第13話:見えない
貧民街には壁しかない。その壁沿いにほったて小屋を建てて、自分の寝床にしている。
家を持たない住民は、同じように自分の寝床を持っていた。
畳二帖ほどの狭い寝床だけど、俺にはこれで十分だ。
背負い袋を枕代わりに、盗まれないようしっかり掴んで眠る。
以前は荷物を盗もうと襲ってくる奴らもいたが、結局一度も盗られたことはない。
力に目覚めてから感覚が鋭くなったようで、敵意を剥き出しで誰かが近づくと、寝ていてもすぐ気づくようになった。
「とりあえずアレがなんなのかは、明日神父に聞くか」
実際にはもう今日だけど……。
「こりゃドレインリングだな」
「装備して誰かに触ると生命力を吸い取れるとか?」
目を覚まして飯を食ってから教会へ。
昨夜の戦利品を神父に預けるついでに、クリスタルイーターからゲットした指輪を見て貰った。
「しっかしクリスタルイーターをぶっ壊すとはなぁ。さすが掘削用ハンマーだぜ」
「な? ハンマー役に立つだろ」
「打撃があまり効果のないモンスターもいるし、なんともなぁ。ちなみにこのリングな、触れた者の生命力を手あたり次第吸収するって訳じゃねえ」
「え、そうなのか……残念だな」
「なぁに言ってやがる。手あたり次第だと、パーティー組んでるときに危ねえだろうが」
あぁ、そうだった。じゃあよかったと言うべきなのか。
「あったあった。リングの内側に、能力を解放するためのキーワードがあんだよ。『ドレイン』そう口にすれば能力発動だ」
「まんまだな。どうやって解除するんだろう?」
「ドレインの特性上、触れている対象の生命力を吸い取るだから、手──この場合にリングだろうが、それを対象から離せば効果が切れるだろう」
「うぅーん……」
生命力──つまり怪我をしていれば回復してくれるってことなんだろうけど。
正直いらねえな。滅多に怪我しねえし、してもゴミポーション何本も使って回復出来る。
「神父。これ売ったらいくらになる?」
「いくらって……マジックアイテムだぞ?」
「だから売る。だって俺、怪我とかしねーし」
「……あぁ、まぁそうだな……さて、いくらになるかねぇ。ギルドに持って行くよりは、買い手を探す方がいいなこりゃ」
探せるのかよ、こんな貧乏地下街で。
「知ってる奴に声掛けてみるわ」
「は? 神父の知り合いとかいんの!?」
「おいおい、俺は超絶イケメン有能神父だぜ? 俺を頼ってわざわざここまで下りてくる冒険者もいるんだ。知り合いのひとりや二人や百人ぐらい、いくらでもいるっての」
「……まぁ、そう言うなら任せるよ。さぁて、んじゃまた行くかな」
頼られているのかは分からないけど、俺が
なんか神父と談笑なんかしていたし、仲がいい雰囲気ではあった。
あんな人らが買ってくれるといいんだけどなぁ。
そしたら三日後には、
「よっリヴァ。リング売れたぞ」
「は?」
「金貨八枚だぜ」
「マジか!?」
え、クリスタルイーター、美味すぎじゃね?
その日からクリスタルイーターをブッ叩きまくたが、十日経っても一カ月過ぎても出なかった。
【マジックアイテム、滅多に出ない。滅多にっていうか出ないの当たり前】
「はい、『リ』からいってみようか」
「うぃいいぃぃぃーっ」
新月の夜、セシリアがやって来て分かり切ったことを文字にしやがる。
今日はみっちり発音の練習だ。
「いいか。俺の口をよーく見るんだ。リー」
「ぃ……いぃ」
「違う。リ……難しいのかな。じゃあ『ま』はどうだ?」
「ぅ、ん……んま」
「んはいらねえから」
ま行はわりと出やすいようだ。とりあえずそこから攻めていくか。
三カ月が過ぎ、俺は十五歳に。セシリアはその前に十四歳になったらしい。
「冬はあまり雪が降らないって言ってたが、なら夏は暑いんじゃないか?」
「はいっ」
「めちゃくちゃ暑い? 熱中症とかどうなんだ?」
「んんー……すおい」
ジェスチャーを見る限り「少し」と言いたいのだろう。
そんなに暑くないってことか。
夏になって、流石にセシリアの服も衣替えされるだろう──と思ったがしない。
寒い時に纏っていた毛皮がないだけだ。
「お前さ、着替えとか持ってねえのか?」
「はいっ」
「そこは元気に答えるなよ」
「うぐぅ……う、ぐぅ、ぐしゃい?」
臭いか臭くないか、ここでそれを素直に言ってもいいものだろうか。
