第8話 女子会のはじまり
カランカランと、ドアベルが音を立てる。星羅ちゃんの手によって開けられた扉と、流れ出す優しくて甘い匂い。
店内に流れるBGMは、明るめのジャズメドレー。深緑のエプロンを身に着けた店員さんたちがテキパキとお仕事をしている。
柔らかであたたかな雰囲気を肌で感じる。居心地の良さ、というものは本能的に感じるもので。純喫茶のようなレトロさを残しながらも、現代人が好む開放的なカフェその場所は、乙女心と呼ばれるそれを上手に擽った。
感嘆のため息を漏らせば、目の前の二人も同じようにその空間に惹かれている様子が見えて。このお店は当たりだな、と、心の中で呟く。
「いらっしゃいませ。三名様でよろしいですか?」
「あ、はい!」
「かしこまりました。こちらのお席にどうぞ」
案内されたのは四人用と思わしきテーブル席。少しして運ばれてきたお冷は、ほんのり檸檬の味がした。舌触りの良い水は氷でしっかりと冷えていて、触れたコップは結露のせいで濡れている。
「素敵なお店だね」
なんて、内緒話をするように潜められた優依ちゃんの声。それにこくこくと頷いた私。そんなやり取りを見つめていた星羅はこう呟く。
「店を見るのは自由だけど、メニュー見ないの?」
彼女の手は既にメニューをパラパラと捲っている。確かにその通りだな、と思って思わず笑みを零すと、「……なに」とジト目で見られたので謝っておいた。
三人で頭を突き合わせてメニュー表を眺める。手書きでメッセージやおすすめポイントが書かれているそれは、載っている写真もすごく可愛らしくて、皆で見惚れてしまった。
若い女性たちに人気とあってスイーツやドリンク等は充実しており、どれも写真映えを意識するような華やかなものばかりだ。
ランチメニューを開くと、食欲を掻き立てられるものが並んでいた。思わずお腹がきゅぅっと鳴ってしまって恥ずかしい。お腹のあたりをそっと押さえるが、目の前で夢中になっている二人の耳には届いていないようだった。よかったと心から安堵する。
皆で「どれ頼もっか」とか、「これめっちゃ美味しそうだね!」なんて話し合いながら決めていく。この歳の女の子なんてみんなそんなものだろうと思うが、私の中身は彼女たちよりも幾分か年上だ。
謎の罪悪感に駆られるが、私は悪いことをしているわけでもなければ、女性が優柔不断なのは年齢とともに変わっていくわけでもない。仕方ないことだと言い訳しながら、私達はそれぞれ頼むメニューを決めたのだった。
「あ、店員さーん、注文お願いしまーす」
伸ばした語尾はゆるく、けれどよく通る声でスタッフを呼んだ星羅ちゃん。辺りを見回しているスタッフに、軽く手を挙げて呼んだ優依ちゃん。
二人の行動に現れる小さな個性にすら尊みを感じてしまう限界ヲタクな私。この三人が一緒にいるなんて、どんな組み合わせなんだと笑ってしまう。
「お待たせいたしました、お伺いします」
「えーっと、私はこのピラフでお願いします!」
「あ、……カツカレーでおねがいしますっ」
「あとナポリタンひとつで〜」
「はい、ピラフ、カツカレー、ナポリタンですね。かしこまりました。それでは少々お待ちくださいませ」
にこやかな店員さんは軽く一礼して立ち去る。運ばれてくるのを楽しみに待ちながら、この後に控えている私の家でのお菓子パーティーのためにケーキを選ぶことにした。
「優依ちゃんと星羅ちゃんはどのケーキ持って帰りたい?」
「えぇ〜すっごい悩む……星羅は?」
「これ」
彼女の指が指したのは、ふわふわの生地の中にクリームとフルーツが閉じ込められたロールケーキ。どうやら店の中でのおすすめ商品らしい。様々な種類のフルーツをカスタードとホイップが包み込み、それをさらにケーキ生地で巻いた定番のもの。
可愛らしい見た目のそれを迷いなく選ぶ星羅ちゃんのギャップにやられそうになりながらもなんとか耐えた私のことを褒めて欲しい。
「ロールケーキかぁ……星羅やっぱりセンスいいね。私悩んじゃうんだけど」
「ゆっくり決めれば? こういうのって選ぶ時間も楽しむものなんじゃないの」
「ふふ、たしかにね。ちなみに真白ちゃんは決めたの?」
ユイセラの会話を楽しみながら頬を緩めていたら、なぜか私に話を振られていて背筋がビクリと伸びる。見ていたのであろう星羅ちゃんが楽しげにケラケラと笑うのが印象的で、また羞恥に駆られた。
「あー、えっと、まだかな」
「んはっ、そんなびっくりしないでもいいでしょ」
「ごめん考え事してて」
「あはは、私はいいよ。じゃあ頑張って悩まなきゃだね〜」
うーん、うーんと二人して唸りながら候補を絞っていく。最終的には、優依ちゃんがレアチーズケーキ、私はショートケーキに決めた。
優依ちゃんのレアチーズケーキの上にはブルーベリーソースがかかっていて、白と紫のコントラストが視覚的な美味しさを演出している。クッキー生地とチーズの濃厚な食感を味わってください、とのコメントに私も心惹かれたのだが、どうやら彼女は私以上だったらしい。
私が選んだショートケーキは本当に王道のあれだ。こんなに素敵なお店のショートケーキが、美味しくないわけがない。雪のような真っ白なホイップで装飾されたケーキと、真っ赤ないちご。絶対に当たりだという確信があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます