第8話:うぐああぁぁーっ

「ぉえ」

「こ・れ、な。おえって言ったら、なんか吐いてるみたいだろ」


 一カ月後、セシリアは岩塩を持って来てくれた。

 ビー玉ぐらいの塩の塊は三つ。


「ぉえ、おえぇー」

「……お前、わざとだろ」


 おえおえと、セシリアはトゲトゲの付いたヘラのようなものを取り出した。

 それで岩塩を撫でると、粒が削り取れるようだ。


「おぉ。さっそく肉を焼いてみるか」

「あっ、あっ」


 彼女が慌てて鞄から、何かを包んだ大きな葉っぱを取り出した。

 包まれていたのは魚!


「んっ」

「いいのか!?」

「にひぃ」


 魚なんて何年ぶり──じゃなくって、転生して初めて見た!

 ここは地下街なので、当たり前だが川も海もない。この上にある町にはそれがあるのだろうが、地下まで魚を売りに来る奴なんていなかった。


「くぅー、塩焼きだぜぇ。ちゃーんと内臓も出してきてんだな」

「にひぃ」


 子供らしくニカァっと笑うセシリアの頭を撫でてやると、体をビクりと震わせて固まってしまった。


「お、悪い。つい小さいガキどもと同じように扱っちまったな」

「ぅ……ん、んん」


 頬を赤らめ、それから頭を差し出してくる。

 撫でてもいいってことか?

 いや、別に撫でたくて撫でてる訳じゃないんだけど。

 偉いぞ──っていう意味だが、まぁいいか。


 わしわしと頭を撫でてやってから、粒になった塩を魚に振った。


「よし、あとは串代わりになる枝を……」


 この辺りは空気穴から落ちてくる枝があるので、それを探すのに苦労はしない。

 それを魚にぶっ刺し、落ちている石で簡単な囲いを作った。真ん中にはモンスターから出た赤い魔石を置く。その上に魚を載せるのだが、先に石をハンマーで軽く叩いた。


 ボッと火が出て、その上に魚を乗せれば段々と香ばしい匂いが漂い始める。


「この辺りは人が来ないからいいが、街中で魚なんか焼いてたらヤバかったろうなぁ。あぁ、美味そうな匂いだ」

「ぅあ、んー?」

「なんでヤバいかって? そりゃな、地下街では腹を空かせた連中がわんさかいるからさ」


 その日の飯にありつけない住民は、決して少なくはない。

 餓死者だってしょっちゅうだ。

 誰だって死にたくない。だから他人の食い物を奪ってでも生き延びようとする。


 地下街でも家持ちはいい。鍵を掛けて盗まれないようにできるから。

 奪われるのは家を持たず、路上生活しているような、本当に困窮している者たちだ。

 奪う側も同じだけどな。


「ここには太陽の光が届かない。人ってのは太陽の光を浴びないと、体が弱っていくんだ。知ってたか?」

「うぅー……」


 首を左右に振る彼女は、なんとなく俺を心配そうに見ていた。


「不幸中の幸いって言えるのかな。とにかくここで生まれ育った連中は、体力がないし筋力もない。だから同じような浮浪者からしか、物は盗めないんだ。あ、俺は体力も筋力もそれなりにあるから大丈夫だけどな」


 とはいえ、こんな美味そうな匂いをたれ流していたら、浮浪者が大量にやってくるだろう。

 さすがに数で責められたら勝ち目はない。


「ここなら煙や匂いも外に出るだろうし、一安心っと──そろそろ焼けたかな?」

「ふんふん……あいっ」


 第二の人生初の焼き魚だぜ!


 イワナか何かだろう。そんな感じの川魚だ。

 セシリアが差し出してくれた、魚を包んでいた葉っぱをお皿にして──かぶりつく!


「んっっま! 塩最高!!」

「んま、んま。ん~っ」


 特に何もしていない、塩を振っただけの焼き魚。

 こんなにも美味いなんて……うまい……


「んっ。ぅあ、うぅぅ」


 セシリアが驚いた顔をして、それから──急に俺の頬を袖で拭い始めた。


「は? なんだよ……おい、どうした──」


 俺……泣いてる?

 ちょ、待って。こんな子の前で泣くとか、恥ずかしいんだけど。

 てかなんで泣くんだよクソっ。

 た、たかが魚じゃねーか。


 そうだと、たかが魚だよ。

 そのたかが魚でさえ、俺は手に入れられない。

 こんな地下で暮らしていたら、前世の俺にとってのたかがな暮らしすら出来ないんだ。


「クソッ。絶対上ってやる」

「う?」


 首を傾げるセシリアを見て、俺は天井を指差した。


「俺は絶対地上に出る! 出て、そして自由を掴むんだっ」


 そう宣言した。






「あい」


 春の訪れをセシリアが持って来た。

 花だ。

 しかも根っこごと持ってきやがった。


「セシリア、ここは日差しも届かないし、持って来ても枯れるだけだぞ」

「ううん。おぉ、おぉお」


 天井と地面を交互に指差す。

 あぁなるほど。

 空気穴の真下なら、多少は日差しが届く。ここに植えろってことか。


「はぁ、これでいいですか?」

「あいっ。にひぃー」


 たまに水やりに来てやらないとな。


「水石の出番もありそうだ。そういやお前、ダンジョンに入っているらしいが、どうやってモンスターを倒してんだ?」


 これまでセシリアが見せた武器になりそうなものは、小さなナイフぐらいだ。

 でもあれじゃあなぁ。俺の採掘用ハンマーの方がマシだろう。


 防具──はおろか、まともな服すら着ていない。

 薄汚れた丈の長い上着に、七分丈のズボン。わりと最近まではその上から毛皮を羽織っていただけ。

 

「ま、まおぉー」

「魔王!?」

「いぃぃーっ。【まほう】う!」

「魔法かよ──って、魔法が使えるのか!?」

「にひぃー」


 セシリアはふんぞり返ってドヤ顔を見せた。

 まさか魔術師だったとは……驚いたぜ。


「どんな魔法が使えるんだ?」

「んー、【風】」

「ほぉほぉ。で?」

「んぎぎ。いいぃぃぃーっ!」


 どうやら風の魔法だけらしい。

 しかし風の魔法って……風属性のことなのか、それとも風という名前の魔法だけなのか。


 詳しく聞いてみると、前者のようだった。


「ほぉー、お前は精霊魔法使いなのか」

「にひぃー」

「じゃあ風属性の魔法を、いくつか使えるってことで?」

「あい」

「ところでそろそろ発音を覚えような」

「いいぃぃぃーっ」


 いつになったら筆談以外でコミュニケーションが取れるようになるのか……。


「よぉし、今夜は発音の練習をみっちりやるぞ! 俺はスパルタ教師だ!!」

「あぐぅ……うえぇ、うえぇ」

「まずはリ! リ、いってみよぉー」

「うぐああぁぁーっ」

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