だが臭い──というのとは少し違うかもしれない。
同じ服をずっと着ているようだが、たぶん洗濯はしてるんだろうな。
どちらかと言うと、洗濯のし過ぎでよれよれになっているのが気になるんだよ。
「……いつも地上の食い物を持って来てくれるお礼に、お前の服を買ってやるよ」
「ふえっ。い、いい。いいっ」
「よくない。だいたいサイズがもう合ってねえじゃん。お前だって身長伸びてるだろ」
「うぅ……」
ここじゃいい服なんて買えないが、今着ているものよりはマシだろう。
それに丈のあった物を着せたい。
「金の事を気にするなら、ちょっと手伝ってくれないか? クリスタルイーターから遂に魔力の強奪が出来なくなったんだ。それで十二階に進もうかと思ってな。十一階を突破するの、手伝ってくれ」
「おぉー、はい!」
十階より下の転移装置を使うと金がかかる。だからずっと十階で狩りをしていたんだが、魔石の相場が安いことを知って遠慮なく、装置の動力に使うようにしている。
それに薬草がなかなかいい値段で売れるので、魔石を消費してもお釣りがでるぐらいだ。
「今までの階層だと、通路を進んでは行き止まりかどうか確かめて、引き返したり別の道行ったりでなんだかんだ進むのに何日もかかっていたんだよ」
階層には、その階の転移装置に戻る魔法陣があちこちにある。
もちろん、階段下の魔法陣からそこに移動も可能だ。
それがあるおかげで、数日かけて階層を突破することができるのだ。
それが無ければ、何日もダンジョンに滞在して突破するしかないからな。
「まぁステータス強奪で上限に達するまで二カ月ぐらい掛かっていたから、それもあったんだけどな」
今回は魔力以外のステータスは強奪していない。
十二階に進んでからそこで──でもいいやと思って。
「よし、それじゃあ行くぜ」
「はいっ」
「ここは道なんてのはない。このだだ広い空間のどこかに階段がある。その『どこか』も神父に聞いて把握済みだ」
「おぉ」
階段を下りて通路を出たら、そのまま右手側に真っ直ぐ進む。
するといつも入っていた洞窟とは違う入口があるので、その中に入って進んだ先の出口を真っ直ぐ──
「こんな所に魔法陣があるのか」
洞窟の出口に魔法陣発見。
ダンジョンに入ってそろそろ二時間ぐらいか。
「今日はここまでにするか。おかげで早くここまでこれたよ。あとは俺ひとりで攻略すうよ」
「え!? や、ぁ、へーいっ。うぅ、へーい」
「平気だって? でももう遅いぞ」
「あ、あいた! あいたもっ」
明日もって……そりゃあ有難いけどさ。
「んー、じゃあもう少し進むか」
「はいっ」
元気に返事をしたセシリアが、弾むように魔法陣を踏んで洞窟の外へ。
俺も同じように魔法陣を踏んで後を追い、まっすぐ草原を進んだ。
ただただ広い草原を、ひたすら真っ直ぐ歩くだけ。
目印になるものをしっかり決めて進まなきゃ、真っ直ぐ歩いているのかも分からなくなる。
「んー、だいたい一時間ぐらい歩いたら、次の洞窟の入口が見えるって言ってたんだが……真っ直ぐ歩けているのかなぁ」
「んんー……みう」
「あん?」
なんて言った?
そう聞き返す前に、セシリアは翼を広げて空に──
「お、おい! 誰かに見つかったらどうすんだよっ」
「へーい。みえないあぁ」
「見えない? あ──そうか」
ここは自分を中心に、半径五十メートル以内に入らなきゃモンスターも人の姿も見えない。
一気に上昇したセシリアの姿は、直ぐに見えなくなった。
上に対してもこの仕様は同じらしい。
しかし洞窟の入口は見えるのか?
それも半径五十メートル以内とかいう縛りが……はないか。
実際最初の洞窟とか、百メートル以上離れてても見えていたんだし。
空を見上げて一分ほどでセシリアの姿が突然空中に現れた。
一応周りを確認しているようだ。
誰もいないのを確認すると、一気に舞い降りてきた。
「あっち」
「洞窟の入口、あったのか?」
「はいっ。あ──」
「おっと、モンスターだな」
姿を現したモンスターを二人で倒し、セシリアが見つけた洞窟の入口へと向かった。
その入口の魔法陣を踏んで、今日の探索は終わり。
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