第19話:運

「いやな、うちに若い冒険者パーティーがきてさぁ、お前がモンハウからそいつら助けたっていうからよぉ」


 神父はそう言って通路の奥を見つめた。


 ぐちゃり……と嫌な音が聞こえる。

 以前、スタンピードの時に聞いたことのある咀嚼音だ。


「セシリア、お前は見るな」

「ぅあ……」


 セシリアを抱き寄せ、目線が後ろに行かないようにする。

 俺が肩越しに見たのは、神父の魔法からギリで逃れたモンスターがトレインマンを食う姿だ。


 難を逃れたといっても重症だ。だけどモンスターは恐怖に震えることもなければ、怯えることも、増して逃げることすらしない。

 ただ目の前にある獲物を食うことしか頭にないようだ。


「"ホーリー・ライト"」


 神父が無詠唱で魔法を放ち、モンスターは塵と化した。

 魔力四桁は伊達じゃねえようだな。


「──けて……たす……け」


 一時停止の時間はとっくに終わっている。

 こうなるように、俺は仕向けたんだ。だから後ろから追って来るトレインマンが最初に追加で持って来たモンスターには、一時停止を使わなかった。

 俺とセシリアが魔法陣を使う僅かな時間でも稼ぐために、そう思って最後のあの瞬間だけはスキルを使わなかったんだ。


「た、のむ……死に……た、く、ない」


 手足はもうない。全部食われちまっている。

 よくもまぁ生きているもんだ。


「死に、たく、な、い」

「お前……なんのリスクもなく、モンスタートレインなんて出来ると思ったのか」

「いだ、ぃ……ぐるじぃ……」

「人が死ぬような状況を作っておいて、あんだけ笑ってたじゃねえか! 他人は死んでも、自分だけは死なないと思っていたのかよっ」


 俺とセシリアが助けたパーティーは、もしかすると状況が分からないままモンスターに喰われていたかもしれない。

 そんな状況を、あいつは作ったんだ。

 顔を歪めて笑いながら、誰かが困ることを──誰かが死ぬかもしれないことを楽しんだんだ。


「自分が死にそうだからって『助けてください』は勝手過ぎるだ──」

『ルゴアアァッ』


 バクん──と、通路の奥から恐竜みたいなモンスターが現れ、トレインマンを丸飲みにした。

 

「あ……」

「あぁあ。ありゃこの階層のレアモンスターだ。強ぇーぞ」

「レアモンッ。とま──」

「"ジャッジメント"」


 隣で神父がそう呟くと、何十もの光の筋が恐竜めがけて飛んで行った。


『ギォアアァァァァッ』


 光に貫かれた恐竜がそのままどろりと溶ける。

 え、あの一発で死んだ?

 いや一発っていうか十発以上あったけど。


「あの、生臭……強いモンスターじゃないのか?」

この・・階層の中では強いモンスターだぜ」

「今ドヤった?」

「お、わっかるー? ところでリヴァちゃぁーん。お嬢ちゃんとお手てぎゅーしてるけどぉ」


 くっ。ニマニマといやらしい顔でこっち見やがって。

 けど今は離せない。

 セシリアが震えている間は、握っててやらないと。


「それとなリヴァ。さっきの事は気にすんなよ」

「さっき……別に、気にしてなんかいないさ。あのトレインマン、モンハウ作って人を殺そうとしたんだろうし」

「たまにいるんだよ、あぁいう奴が」


 そう言って神父は恐竜のいた場所へと向かった。

 そこには予想外なほどにドロップアイテムが……ドロップか、あれ?


「はぁ……やぁーっぱり冒険者カード持ってやがった」

「え? なんでモンスターが冒険者カードを?」

「んあ? なんだ知らなかったのか。ダンジョンモンスターに食われるとな、胃袋行った時点で即消化されるんだよ」

「即消化!? こわっ」


 ただし即消化出来るのは肉だけ。他は素材によって消化時間が異なるそうだ。


 トレインマンは食われすぐだ。だから消化されたのは肉体だけ。

 つまりあそこに落ちているのは、奴の持ち物ってことになる。


「冒険者ギルドのルールでな、正当な理由なくして他の冒険者を殺めてはならないってのがあるんだ」

「正当な理由って、たとえばどんな?」

「自分を殺しに来てる冒険者を返り討ちにするのは、正当な理由として認められる。まぁつまりはだ。こいつはそんな理由もなく、ただ自分が楽しむために同じ冒険者を殺そうとしてたってことだ」


 そんな奴はやられても文句を言えないし、やった奴は誰にも責められないから安心しろ。

 神父は俺にそう言った。

 それから──


「これは戦利品だ。ありがたく貰っとけ」

「……あんた本当に聖職者かよ」

「なぁに言ってんだ。死人には不要なもんだろ? だったら生きてる奴が有効利用してやったほうがいいに決まってるじゃねえか。あ、ほら。二人ともドロップアイテム忘れんなって。いっぱい落ちてんだから」


 モンスターを倒すのに必死で、何一つ拾ってない。

 魔石や他のアイテムが、そこかしこに散乱したままだ。


「セシリア、大丈夫か?」

「うん。アイエムひおぉう」


 セシリアはにっこり笑って落ちている物を拾い始めた。

 魔石以外のアイテムもいっぱいある。一個ぐらいレア物がないかなぁ。


 しかし……多すぎる。

 十二階に下りた時には、セシリアの鞄も俺の背負い袋もほとんど空きがなかった。

 

「生臭ぁ、これ全部拾っても入れる物がないぞ」

「お嬢ちゃんの外套にでも包んで持って帰るしかねえな。とりあえず集めようや」

「あっ──」


 セシリアの弾むような声が聞こえた。


「い……リヴァ、ふくぉあったの」

「フクロウ?」

「いいいぃぃーっ。ふく、ふくろ!」


 袋か?

 もしかしてトレインマンが持っていた物だろうか。

 まぁ冒険者だったら持ってても不思議じゃないよな。


 セシリアが持って来たのは、手のひらサイズの巾着だった。


 小さい。


「これじゃあ魔石十個も入れられないぞ……」

「よねぇ……」


 さっきとは打って変わって、セシリアもがっかりしている。

 まぁ……ないよりはマシか。


「おいおい、待てよ。ちょっと見せてみろ」

「なんだよ生臭。こんな巾着なんて珍しくないだろ」


 見せろというので神父に手渡すと、えらく真剣な顔して巾着をまじまじと見つめていた。

 

 え……珍しい巾着なのか?


「はっ。お前ら、最高に運がいいなぁ」

「は?」「ぅ?」


 神父はニィっと笑みを浮かべ、巾着の口を開いた。そして手にした魔石をじゃらじゃらと入れていく。

 足元に集めた魔石も、魔獣の毛皮も、トレインマンが持っていたのだろう武器も──は?

 いやいや、いくらなんでも入り過ぎだろ。


「まさかそれ……」

「そう、まさかだ。こいつは空間収納袋だぜ」


 見た目に反して物を大量に収納出来る、異空間と繋がった魔法道具マジックアイテムだった。

 

 

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