第12話:ハンマー
あぁ……なんで……なんでこんな姿になっちまったんだよ。
俺のハンマァァァァーッ!
「あちゃー、ぽっきりいってんなぁ。まぁよくここまで持ったと思うべきか」
「うぅ、俺のハンマー」
「管理塔から盗んだもんだろ。こっそり戻してこい」
「新しいのと交換して貰おう」
夜になってセシリアを見送った後、変な時間に寝たのもあってそのまま狩りに行こうと思ったのだが──ハンマーがぽっきり折れていた。
そういや昨日、鶏牛を殴った時変な音がしてたもんなぁ。
「交換なんかしねぇで、ちゃんとした武器を買ったらどうだ?」
「買ったらどうだって、そんな金ねえし」
「あるぞ。結構」
「……俺が預けた今までのって、いくらなってんだ?」
ハンマーの修理が出来ないかと
金を持ち歩くのはこの地下街では危険極まりない。だから数日分の食費以外は全部神父に預けていた。
神父は自分の寝室から箱を持って厨房へとやって来る。
「お前の金はこの中に入れてある。結界魔法を使ってるからな、絶対に盗まれねえぞ」
「そこまですんのか……」
「いやぁ、昔なぁ、教会に置いてあった金を全部盗まれたことあってさぁ。まいっちゃうねぇまったく」
……そりゃ結界も必要になるわけだ。
「えぇっと、換金した金をそのまま入れてるあらよぉ、小せぇ金が多いんだこれが」
呪文みたいなものを呟いてから神父が小さな木箱を開いた。
小銅貨から銀貨がどっさりだ。
「け、結構あるじゃん……えっと、階段上るのに必要な金っていくらだっけ?」
「金貨十枚だ。冒険者ギルドに登録するなら一階まで上がらなきゃならねえし、登録料で金貨五枚。一階までの階段代と合計して、金貨二十五枚だ」
小さい銅貨十枚で大きな銅貨一枚。大銅貨十枚で銀貨一枚になる。そして銀貨十枚で金貨一枚だ。
ちなみにパン一個で小銅貨一枚の値段になる。
箱の中の金を計算してみると、金貨に換算したら──
「こんだけあっても金貨十枚分もねえのか」
「まぁほとんど大銅貨だしなぁ。魔石ってのはな、重さで換金するんだよ。だいたいキロ15エルだ」
1エルが小銅貨だ。
1キロ大銅貨二枚とか……そんなもんにしかならねえのか。
でもまぁ……ダンジョンモンスターを倒せば、だいたい四割ぐらいの確率で魔石はドロップする。
俺ですら一日頑張れば二十個ぐらいゲット出来るんだ、本格的に冒険者やってる連中ならもっと取れるだろうし……供給過多だよなぁ。
三年の稼ぎで一回階段を上れるだけの金か……。
二度とここには戻ってこないつもりじゃねえと、そう何度も行き来出来るもんじゃない。
「武器を買うのに裂いてる余裕はないな」
「だが装備を整えりゃあ、倒す速度も上がるぞ?」
「今だってハンマーで三、四発殴れば殺せる」
「……なんつぅーエグい奴だよ。ハンマーでそのぐらいなら、ちゃんとした武器を使えば一撃だぞ」
一撃……いいな。
でも武器を買う金が勿体ない。それに三年間ずっとハンマーだったから、使い慣れてんだよなぁ。
「はぁ、俺が買って来てやるから、どんなのがいいんだ」
「え、奢り? ってかタダでくれるの?」
「頑張ってる息子は応援してやらにゃいかんだろう」
「パパとかノーサンキューだし。でもやっぱいいよ。短剣とか確かに憧れるけど、ずっとこいつを使っていたから慣れちまってさ」
神父が同情するような目で俺を見る。
そんな目で俺をみんな!!
「とりあえず管理棟に行ってこっそり交換してくるよ」
「そうか。まぁ使い慣れた武器のほうがいいもんな。よっしゃ!」
なにがよっしゃなんだ。
「ところで神父は冒険者ギルド行くのに、やっぱ毎回金払ってんの?」
「うんにゃ。俺には冒険者カードがあるからな。言っただろ、冒険者になったら階段の通行は自由だって」
「やっぱカード欲しいよなぁ。でも地上まで出る金が出来れば、冒険者ギルドに登録する必要なんて──」
「地上の居住権が無ければ強制的に連れ戻されるんだぞ? お前、居住権買うのにどんだけ金が要るか知ってるのか?」
俺は首を左右に振る。階段の通行料より高いのは確かだろう。
金貨五十枚ぐらいとか?
