第7話 不人気ヒロインは女子会がしたい
固く決意した私。とにかく、悠一の作戦について細かく言及してあるこのメモを熟読することを決めて、一度棚の中に全てのものを戻していく。できる限り綺麗な状態に整えて、またメモだけを手にとって机に向かった。
部屋に満ちる静寂が、私を静かに包み込む。密やかに燃える私の心は、ゆっくりと燃え広がってゆく。真白が綴った言葉は、それほどまでに強く、私にとって恨めしかった。
どうしてやろうか、と考えを広げていく中。静かだった部屋に、スマートフォンが震えて、音を吐き出した。ピロン、と聞き馴染みのある通知音は、恐らく例のメッセージアプリだろう。
机の端に置いてあったスマートフォンの画面をちらりと見ると、そこには優依ちゃんからのメッセージが表示されていた。
『明日の土曜日は女子会だよ〜!』
可愛らしい顔文字が添付されたメッセージ。普段の優等生できっちりした彼女の口調とは違う、柔らかい口調と表情を連想させるそれに、少しだけ心がきゅっと掴まれたような気持ちになった。
……女子会。すっかりその存在を忘れていたが、確かに部活終わりにそんな話をしていたような気がする。
そういえば、ゲーム序盤にも女子会イベントがあったはずだ。私は本当に放課後メルティーラブの世界に飛んできたのだという実感。それと共に、ゲームをプレイした記憶がまた蘇ってくる。
女子会イベント。主人公視点で体験したあれは確か、部室で開催されているはずの女子会に、忘れ物をしたという理由で参加するというものだった気がする。
うちの学校は土曜日でもやっている部活があるので、土曜日の活動だと言い張れば部室は使えるから部室を利用することになっていたはずだ。
……今のままだったら、悠一は絶対に乱入してきてしまう。
ギャルゲーのままのあの世界を進行すれば、悠一の思い描くハーレムが出来上がってしまう。それは、絶対に避けなければいけない。
そこで私は、とあることを思い出した。そう、ユイセラの同人誌の記憶だ。男性を関与させたくないタイプの作者さんだったのだろう、その方が書いていた女子会イベントのパロディでは、私……いや、真白の家で女子会を開催することとなっていたのだ。
これを本当にしてしまうのは、正直ありじゃなかろうか? 悠一は女子会に来るために学校に行くはずだ。
ゲーム内のイラストを見ていた限り、あのイベントの時間帯は昼過ぎから夕方。ということは、お昼をみんなで外で食べて、そのまま私の家に来てもらうという形がいいだろう。
念の為、学校からは離れたところで食べれば悠一からは逃げられるだろうし、私の家は幸い学校からも悠一の家からも離れている。学校に向かった彼が私の家にまで来るということはないだろうから、帰宅のときも二人が危険にさらされることはないはずだ。
そこまで考えた私は、優依ちゃんと星羅ちゃんがいるトークルームでこう発言した。無論悠一はいない、ゲーム同好会の女子たちのグループだ。作っておいてよかったと心から思う。
『あの、女子会の提案があるんだけどいいかな…?』
すぐについた既読。しばらくしてそれは2つになり、そのタイミングで私は温めたアイディアを呟いた。
『私の部屋で女子会やりたいんだけど、どうかな? お昼ごはんも、よければみんなで食べに行くのも楽しそうだなって……どうでしょう、?』
そのメッセージにも、同じく既読マークが二つ付く。少し待つと、二つメッセージが続いた。
『それすっごくいいと思う!! 真白ちゃんのお家楽しみだな〜』
『うん、いいと思うよ。学校より楽そうだし、美味い飯も食べられるみたいだし』
優依ちゃんも星羅ちゃんも、幸いなことに賛成をしてくれた。ここからはこちらがやりやすいように誘導していくだけだ。
『ありがとう! あのね、食べに行きたいお店があるんだけど…』
