第22話:登録

「待たせて申し訳ない」


 向かい側のソファーに腰を下ろしたのは、筋肉ムキムキのごっついおっさんだった。

 前世の記憶にある、漫画やアニメで見る典型的なギルドマスターだ。


「面倒くせーのは嫌いなんで、ささっと済ませるぜ」

「は、はぁ」

「まずは感謝だ。十二階層と言えば、ようやくヒヨッコを脱したような冒険者が適正の狩場だ。実際あの日も、五十人近い奴らが狩りをしていたらしい」


 意外と多いんだな。


「それと、あのトレインマンは半月ほど前から情報が入っていた奴だろう。最初は二十階に現れたんだが、預かった冒険者カードからすると自分の適性狩場でトレインしたらしい」

「ですがそれではトレインも成功しません。逃げるので必死になるでしょうから」

「そんで逃げてると思われて、他のパーティーが助けたんだとさ。そのパーティーに確認したら、確かに十日ほど前に助けた記憶があるってよ」

「二十階で上手くいかなかったか下りてきたと?」


 ギルドマスターが頷く。

 最初は十五階。十日前に不自然なモンハウがあったという報告があったそうだ。

 だけど階段下ではなく、普通の通路に。

 

「普通はモンハウなんて、滅多に発生しません。まぁ一年で数回程度でしょうか」

「放っておくとスタンピードに発展するかもしれねえって言われてるんでな、必ず潰さなきゃなんねぇ」

「それが十五階のモンハウは、潰しても潰しても、数時間後にはまた溜まっているんです」

「まぁこうなると人為的に造られたと考えるしかねえよな。それで十五階に腕のいい暇そうな冒険者を何人か常駐して貰うようにしたんだ。すると今度はモンハウがぱったりと現れなくなってた」


 トレインマンが気づいたんだろう。

 それで数日間はまったくモンハウが発生しなくなり、トレインマンも諦めたのかと思っていた──ところだったらしい。


「いったいなんでモンハウなんか作ったんだ……」

「まぁイラついてだろうな。こいつは三カ月前に、所属していたパーティーを追放されている」

「追放された八つ当たりで!?」


 追放もののラノベはあったけど、だいたい追放されるのは主人公で、覚醒して成り上がる話ばかりだ。

 成り上がれず主人公にもなれなかったら、こうなっちまうのか。


「元々こいつは敏捷が突出しているだけで、他のステータスはその辺の一般人に毛が生えた程度なんだよ」

「確か筋力が75、体力90、敏捷521、魔力40でしたね」


 メサヤさんがそう言うと、ギルドマスターが頷いた。

 確かに敏捷の値が突出しているけど……他は100を超えていない。これじゃあまともに戦えないだろう。

 本当の意味で無能だったのかもな。


「パーティーを追放されてからあちこち掛け合ったが、誰も奴を誘う者はいなかった。そこで諦めて、足を生かせるような職に就けばよかったんだ」

「しかしこの男はそうはしなかった。敏捷ステータスに自信があっただけに、自分はまだまだやれると思い込んだのでしょう。が、現実はそうではなかった」

「その現実を受け入れられず、悪いのは自分を捨てた冒険者たちだ──そう思い込んだ……のだろう。まぁ正直なところ、真相は本人にしか分からねえがな」


 ソファー深く腰を下ろし、ギルドマスターは深いため息を吐いた。

 八つ当たりでモンハウを作るなんて、頭おかしいだろ。


「お前たちが助けてやったパーティーも、最近やっと十一階を突破できたばかりの連中だ。あいつらの分も含め、本当にありがとう」


 そう言ってギルドマスターは頭を下げた。

 俺みたいな地下出身の、しかも若造に頭を下げてくれるなんて。


「で、そのお礼のほうなんだがな」


 おっと本題だ。出来れば金がいい。

 この前のドレインリングのおかげで、ほんとあとちょっとのところまで来ているんだ。

 まぁ居住権までは遠いけど。


「お前ら、ダンジョンに潜ってるのは金のためだよな?」

「決まってるでしょ。地下で暮らす奴なら、たいていは地上に出ることを夢みてんだから」

「まぁな。そうやって夢を掴める奴なんざ、ほんの一握りだけどよ。ってことなら、目指すは冒険者だろ」


 俺は頷く。その為に金が要るんだ。

 いくらくれる? 出来れば金貨十枚……が理想なんだけどな。


「よし。んじゃあ登録してやらぁ」

「お、ありがとうござ……は?」

「それと金貨十五枚。まぁこの金が奴がギルドに預けてた金額なんだがな」

「いや、え? 冒険者登録って……登録料は?」

「んなもんいるわけねーだろ。そもそも冒険者でもねえのに、地下十二階まで下りるような将来有望ならこっちとしても大歓迎なんだよ」


 タダで冒険者ギルドに登録出来る!?


