第5話 推しとランチって最高すぎませんか

「そういえば二人はお弁当なの?」


 そう聞きながら机を星羅ちゃんのものとくっつける優依ちゃん。彼女の机の上には可愛らしい包みにくるまれたお弁当箱が置かれている。星羅ちゃんのところにはなにもないため聞いたのだろう。私は一応お弁当持参だ。


「わたしは家から持ってきてあるお弁当だけど…」

「私は購買で買ったよ、テキトーにパン見繕って買ってきた」

「うちの購買は美味しいもの揃いだって聞くもんね! いいな〜」


 楽しげな声と表情。二人のあーんの場面が見れたらいいのに、と欲望が頭を掠めるが、今の私にとって一番大事なのはそれじゃない。二人の会話に交じるようにしながら、廊下が見える場所を陣取る。


 もし悠一がユイセラを狙ってくる、もしくは他の女の子たちに手を出そうとするのなら、確実に廊下を通るだろうと考えたからだ。


 悠一と同じクラスの女性陣は、申し訳ないが私にはどうしようもできないので。本当はどうにかしたい気持ちはある。でも、私には守るべき人たちがいるのです。


 神にでも許しを乞うみたいに目を閉じて祈って、目の前の一番大事な人達とお昼ごはんを共にすることにした。


「あーちょっと星羅せら! それ私の好きなやつなのに持ってかないでよ、もう…」

優依ゆいが好きってことは美味しいんじゃん、いただきまーす」

「こーらっ! ねぇずるい! 私にもなんかくれないと割にあわないんだけど」

「じゃあこれ一口あげるよ」

「いいの?」

「ほら、はやく。こぼれちゃうでしょ」


 ……語彙が追いつきません。


 とにかく私に見えたのは、アスパラのベーコン巻きを掠め取った星羅ちゃんに怒っている優依ちゃん。そして、仕方ないなぁ、という顔をしながら自身が食べていたたまごサンドを差し出している星羅ちゃんだった。


「ん、……え、美味しいっ!」

「でしょ? うちの購買は焼きそばパンの次にこれが美味しいの」

「んん、っ……おいしい」

「許す?」

「ゆるした」


 あーん、を目撃してしまった……。幸せそうな顔の優依ちゃんと、少しだけほっとしたような、でも嬉しそうに笑っている星羅ちゃんがいる。


 どこまでも幸せそうな光景に目を奪われて、私の箸はとまったままで。


「早く食べないとお昼休み終わっちゃうよ?」と優依ちゃんに言われるまで硬直状態だったのは、言うまでもないだろう。


 お昼休みは、無事に終わった。


 そしてその後の授業も休み時間も、滞りなく、特に問題なく終わって。本当はお昼休みに悠一の動向も見ていたかったのだけれど、それをする気持ちの余裕がなかった。限界百合ヲタを許してほしい。


 そして、今からは部活の時間だ。そこまで活動時間は長くないとはいえ、ユイセラと私、三人の女子との距離が近くなるタイミングだ。


 警戒しなくてはな、と思いながらゲーム同好会のスペースに入って、そして活動をして、活動が終わっていた。


 正直拍子抜けだった。もっと何かしら、悠一がクズであればなにかイベントを起こしてくると思ったのだ。でも、彼が提案したのは「坊主めくり」。ボディータッチもなければチラリズムのかけらすらないような、寧ろそれなら普通に百人一首をしたほうがよいのでは、と思わせるほどの提案だった。


 本当にそれでいいのか、と何度も考えながら、裏返した分厚い歌の束たちをひっくり返していた。トランプ、特にババ抜きなんかだったら手と手が触れ合うことだって期待できるだろうに。どう考えてもイチャイチャに坊主めくりは向いてない。


 けれど、結構楽しかった。負けたけど。坊主、半分くらい私が引いたけど……。


 負けた悔しさと賑やかな空間の余韻を噛み締めながら、みんなと分かれる。校門前で手を振りあって、みんなが見えなくなったくらいのところで止まる。そして私は先程よりも急ぎ足で、悠一が向かった道へ歩みをすすめるのだった。


 勿論、彼を見失うなんてヘマはしない。何度ゲームをプレイする上で通った道だろうか、数えてすらいないけれど、でも、なんとなく覚えてる。記憶の中で描く通りの道のりを、彼が進んでいくのが見えた。


 横に女の子を侍らせているわけでも、電話をしている様子もない。途中で誰かと合流する様子も見受けられない。


 ……明らかに、白の反応だ。おかしい。


 あんなにクズだと言われ続けた男が、全くの健全で、綺麗な女性に対して何も仕掛けないだなんて、そんなことがあるだろうか。


 ……正直、信じられない部分もある。だって、私だって何度もプレイしたあのキャラクターだ。その目に下心がなかったわけがない。まぁ、彼でなかったにしても、ギャルゲーの主人公なんて誰でもそんなものではないだろうか。


 だから、彼の爽やかな表情が作られたものなのではないか、と思う自分もいるのだ。けれど、状況証拠が明らかに彼が無実だと告げていて。自分で見たからには、信じざるを得ないな。


 彼が家に入るのを見届けて、私は踵を返した。無駄足になってしまったかもしれないが、「どうにかしなくても大丈夫だ」という確証を得るために使った時間だと思うとしよう。


 これで私は憂いなく、ユイセラの絡みを堪能することができるのだ。これ以上に幸せなことってない。


 柄にもなく早起きをしたから、瞼が少し重い。


 くぁあ、とあくびを零して、そのまま歩みを進めた。扉を開けた彼が、どんな表情をしていたかも知らずに。


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