そして、店が運営しているウェブサイトのURLを送信する。最近気になっていたカフェで、ランチメニューも美味しいと評判のお店らしい。距離感としてもあまり遠くなく、学校からは程よく離れている。これほどまで良い条件の店はない、そう思って。
『へー、美味しそうじゃん』
『ここのケーキ持ち帰って真白ちゃんのお家で食べるのとかどうかなぁ?』
『賛成〜』
『私もいいと思う……!』
どうやら二人とも見てくれたらしい。女の子受けしそうなお店をピックアップしたのもあってか、割と乗り気なようだ。これで恐らくは悠一という脅威と距離を置きながら、三人の時間を堪能できるだろう。
その事実に、思わず口角が上がる。ああ、明日が待ち遠しいな。
翌朝。昨夜色々思い悩んでいたせいで朝は寝坊し、服装に悩んでいたら約束の時間に遅刻しかけて、集合場所にダッシュした。間に合ってよかったが多少疲れた。
集合地点であるカフェにはすでに優依ちゃんが待っていて、全力で走り込んできた私にひらひらと手を振ってくれている。
「お疲れ様ぁ、真白ちゃん。星羅もまだだからそんなに急がなくてよかったんだよ?」
「あはは、ありがと……。優依ちゃん、待たせちゃってごめんね」
軽く息を整え、時間前に来てくれていた彼女にお礼を言う。改めて彼女のことを見つめると、頭がくらりとしそうだった。
彼女が着ているのはワンピース。フレアワンピースと呼ばれるそれは淡いピンクで、丁度この間満開を迎えていた桜の色。裾がふうわりと膨らんでいて、ゆらゆらと揺れるそれはとても可愛らしい。上に羽織ったカーディガンが、彼女の上品な美しさをさらに引き立たせている。
……かわいい。すごく。
「ううん! 全然いいんだよ、そんなに待ってないし……って、真白ちゃん?」
優依ちゃんに言われるまで、私は彼女に見惚れていた。整った顔立ちに、優しげな雰囲気を纏う彼女にぴったりな服装。陳腐な言葉しか出てこない。
「ごめ、っ……すごく、似合ってるね。めちゃくちゃ、かわいい」
「え、そう……? 嬉しいっ!ありがとう、真白ちゃん」
花が咲くようににっこりと笑った彼女は、やはり、すごく綺麗だった。……こんなに綺麗な人が悠一にとられるだなんて冗談じゃない、と、私の中の炎は燃え上がるばかりで。
そんなことを思っていたら、私は今日、二度目の衝撃に襲われるのだった。
「おまたせー」
ゆるい口調で、ゆったりとした足取りで。のんびりとやってきた、二人目の攻略キャラクター。
上に着ているパーカーは少し大きめのサイズで、余裕を持った着こなしだ。緩く着崩した上着の中に着込んでいるシャツは彼女らしくて、履いているジーンズは小洒落ている。かわいい、よりもかっこいい、が似合う格好。でも、彼女はすごく可愛らしかった。
遅れていることがわかっているからだろう、私たちに見えないくらいまでは早足で歩いていたのを見ていた私。故に、そんな小さな可愛らしさにときめいてしまう。彼女の雰囲気がそうさせるのだろうか。ひらひらと手を振って、悪びれない顔で「ごめん、遅れた~」なんて口にする彼女。可愛くて憎めない、と思ってしまう。
「星羅遅いよ、もう」
「怒んないでよ、謝ったでしょ」
そんなやりとりの後にも、二人して笑いあっているのだからやっぱりユイセラは公式カップリングだろう。そうだと言ってくれ。いや、でも二次創作だからの良さもあって、ああ、収集がつかなくなってきた。尊さに悶え苦しんでいると、二人から声をかけられる。
「マシロは怒ってなさそうでよかったわ。はやく店入らない?」
「もう星羅ったら……ほら、真白ちゃん。いこっ」
星羅ちゃんが店の方を指差し、優依ちゃんが私に手を伸ばす。思わずその手を取れば、目の前の彼女はにっこりと微笑んだ。その笑顔は、正しく天使。
「う、うんっ!」
掴まれた手は、彼女の体温を直に伝える。自分のより温かなそれが、何故だか愛おしく感じた。
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