら星羅甘えてばっかりになるし、真白ちゃんは招待してくれて場所を貸してくれてるわけだからもうちょっと私達に色々させて?」


 諭すような口調の優依ちゃんに頷く他なく、持っていた袋をしばしば手渡す。神や天使に等しいユイセラに準備をさせるなんて烏滸がましくてそれどころではないのだが、優依ちゃんは納得してくれなかったらしい。星羅ちゃんもけだるげに手を動かしてくれている。


 程々にスナック菓子も買い足してきたせいか、小さなテーブルはすぐにいっぱいになってしまった。私がうちの食器棚から持ってきたグラスと、パーティー開けをしたスナック菓子と、先ほど買ってきたケーキ。雑多な感じが、なんだか楽しげだ。


 いっぱいになったテーブルに目を輝かせていると、星羅ちゃんがくつくつと笑う。なんだろうと思ってそちらを向くと、ごめんごめんと笑われた。


「なんか嬉しそーな顔してるから面白くなっちゃった。怒んなよ、キラキラした目してたからさぁ」

「そ、そんなに……?」

「うん、なんかすっごい満ち足りてた。今からが本番なんだぞ?」


 彼女の顔が少し近づく。パーソナルスペースが狭めの彼女だからなのか、顔が異常に近く感じる。綺麗な目でじっと見つめられて、心臓が脈打つ感覚が全身で感じられた。鼓動が早い。


「ちょっと星羅〜、真白ちゃん困ってるでしょ」

「あーはいはい。ゴメンって、でもいい顔してたから許して?」


 軽い調子で手を合わせた星羅ちゃん。手を合わせながら首を傾げるだなんて、星羅ちゃんがそれをやるなんてギャップ萌えにも程がある。


 可愛いすぎるから、やっぱり人気投票一位は伊達じゃないなぁなんて思ったり。本当に、茶々を飛ばしてくれた優依ちゃんに感謝しかない。あのまま顔が近いままだったら、私は鼻血出していてもおかしくないだろうから。


「あ、うん、っ……今からが楽しみすぎて、えへへ」


 許しを待つような格好でじいっと見つめられていたものだから、へらりと笑いながら本音を小さく呟くと。また、星羅ちゃんがにっこりと笑って。


「楽しみならなにより。はやくはじめない?」

「……うん!」


 そんな会話をしているうちに、優依ちゃんは飲み物を入れておいてくれたらしい。楽しそうな笑顔を浮かべる彼女は、私達の会話が途切れるのを察してこう告げた。


「やっぱり、始まるってことは乾杯だよね? ということで、用意しておいたから乾杯しようよ!」

「あ、優依ちゃんありがとう!」

「いえいえ。ほら、星羅もこれ」

「んー」

「ほんとそっけないなぁ」


 別にいいでしょ、なんて顔をしている星羅ちゃんの表情が、長い付き合いの優依ちゃんにだからこそ出る表情だと知っている私はまた悶えそうになった。


 なんだかんだで許してしまう優依ちゃんと、だからこそ甘える星羅ちゃん。二人の関係性の尊さに再び死にそうになりながら、三人ともがグラスを掲げるのを待った。


「じゃあ、せーのっ」

「かんぱーい!」


 三人の声が重なる。大人になったらやるようにお酒なんかではなく、グラスに注がれたジュースでの乾杯。お酒でのそれを経験してきた身からすると物足りないような気もしたが、全くそんなことはなかった。


 グラスが重なる音と、流し込んだ甘い液体。パチパチと口の中で広がる炭酸と、頭の中に満ちる充足感。糖分は多幸感を脳に与えるというのは、あながち間違いではなさそうだ。


 先程までカフェでのランチを楽しんでいた私達なので、あまりお腹は減っていない。けれどお菓子やデザートは別腹だ。机に並んでいるそれらを美味しそうだと思ってしまう時点で、「食べたい」という欲求が掻き立てられているのは間違いないだろう。

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