第18話:トレインマン

「はぁ、なんだよこりゃ。俺様のモンハウが潰れてんじゃねーか!」


 まさかの展開に、俺はセシリアの手を引いて通路の奥へと走ってしまった。

 直ぐにしまったと思った。どうせなら回れ右して階段の上に行くべきだったと。

 今なら間に合う──そう思って振り返った時、男とすれ違った。


「はっ。女連れでダンジョンデートとま、最近のガキはほんっとムカつくぜ!」

「なっ。誰がデートだ──「いば!!」──げっ」


 なんて足の速い奴だ。くそっ。

 こいつ、トレインマンか。


 わざとモンスターを連れ回して、他人にそれを擦り付ける。

 まさかそうやってモンハウを階段下に作ったのか!?


「セシリア走れ! 階層のどこかに魔法陣があるはずだ。今ならモンスターも付いてきている。だったら魔法陣まで引っ張って行けば、階段下からは消える」

「ぁ、あい」

「そうすれば階層の魔法陣を使えば階段に移動しても安全なはずだ」

「はいっ」


 返事はいつものように元気だが、さっき魔力切れ寸前までいったんだ。

 そう長くは走れないだろう。

 それは俺も同じだ。


 座って少しは回復したが、目頭が今でも少し傷む。

 早く魔法陣を見つけなきゃ。


「い、いばっ」

「セシリア、頑張れ!」


 彼女の手を掴んで振り返ると、すぐ後ろにモンスターの群れが。


「止まれっ」

「いばっ。いぃ……うぅぅーっ。い、いしっ」

「石? 魔石をどうしようってんだ」

「ちがぁ。石っ。まおう石っ」


 魔王? ま……


「魔法……魔法なのか!?」

「そうっ。石、石ちょーあい」


 魔法石──名前からすると、何かの魔法が封印されているとかそういうのか?

 繋いだ手を解いて巾着を取り出す。

 どれだ……どれが魔法石だった?


「セシリア、魔法石どれだ?」

「ここ、ここっ」


 横に並んだセシリアが、紫色の石を掴んだ。


「まおぉ、いぅ!」

「魔法? え、魔力切れじゃ!?」

「まおーいし! ────っ!」


 たちまち風が巻き起こる。

 その風がモンスターを薙ぎ払った。


 もしかして消費する魔力をあの石が代用しているのか!?

 だけどあの石がどのくらい持つか。

 他に魔法石があるかもしれない。


 巾着を開くと紫色の石が三粒入っているのが見えた。


「セシリア、魔法石だ」

「ぁ、あい」


 もしかすると、俺の一時停止にも効果あるんだろうか?

 

 二つをセシリアに渡して、一つを自分で握る。

 彼女の隣に立って一時停止使用。


 何かが──体の中に流れてくる感じがした。

 これ、魔力の代用じゃなくって、魔力を補充するアイテムかよ。

 目頭の傷みが引いた。

 やれる!


「セシリア、魔力残量は?」

「まあいいっ」


 まぁいい、のかまだいい、のか。


「俺がモンスターの動きを止める。十秒だ。止められるのは十秒。ただし何度か連続で使える」

「はいっ」


 まぁ数日とはいえ、一緒にいたのならもう分かってるよな。


「奥の奴は止められない。だけど動かない奴が壁になってこっちまで来れないだろう。お前は魔力消費量の少ない方法で言ってくれっ」

「はいっ」


 モンスターが動き出す──一時停止。

 

「おぉー、なかなか粘るじゃねえか」

「は?」

「ほうら、追加だ」


 声がした。後ろからだ。

 さっきのトレインマン!?


 振り向いた時には奴は直ぐそこに──止めてやる!

 

「はっ」

「は?」


 き、消えた?

 なんで──いや、今はそれどころじゃない。

 止まれ!


「いばっ」

「こっちはいい、前の奴だけやるぞ!」

「は、はい!」

「はっはー! 仲良くやってろぉ」


 は?

 なんでトレインマンの声が前方から聞こえるんだよ。

 まさか魔法陣?

 止まっているモンスターの足元を見ても、それらしきモノはない。


 転移魔法か?

 だけど詠唱をしていたようには見ない。

 消える瞬間、奴がしていたのは……何かを手に持っていた。

 ビー玉みたいなものを。


 もしかすると転移系のマジックアイテム!?


「止まれっ──そっちもだっ」


 セシリアを巻き込まないよう、彼女の真横に立ってスキルを使う。

 

「俺を飛び越えて奥のモンスターを狙えるか?」

「はいっ。奥やうっ」

「なら俺が手前の奴らを倒す!」


 突っ込んでハンマーを叩きつける。


 ──打撃じゃ一撃で止めを刺すのも難しい。


 確かにな。神父の言う通りだ。

 一撃で止めを刺すなら……柄を回転させて刃を振るう。

 首を切り裂けば、次の瞬間にはモンスターの体はどろりと溶けた。


 十秒のうちに五体を倒し、一時停止。

 前方では風が巻き起こり、モンスターが次々に溶けていく。


「行ける! 次で魔法陣まで走るぞ!!」

「うんっ」


 前後に一時停止──

 右手のハンマーでモンスターを殴り飛ばし、左手でセシリアの手を引いた。


「走るぞおぉぉー!」


 ──私、隆二のことが好き。愛してる。


 気持ち悪い気持ち悪い。

 なんでこんな時に思い出すんだチクショーッ!


「あぁぁークソっ」


 繋いだ手をぎゅっと握る。

 離すもんか。離すもんかっ!


 セシリアは違う。あの女とは違うっ。


「いば、あうないっ。リヴァ!!」


 そうだ──俺は……隆二じゃない。

 俺はリヴァだ。

 ただのリヴァだ。


「名前、ちゃんと言えたじゃねえかセシリア」

「リヴァ、前ぇーっ」

「あぁ、分かってる!」


 前からやって来る。


 階段下の魔法陣を超えて、奴が……トレインマンが向かってくる。

 その手にはビー玉のようなものが握られていた。


「させるかよ!」


 瞬き──ビー玉を手にしてにやりと笑うトレインマン──の手からビー玉を奪い取る。

 後ろから迫って来るモンスターは無視だ。


「あぁクソッ。追加モンスターが邪魔だっ」

「リヴァあしてっ。こえ、こう!」


 セシリアが俺からビー玉を奪い取って、ぎゅっと掴んだ。掴んで、俺にぴったりとひっつく。

 足元が光り、視界が真っ白になったかと思ったら──見えていたモノが一変した。


「二人ともしゃがめ!!」

「は?」


 聞き慣れた声がして、咄嗟に体が動いた。

 セシリアの頭を抱え込むようにしてその場にしゃがみ込む。


「"慈愛と豊穣の女神ウェンディアの下、光あれ──ホーリー・バースト"」


 眩しっ。

 光が周囲を包んだ。

 あまりにも眩しくて目が開けていられない。


 閉じていても分かるほどの輝きはほんの一瞬。


「ふぃー。いやぁ、間に合って良かったなぁお前ら」


 魔法陣の隣、階段下に仁王立ちした男が、俺たちを見てにやりと笑った。


「カッコ良すぎだろ、エロ生臭変態イケメン神父」

「んなぁーっ!? ランクダウンしたあぁぁーっ」


 なんでそうなるんだよ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る