第14話:愛してる

 こいつには危機感なんてものがないのだろうか。

 いや、たぶんただのお子様だ。


 地下街に戻って来た俺たちは、セシリアを見送るために空気穴のほうへと向かった。

 だがセシリアは壁際にいくとそのままごろんと転がって寝ようとする。


 まぁそれでもいいか。だけどせめて何か敷こうな。

 そう思って俺の寝床からシーツを取って来ようとしたんだけど、セシリアも一緒に付いてきて──。


 で、今俺の横で寝ている。

 俺の寝床でだ。


 僅か畳二帖分ほどしかないスペースに寝ているんだ。すぐ横だよ。

 恥ずかしいとかそういうのないのかよ。まぁ十四のお子様だし、気にしない……のか。


「はぁ……俺も寝よう」


 こいつがここに泊るっていうなら、明日は早くから狩りに行ける。






 ──あっは。ごめんね隆二リュウジ。赤ちゃんがいるなんて、嘘なのよ。


 隆二……誰のことだ?

 お前は、誰なんだ?


 ──隆二くん。私……あなたのこと、好き。愛してる。


 す……き?

 あぁ、そうか。隆二って俺の事だ。


「俺もだよ、愛奈」


 愛奈……愛奈。そうだ、妻だ。

 人生で初めて出来た恋人である、妻の名前だ。


 交際を始めて半年で、彼女が妊娠した。

 デキ婚だったけど、俺は幸せだった。

 いや、だったんだ。


 ──隆二の事愛してるって言ったけど、あれも嘘ぉー。


 そうだよな。


 ──ぜーんぶ、隆二からお金を貰うためだったの。ほんと、ごめんねぇ。


 許すわけねえじゃん。

 だってお前──俺を──


 ──あ、大丈夫よ。可愛そうな未亡人は、亡き夫の親友に支えられて幸せに暮らすからぁ。


 殺したんだから。




 スタンピードの時に甦った記憶は、俺の都合のいいようにフィルターがされていたみたいだ。

 愛奈のことをすっかり忘れていたあたり、嫌なことだけすっぽり抜けていたのだろう。

 事故死──の方も、愛奈がいなければそう思えても仕方がないものだった。


 車で旅行に行った帰りに、やたら眠気に襲われて峠の休憩所でひと眠りしていた時だ──あいつが……サイドブレーキを解除して俺は車と一緒に崖の下に真っ逆さま。

 シートベルトに細工がしてあって、外すことも出来なかった。


 じりじりと崖に迫る中、愛奈が言った言葉が──


「死んでね、隆二くん」


 笑っていた。醜く笑っていたんだ、あの女。

 赤ちゃんが出来たってのも嘘。好きだの愛してるだのも嘘。

 あいつの目的は、交際前に俺が当てた宝くじの金だ。

 

 人生で初めて買った宝くじが、まさかの一等賞。

 その金額──十億円。


 それが目当てだったんだよ。

 しかも最後の口ぶりだと、同期で入社した杉浦も一枚噛んでいそうだ。

 俺が親友と呼べるのは、あいつぐらいしかいないし。

 宝くじだって飲み会の後で一緒に買おうぜーって……それで買ったものだ。


 俺が選んだ数字も知っていただろうし、当選したことも……。

 

 そうだよ。

 だって愛奈の奴、俺と付き合う前は杉浦と付き合ってたじゃん。

 その杉浦に振られたって、杉浦と仲のいい俺を呼び出して愚痴酒に付き合ってくれって。

 それがきっかけだったんだよ。

 俺たちが付き合い始めたのは。


 全部──

 全部最初から仕組まれていたのか?


 最初から俺を殺す目的で近づいたのか?

 友達だと思っていたのに。

 金のために平気で裏切るのか。


 崖から転落しながら、車内から愛奈の姿を見ていた。


 何度も何度も願った。

 今この瞬間よ止まれって──

 落下する車よ止まれって──


 歪んだ顔で笑う愛奈を見て、こいつの全てを奪ってやるって。


 そう、叫んだ。


 なるほど。

 俺の力が一時停止と強奪ってのは、前世の最後に起因しているのか。






「かはぁーっ!?」

「ひぅっ」


 女の声がして、思わず腕を振った。


「あうっ」


 バンっと腕に何かがぶつかる音と感触がして、女が──セシリアが倒れた。


「うぁ。わ、悪いっ。大丈夫かセシリア!?」

「いいぃぃ……ぁい」


 返事はしたが、かなり傷むみたいだ。

 どうやら俺が肘鉄を喰らわせてしまったようで、右頬が赤くなっている。唇も切ったようだ。


「ごめん、ほんとごめん」

「ぁい。ぁ、ぁ……おう、しとぁの?」


 どうしたの……か。

 痛い思いをしたのは自分だろうに。


「ちょっと嫌な夢を見たんだ。ぜ──昔、人に騙されて死にそうになった時のことをな」


 実際には死んでるんだけど。

 

「唇切ってるな。ほっぺたも赤く腫れてきてるし……ゴミポーションを使うか、それとも神父の所にでもい──」


 ふわりと、俺の髪にふれるものがあった。


 撫でられている。

 セシリアが俺の頭を撫でている。


「は、おい、ちょっ」


 子供に撫でられるとか恥ずかしいんですけど!?


「おし、おし」


 そう言ってセシリアは俺の頭を抱き寄せた。

 

 とくん。


 聞こえるのは彼女の鼓動。

 それとも……俺の?


「おしおし」

「いや、それ言うなら『よしよし』だから」

「お……いぃぃ……」


 なんで怒るんだよ。八つ当たりだろ、それ。


 まったく。年下のお子様になでなでされるとか、恥ずかしいったりゃありゃしねえ。

 しかもこいつ……また一段とお胸様の発育が──


 ──隆二、私の胸、気持ちいい?


「うぐっ」

「いぃ、いい?」


 気持ち悪い。


「いーば、いば……」

「悪いセシリア、少し……少し離れてくれ……」


 気持ち悪い……


 女が気持ち悪い。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る