第6話 真白が遺したもの

 真白の部屋にたどり着いた私は、部屋いっぱいに女の子の匂いを吸い込む。昨日は色々ありすぎて、せっかくのJKの部屋だというのに諸々を堪能できずに寝てしまったから、ほぼ初対面だ。


 基本的にシンプルな色や形の家具ではあれど、けれど真白ちゃんも女の子なんだと思えるような、そんな雰囲気の部屋だ。例えば白いローテーブルと、高校生らしい木製のデスク。整頓された棚は彼女の真面目そうな性格を伺わせて、少し笑みが溢れる。


 それらのシンプルな家具たちに反して、少しだけ違う、けれど調和した雰囲気を醸し出しているものもある。床に敷かれたラグは桜色の花が散りばめられていて可愛らしい。壁にかけられているカレンダーには黒猫のキャラクター。想像していた彼女とのギャップにやられそうだった。


 柊 真白というキャラクターがこういったものを好んでいたという事実が大変かわいらしい。これは推せる。と思ったら、今は私が真白なんだった。


 ……その瞬間に、私はひらめいてしまった。悪い方に。


 私が柊 真白。ということは、彼女の服、ひいては下着も、私のものなのだという重要なことに気付いてしまったのだ。


 昨日の時点では本当になにも考えていなくて、適当に取って、適当に着替えた記憶しかない。え、まってくれ。なんでそんな美味しいイベントを逃したのか。いや、でも、昨日はマジで訳が分からな過ぎて仕方がなかった。でも、今日こそは……。


 私の視線は、勝手にウォークインクローゼットの方を向く。衣装箪笥のようなものは見受けられないから、きっとクローゼットの中にあるのだろう。少しの罪悪感と背徳感がスパイスになり、気持ちが昂ぶっていくのを感じる。


 誰も見ているはずがないのに、足音を立てないように、静かにクローゼットに足を向けて。ゆっくりと、扉を開けた。


 キィ、と音を立てて開く扉。現れるのは、モノトーンと濃いめの色合いで統一された彼女の洋服。見覚えのある私服はきっとゲーム内のデートイベントで着ていたものだろう。普段使いのものよりも、少しだけ背伸びしたようなデザインの服が数着だけ並んでいる。そんな小さな愛らしさに胸の奥がきゅんとした。


 目線はそのまま下に降りる。ハンガーラックの下には、小さめのカラーボックスが置かれていた。引き出しを開ければ、そこにブツがあるのだろう。


 ごくり、と唾を飲み込む。開けてはいけない乙女の聖域。そこに、私は手をかけた。


 まず感じたのは、いつもと違う甘い香り。柔軟剤なのか、はたまたこれが女子高生特有のいい匂いというやつなのだろうか。頭がくらくらしてしまうほどの魅力を持っている。でも本能というものは素直で、私の目線はそのまま下に落ちる。


 並んでいるランジェリー。いや、そう呼ぶには幼く思えて、大人と子供の狭間である女子高生という存在を強く認識させられる。白のふわふわとしたレース。淡い水色の淡白なデザインのもの。


 ……かわいい。なんだろう、真白というキャラクターにすごく似合っていて、解釈一致が過ぎて思わず目を瞑った。


 その中にはもこもこの生地のパジャマもあって、これはこれでギャップがすごくて大変かわいらしい。寝間着に下着。それらを堪能できる環境にいることを神に感謝しつつ、中身を出しながら質感を味わう。


 女同士って最高だ。これを合法的に享受できるんだもの。これは可愛い、これはキレイ系だな、なんて一人で心の中でつぶやきながら外に出していくと、手に布と違う、紙のような質感が触れた。


「ん……?」


 先程まで抱いていたパープルの下着を一旦棚に戻して、紙の質感のところをもう一度探る。だいぶ奥のほうだが、中身を出してほぼ空になったことで見つけてしまったのだろう。普段は隠されているであろうそれは、メモ帳だった。


 表紙には何も書かれていない、手のひらに収まるくらいのサイズのメモ帳。少しだけよれているのを見る辺り、短い間に何度も使われてきたのだろう。中身をぱらぱらとめくると、三ページ目から記載があった。


 その内容を読んだ私は、目を見開く。


 見出しからおかしかった。『有坂 悠一に気をつけること』から始まるメモには、このようなことが書かれていた。


 一。悠一は、自分のハーレムを作ることを目標としている。学校中の女の子に目をつけていて、特に可愛い子に対しては全員をターゲットとして自分に惚れさせようとしているということ。


 二。どうにか悠一の目的を阻止するために、悠一が入ることを検討しているという『ゲーム同好会』に、私も入ることにする。クズ男のことを放っておけない。


 三。悠一は何か可視化できない特殊な力を持っている。まるで世界に愛されているかのように悠一に都合の良いことが起きる。その事象に巻き込まれた女の子は悠一に好意的になるようだ。どうやら、私にはその力は働いていないらしい。


 はじめのページに書いてあるのはその三つで、次頁からは悠一の行動パターンや考察が書かれている。あの真面目そうな真白というキャラクターからは想像できない、「本当にクズ」「もうやめて」等の内容がメモに散りばめられている辺り、悠一という男は中々にクズなのだろう。


 可視化できない特殊な力というのは所謂、『主人公補正』というやつかもしれない。この世界の中心にいる悠一に都合よくイベントが設定されていて、それを利用して女の子たちの好感度を上げてハーレムを作る計画だと推察できる。


 ……理性的だったはずの私の頭のなかで、何かがぷつんと切れた。


 は? ふざけるんじゃない。今アイツがゲーム同好会に入り浸っているということは目的はユイセラの二人に決まっている。許さない、許さない…。


 絶対に許すわけにはいかない。ユイセラに手を出したら、ヤる。決定事項だ。まず百合の間に挟まろうとするなんて言語道断、死するべし。誰でも知っている常識だ。それにあのユイセラだ、あんなに綺麗で可愛いのに、クズの手に落ちるなんて私が許せないっ。


 かわいい女の子とか、めちゃくちゃイケメンとかだったら、まだいいかもしれない。でも、悠一は絵面も冴えない残念な感じだし、その上にクズだ。アイツの狡猾な性格に騙されて、ユイセラがハーレムの中のひとりにされるだなんて、本当に許せたものではない。


 ハーレムの中のひとり、なんて存在にされるくらいなら、私が奪ってやる。


 ——そうだ。奪われるくらいなら、私が奪えばいい。私のものにして、主人公なんて排除して、そして、ここに楽園を作ろう。


 私がやるんだ。他でもない私が、あの二人を救うのだ。

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