第15話:成人

「お前、何やらかした」


 セシリアを教会に連れて行くと、神父がめちゃくちゃ怖い顔をした。

 仕方ないか。セシリアの頬、だいぶん腫れちまったし。


「あぅ。いば、わうないぉ」

「いや、俺が悪いんだ。寝ぼけて、その……嫌な夢見てさ。それで寝起きに……」

「この子を殴っちまったってことか。はぁ……まぁそういう事ならしゃーねえな。お嬢ちゃん、ごめんな、痛かったろう」


 神父が呪文を唱えると、緑色の光がセシリアの顔へと吸い込まれていく。

 頬の腫れも目に見えて引いていき、神父の手が離れる頃には赤かったのも元に戻っていた。


「どうだ? 痛くねえか?」

「……おぉ! はい!」

「そうかそうか。俺様は世界最強無敵の超絶イケメン神父だからな。俺様に治せない怪我はない!!」


 いや、セシリアには申し訳ないが、あの傷って重傷でもなんでもないだろ?

 あれを治せたからってそこまでドヤるほどじゃないぞ。


 呆れて神父を見ていると、何を思ったか突然俺の肩に腕を回してきた。


「リヴァくぅーん。寝ぼけてこの子を殴ったって、つまり君たち一緒だったってことぉー?」


 下衆スイッチが入りやがったな。


「セシリア、変態神父は放っておいてさっさと行こうぜ」

「ひぁ……あ、はいっ」

「ん? 顔が赤いけど、まだどっか傷むのか? おいエロ神父、きっちり治してやれよ。腕が鈍ってんじゃねえのか」

「お前は頭の方を治したほうがよさそうだな」

「はぁ?」


 頭痛もなんもねえし!


「ほら早くヒーリングしろよ」

「ぁう、いぃ、いいの。いたぁ、ないの」

「い、いいのか? 本当か?」

「はいっ。ほぉと」


 まぁ本人がそう言うなら……あ。


「てめぇー! 生臭坊主が変なこと言うからセシリアが!」

「お前ぇ、今さら気づくのか? 馬鹿だなぁ。なぁお嬢ちゃん」

「ひぅ……ぁ……うぁ……ふいいぃーっ」


 さっきよりもいっそう顔を赤らめてセシリアが蹲る。

 その顔を両手で多い隠し、首をぶんぶんと左右に振った。


「あ、ぁ、謝れよエロ生臭坊主!」

「おぉっと、また進化したぜ俺様」

「退化してんだよ! あぁもう。行こうぜセシリア。こんな奴に付き合ってらんねえよ」

「ひゃ、ひゃい」


 蹲るセシリアが手を伸ばし、その手を掴んで──


 ──隆二、私、子供が出来たの。


「くっ」


 直ぐに払いのけた。


 目を丸くして俺を見上げるセシリア。


「ごめ……まだ引きずってるみたいなんだ」

「……あ……だ……だい、おぉーう?」


 心配そうに俺を見つめる彼女の瞳も……気持ち悪い。

 愛奈じゃないって分かってる。

 女が女、みんなあんな奴とは違うって分かってる。


 けど、吐き気がするんだ。


「あぁー……見つめ合ってるところ悪いが、ちょっといいかぁ?」

「み、見つめ合ったりしてねえし!」

「はいはい、ボクちゃんちょーっとこっち来ようなぁ」

「お、おい。生臭坊主、なんだよ急にっ」


 首根っこを掴まれ、そのまま神父の部屋へと連れ込まれた。

 扉を閉めた神父が、急に真面目な顔をして椅子に腰を掛ける。


「なにがあった?」

「何がって、なにがだよ」

「押し問答してんじゃねえんだぞ。お前、さっきめちゃくちや辛そうな顔してたぞ。お前のあんな顔、今まで見たことねえ」

「う……」


 生臭坊主め。余計なところでほんとよく見てやがる。

 しかもこうなるとしつこいんだよな。


「はぁ……嫌な夢なんだよ。それが……なんかこう、リアルで、そのせいで、気持ち悪くて」

「はぁ? いったいどんな夢みたんだよ。話すと少しはスッキリして忘れられるぞ」

「ちっ……。殺される夢だよ。女に。愛してるぅー、でも嘘ぉーって」


 なるべく軽いノリで言ったんだが、神父は目を大きくして驚いたような顔で俺を見ていた。

 あ、これは絶対馬鹿にされる展開だな。


 ……あれ? こない?


