第9話 心もお腹もいっぱい

 ようやく私達がケーキを決め終えたタイミングで、満を持したように運ばれてきた料理たち。そのどれもから漂ってくるのは、美味しそうな匂いだ。


 カレーからは長時間煮込まれたのであろう深い旨味が。ピラフからは、様々な具材の甘みと旨味を包み込んでいるのであろうバターの香りが。ナポリタンは、昔から受け継がれてきたメニューだからなのだろうか。トマトのフルーティーさと一緒に、なんだか懐かしい気持ちが。全部が美味しそうで、テーブルの上にある照明器具が料理をキラキラと照らして、すごく特別なものに思えた。


 私達三人はそれらがテーブルにつくのを、小さな歓声をあげながら待っていた。テーブルに揃った料理たちはすごく魅力的で、私達の食欲をこれでもかというほどに掻き立てて。


 店員さんが、「ご注文はお揃いですね、ごゆっくりどうぞ」と一礼したのを合図にするかのように、三人で目を合わせる。思わずにっこりと口角をあげていたが、それは他の二人もあまり変わらない。掛け声をかけたわけではないのに「いただきます」と手を合わせると、それぞれスプーンやフォークを手に持って食べ始めたのだった。


「ん〜、っ……!」


 優依ちゃんがすごく幸せそうな顔で、声にならない声を出す。お上品な性格故だろう、口元に手を添えたまま、嬉しそうな顔でピラフを頬張っているようだ。できたてだからだろう、どのメニューも湯気が立ち上っているのだが、彼女のそれも勿論例に漏れない。


 はふはふと熱さを逃がそうとしながら食べ進めている彼女は非常に可愛らしかった。きっと熱いのだろうけれどスプーンが止まっていないあたり、美味しいんだろうなと想像できる。


 星羅ちゃんはといえば、彼女は黙々とフォークを口に入れて、またくるくるとスパゲティを巻いて、食べて、を繰り返していた。表情はいつものクールな彼女ではなく、頬を緩めていて、美味しそうに目を細めている。


 二人が夢中になって食べすすめる様はかわいいし、私の食べているカレーもめちゃくちゃ美味しい。あぁ、幸せな気持ちが溢れてくる。


 口いっぱいに広がる、辛すぎないのにスパイスの効いていることがわかるカレーの味は、正に喫茶店のカレー。上にのったカツも衣がサクサクで、お肉の旨味とカレーの組み合わせが至高。もう美味しいしか出てこないし、目の前では幸せな光景が広がっているし、語彙力がとろけはじめた。


「あ、星羅ぁ」


 あくまで上品なはずなのに良い食べっぷりをみせていた優依ちゃんが、星羅ちゃんを呼ぶ。首を倒すだけで返事とした彼女に苦笑しながら、優依ちゃんは言葉を続けた。


「ここ、ケチャップついてるよ?」


 唇の横を指差して言う。華奢な指が薄い唇を指し示すのがどことなく色っぽく感じてしまったのだけれど、それは流石に私が悪い気がして、思わず目を逸した。


「え、どこ?」


 指摘のまま自身の指で拭った星羅ちゃんだったが、思ったよりも範囲が広く、全てを拭い取れてはいない。じれったい、というような優依ちゃんの顔。


 ……百合が大好きな私はひらめく。これはあのシチュエーションだ、と。


 いや、でも、そんなことあっていいのか。葛藤とともに、でも、本能に忠実に。私の目は、素直に彼女たちの方を向いた。


「ここだってば」


 優依ちゃんの手のひらが、指が、星羅ちゃんの唇に近づく。首元に手のひらが近づいて、指が唇の端を掠める。すっかり気を許しているのであろう。


 無防備に目を閉じた彼女は酷く愛らしく見えて。優依ちゃんが拭った唇の端には、殆どわからないくらいの赤が差していて、代わりに彼女の指は赤を引き受けている。


「ん、とれたよ」

「ありがと、優依」

「どういたしまして」


 にっこり微笑んだ彼女は、ケチャップの赤をぺろりと舐め取る。優等生然とした彼女が自身の指を舐めている、という事実に私の頭は沸騰しそうなくらいに暑くて。


 口元を拭い取った指を舐めるとか、そんなの、もうキスみたいなものでしょう、ああ、あまりに尊いユイセラの絡みが見れたことで今にも気を失いそうだった。


 まぁここで倒れてしまったらこの絡みはもう見れないし、続きだってあるし、なによりこの二人を見続けるのが私の使命。そう思って、自分の太腿を爪でつまんだ。


 ……痛かった。気を保ち続けられたから仕方ないという気持ちで、どうにかごまかす。表情を見られたのであろう星羅ちゃんからは変な目で見られたけれど、仕方なかったんだ。申し訳ない気持ちで、へたくそに笑っておいた。


「真白、冷めるよ? 」


 やはり二人を見つめてしまっていたようで、なんとなく既視感のある台詞が星羅ちゃんから告げられる。ごめんとありがとうを慌ただしく告げて、カレーを乗せたスプーンを口に運んだ。美味しさに悶ながら口に運び続ければ、いつの間にやら皿は空になっていたのだった。


「ん〜……美味しかったね!」

「想定以上だったな」


 非常に満ち足りた表情の優依ちゃんと真白ちゃん。二人を見ているとここを提案してよかったと思う。


 ……まぁ、ゲーム内の背景にオシャレなカフェが映っていたのを思い出して調べてみたというだけなのだが、こんなに当たりだと思っていなかった。


 二人の絡みに癒やされて、美味しい料理に癒やされて。そしてお会計の後に、ショーケースに並んでいるケーキを買って。キラキラとしたお菓子は芸術品のようで、見惚れて。


 ときめく心のままにドアを押す。カランコロンと響いたドアベルと共に、私達三人は店を後にしたのだった。


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