「金貨百枚だ」
「は? 地上に出す気なんてないんじゃないのか?」
「ある訳ねえだろう。万が一スタンピードが発生した時の、生餌が全部いなくなりゃ自分たちの命が危ぶまれるんだ。そんなことするわけねえじゃん」
分かっちゃいるが、そう聞かされるとヘドが出る。
クソみたいな権力者しか、この世界にはいねぇのかよ。
「神父は自由に階段を行き来出来るのに、なんで三階なんかに? 一階ならまだマシなんだろ?」
「まぁな。けど誰が三階で子供たちの面倒を見るんだ? 俺様が世界一ナイスでガイなイケメン神父なんだぜ? 俺以外にいねえだろ」
「世界一物好きな生臭坊主だもんな。ところでさっきの話だけど、あんで冒険者ギルドに登録したほうがいいって神父は思ってんだ?」
「冒険者ギルドに登録して、ギルドが紹介する依頼を受けるとだな、貢献値ってのが貰えるんだ」
その貢献値は加算方式で、これで何かと交換とかそういったポイントではない。
どんだけギルドに貢献した人物かっていう、個人評価みたいなものだ。
地下住人から冒険者になった者は、この貢献値が高いと──
「タダで地上での居住権が与えられる」
「タダ!?」
「そ、タダより安いもんはないってね。それにドロップ品の売却は、いわずもがなギルドの方が高く買ってくれる」
一階からダンジョンへは直通の転送装置もあるし、実際わざわざ三階まで下りてくる必要はない。
治安もかなりまともだし、地上の食料も結構売られていたりもするらしい。
地下三階とは大違いだ。
「それにな。冒険者なら依頼で地上に出ることもできる。もちろん期限付きだが、それもタダで出れるんだよ」
「一時的とはいえ、タダで外に出れるのか……しかもその依頼を完了させりゃあ貢献値も──」
「まぁすべての依頼で貢献値が貰える訳じゃねえが、受ける依頼は選ぶことも出来る」
貢献値くれるのだけ選んで受ければ──居住権を手に入れるのも夢じゃない。
「よし、稼ぎに行ってくる」
「おぅ、まぁ張り切り過ぎて無茶だけはするなよ」
「分かってるよ」
管理棟でぽっきり折れたハンマーを交換して、地下十一階へ。
今日もクリスタルイーターから魔力を強奪してから狩りを開始した。
ついでだから解熱剤や下痢止めの薬草も採取。
「今夜はちょっと張り切るか」
稼ぐために張り切るのではない。
昼夜が逆転しないように、短時間で疲れて帰るためだ。
一時停止も頻繁に使って慣れたのか、それとも魔力のおかげなのか。
十、二十と使っても意識が遠のくことはなくなった。
普段は安全面を考えて階段近くでしか狩りをしないんだが、今日は少し奥まで行ってみよう。
目印は岩の洞窟入口だ。
昨日の鶏牛を十頭ほど狩ったが、肉はなし。
ドロップ率低いって言ってたもんなぁ。
三時間ほど狩りをして魔石十個と他素材をドロップ。
帰りに解熱剤苔をもう少し採取しようと思って洞窟に。
苔の生えている真横にクリスタルイーターがいて邪魔だな。
そぉっと手を伸ばして苔を毟っていると、バランスを崩してクリスタルのほうへ!?
うげっ、やべぇー!!
咄嗟にハンマーをクリスタルに突き立て体を支える。
ライフドレイン……っての、来てないような?
特に何も感じないが、もしかして素手じゃないから大丈夫とか。
試しにハンマーでガンガン殴ってみるが、何も起きない。
しかし結構硬いなぁ。
力いっぱいハンマーを振り下ろしても、ヒビすら入らない。
なんかムカつく。
「うらあぁぁーっ!」
ガスガスとハンマーを叩きつけること数分。
パキ、ペキ──と音がして、パァンっとクリスタルイーターが弾けた。
「ふぅ、やぁっと割れたか。ん?」
クリスタルは溶けるのではなく、光の粒子になってダンジョンへと吸い込まれる。
元あった場所には魔石ではなく、指輪が落ちていた。
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