 結構長い時間、いやたぶん数十秒ぐらいか待った後、神父はぼそりと「そうか」とだけ呟いた。


 え、なんか逆に怖いんですけど。


「だはぁーっ。女に殺される夢とか、お前どんだけ欲求不満なんだよぉ」

「……はぁ?」


 な、なに急に復活してんだ。しかもお、俺が欲求不満だとぉ!?


「思春期の男の子によくある病気じゃないですかー」

「ねえよそんな病気!!」

「まぁまぁまぁ。ちょーっと気になる子が出来ると、その子に振られるかもー、怖いわーとかって不安が、そういう変な夢を見せるもんだ」

「き、気になってる子!?」


 神父が壁を指差す。もちろんその向こう側にはセシリアが待つ厨房がある。


「ち、ちがっ」

「はぁー、可愛そうなリヴァちゃん。思春期病を患ったせいで、せっかく好きな子と一晩一緒だったのに……お前ぇ、ちゅーすらしてねえだろ」

「するかエロ生臭変態坊主!! てめぇと一緒にすんなっ。だ、だいたいあいつの気持ちはどうなんだよっ。そ、そういうことはお互い好き合ってるもの同士ですることだろうがっ」

「おほー、お前、純情だねぇ。可愛いじゃねえかこんにゃろめぇ」

「ちょ、やめ、野郎に頬ずりされても嬉しくねえぞクソがぁぁっ!!」


 髭じょりしてくる生臭坊主を腕で払いのけると、思いのほかあっさり逃げられた。

 昔は抱擁してくるうざったい生臭坊主から逃げることなんてできなかった。いつも好き勝手に頬ずりされたもんだ。


 ステータスのおかげか。

 それとも……


「こんな簡単に払いのけられるって、生臭坊主も年取ったみてぇだな」

「ガァーン! リヴァそれ、俺ちゃん傷つくぅ」

「はぁ、言ってろ。もう行くからな。早く金を稼いで上に出たいし」

「お、待った待った。お前の恋のお悩み相談室のためにこっち連れてきた訳じゃねえんだ」


 まだ言ってやがる……。


 神父がベッドの下に手を伸ばし、そこから木箱を取り出した。


「チビどもが触ると危ないから、とっととテメェに渡しておきたかったんだよ」

「俺に?」


 箱を開くと、そこには変わった形の掘削用ハンマー……でいいのかな。それが入っていた。

 しかも二本だ。


「一本は予備だ。まぁカッコつけて二刀流ってのもいいだろうが……ハンマーだもんなぁ。カッコよくねえよ。うん」

「しみじみ言うなよ。ってかなんだよそれ」

「なんだよとはなんだよぉ。お前の誕生日祝いに、ぱっぱが買ってきてやったんじゃないかぁ。あ、オーダーメイドだけどな」


 オーダーメイドって……つまり頼んで作って貰ったってこと!?

 な、なんで。


「お前さぁ、掘削用のハンマー、ずっと使う気でいるだろ。いや、使いやすいってのは大事よ。だからってモンスターとそれでやり合うのはお勧めしねえな」

「だからこれを?」

「まぁ使い慣れた形がいいってのは分かるんだよ。だから知り合いが贔屓にしてる鍛冶職人を紹介して貰ったんだ。なんせ俺様はか弱い神父だからな、刃物なんて恐ろしくて持てねえし」

「毎日包丁触ってんじゃん」

「ってぇーことでこいつを作って貰ったのさ!」


 華麗にスルーしやがった。

 まさに恐ろしくて持てないと言っていた刃物つきハンマー。それを神父は箱から取り出して俺に差し出した。


「ハンマーは打撃武器だ。モンスターの中にゃ打撃武器が効かねえ奴もいる。それに打撃じゃ一撃で止めを刺すのも難しい」


 差し出されたハンマーには、金槌のような円柱の平らな部分がある。

 その反対側には、ツルハシのような先端の尖った部分──はなく、斧のような刃がついていた。

 しかも上下逆さまの刃だ。普通は手元に向かって刃が伸びてると思うんだが、こいつは上に向かって長い。


「これで斬れってことか?」

「そ。まぁ逆刃になってっから、使い慣れるまで苦労するかもしれねえけど」

「使い慣れてるのがいいと言っておきながら、使い慣れねえもん持ってくんなよ」

「そこはお前ぇ、カッコよく使いこなせよ」


 カッコよくねぇ……まぁやってやろうじゃないの。


「神父……ありがとうな。けどなんだ……どこの世界に、子供の誕生日に武器送る大人がいるんだよ」

「え、なに言っちゃってんの。お前、十五だろ? 成人じゃん」


 ──ぁ。


 この世界じゃ十五歳で成人だったあぁぁぁーっ!

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