「どうするんだ。今この場で登録すりゃ、階段上がって来る金も必要ねえぞ」

「あっ」

「いったん下の階に戻ってから考えるってんなら、次はここまで上がって来るのに金を払わなきゃならねえ」


 今なら全部タダ!

 さ、詐欺じゃないだろうな。


「リヴァ、登録しちまえ。せっかくタダなんだからよ」

「お、俺、騙されてないよな?」

「ぶわっはっは。だーいじょうぶだって。こいつとは二十年来の付き合いだ。顔はこえーが、人を騙すような男じゃねえ」

「おいエルヴァン。顔がこえーは余計だクソ」


 神父とは顔見知りなのか。まぁ神父だって冒険者だったんだ、知ってる奴だっているだろう。

 あ、冒険者登録って……もしかして種族とか──


 セシリアは登録させない方がいいだろう。


「はいっ」

「お、そっちの嬢ちゃんは登録する気満々みてぇだな」

「え、いや、おい。セシリア」


 それはダメだ。

 でもどうやって誤魔化す?

 神父を見ると、あろうことかこの中年、セシリアの肩に手をまわして「そーかそーか」なんて言ってやがる。


「で、リヴァはどうすんだ? (心配すんな。カードに出るのはステータスの数字だけだ)」

「え……本当か?」


 神父が頷く。

 そういえば神父のカードも、ステータスしか出てなかったな。


「じ、じゃあ……ここで登録します」

「よし、じゃあ待ってろ。今カードの準備をするからよ」


 ギルドマスターが部屋を出ていくと、さっきの職員二人も一緒に出て行った。

 準備って何をするんだろう?


「カードはな、特殊なマジックアイテムだと思えばいい。持ち主の血を垂らすことで、その瞬間のステータスを表示するマジックアイテムだ」

「その瞬間って、あぁ、つまり登録したステータスじゃなくって血を垂らした時のステータスを表示するのか」

「そういうことだ。ステータスが成長しても、その都度血を垂らせばどんだけ増えたか分かるって訳だ」

「ふぅーん。そのカードの準備に手間取るのか」

「カードを悪用されねえようにな、厳重に封印されてんだよ。封印はギルドマスターと職員複数の同時作業でしか解除できねえ。それにまぁ、三十分ぐらいかかるんだよ」


 意外と大変みたいだ。


「あ、冒険者登録、本当にセシリアは大丈夫なのか?」

「ん、はい?」

「カードはステータスの状態しか読み取らない」


 神父がカードを取り出し、ステータスが表示されるのとは違う裏面を見せた。

 そこに神父の名前と数字が刻まれている。数字は151。


「この名前は手彫りだ」

「え、自分で名前を彫るのか!?」

「いやぁ、俺はギルドの職員に頼んだよぉ。あんま字は綺麗じゃねえからさぁ」

「そうなんだ……じ、じゃあ俺も頼もう」


 カードには他には何もない。


「こんなうすっぺらいカードだからな。ステータスを表示させる以上の性能は、付与できねえんだよ」

「あぁ、それが限界ってことか」

「ただ身分証明書にはなる。カードに名前を彫っておけば、持ち主が誰だか分かるだろ。もし別人がそれを拾って悪用しようとしても、血を垂らせば本物の持ち主かどうか分かるんだ。他人の血には反応しねえからな。やってみるか?」


 それならとちょっと試してみた。

 ハンマーの刃で指に小さな傷をつけ、血をカードに付ける。


 ……反応しない。

 へぇ、さすがマジックアイテムだ。


「んぉ、んぉ……わたひ、とーろうして、いいの?」

「あぁ、心配ない。身分証はあると何かと役に立つ。持ってる方がいいだろう」

「うん、はいっ」


 一安心したところで──


「ただ待つだけって退屈だな」

「だなぁ」

「ぶぅー」

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