第32話 マキシマム・ジェラシー

「あ、新しいって……それ、どういう意味だよ」

「何をやってもテルクニが脱いでくれないなら時間が無駄になっていくから、新しいモデルを探そうって意味。アタシがモデルにしたいのは量産型主人公系男子って条件だし、探せばこの学校の中でもまだいるでしょ」


 中楚は尚も不機嫌な顔のままそう言う。


「……冗談言ってるのか、中楚」

「冗談でこんなこと言わない」

「だったら、なんで急に……」

「……テルクニは知ってるでしょ? アタシがわがままで気まぐれなこと。むしろ、これまでよく飽きずにいたって自分でもびっくりしているくらいだわ」


 中楚は俺を煽るように言う。それがいつも通りの俺なら態度が急変した原因を探ることができたのかもしれない。

 だけど、先ほどから理不尽に突き放されていることやこれまでの時間を否定されたことで、頭に血が上り始めていた。


「……それじゃあ、なんだ。俺は用済みってことか。散々付き合わせておいて」

「付き合わせる? 全然アタシの言うこと聞いてくれないくせに」

「聞けるわけないだろ。どう考えたって人前で脱げって方がおかしいんだから」

「ほら、また言ってる! だから、もう新しい男子を探すって言ってるの!」

「それでいいのかよ。モデルになる目的が無くなったら俺がここへ来る必要なんて無くなるだからな」


 俺が勢いに任せて言ったその言葉に中楚は一瞬固まるが、すぐに俺から目を逸らして言う。


「……別に来て欲しいだなんて……言ってない」

「……ああ、そうかよ。それなら勝手に新しいやつ探してくれ。俺もようやく解放されて――」


 清々する。そう言おうとしたのに、口が上手く動かなかった。イラついた感情に任せて言えばいいはずなのに、どうしてか体の方がそれを拒否していた。

 俺はそのまま中楚を置いて、美術準備室を飛び出す。当然ながら美術室の方にいる部員の目線が一斉に集まった。

 それを気にせず、俺は涼花ちゃんのところへ近づく。


「三雲クン? どうしたの? また清莉奈ちゃんに何か……」

「ううん。捻木さん、俺は明日からはここへ来なくていいようになったから」

「えっ……ええっ!?」

「じゃあ、また明日。教室で」

「ちょ、ちょっと三雲クンっ!?」


 涼花ちゃんの制止する声を無視して俺は足早に美術室を後にした。




「秀吾。ちょっと小腹が空いたし、これからどこか食べに行かないか? できればジャンク系がいい」


 翌日の放課後。俺は爽やかに誘うけど、秀吾の方は大そう驚いていた。


「な、なんだよ。まさかデートの用事でもあるの……?」

「いや、そうじゃない。今日は美術部に行かなくていいのか?」

「何言ってんだよ、秀吾。俺は美術部の部員じゃないんだから、わざわざ行く必要なんてないじゃないか」

「それは……そうだが……」


 秀吾は納得していない反応するが、それも仕方ない。俺はまだ昨日の件を秀吾には伝えていなかった。だからといって、これから食べに行くついでに伝えるわけではない。


「だったら、行こうぜ。今日は気分がいいから俺が奢ってもいいぞ」

「……それは遠慮しておくが、わかった。付いて行こう」

「よし。それじゃあ……やっぱりジャンク系ならバーガーとポテトだな。あっ、LINEのクーポン出てるから用意しといた方がいいぞ」

「三雲クンっ!」


 そう言いながら俺が教室を出ようとした時、涼花ちゃんは俺のことを呼びながら進路を塞ぐ。熱烈な止められ方は嬉しいけれど、さすがの俺でも昨日の今日で涼花ちゃんとがっつり話す気にはなれなかった。


「……捻木さん、お疲れ様。今日も部活がんばってね」

「う、うん。ありがとっ……じゃなくて! その……昨日のこと……」

「ああ、昨日言った通りだから。いやー、残念だなぁ。実を言うと俺、捻木さんと一緒に美術室へ行くのめっちゃ楽しみにしてたんだよね」

「……どうして終わりみたいなこと言うの」


 涼花ちゃんは今まで見たことがない悲しそうな表情になる。その反応に少しだけ心が痛くなるが、あくまで涼花ちゃんが心配しているのは、俺が言っている美術室に行くまでの話じゃない。

 だったら、今の俺はその期待には応えられない。そう思いながら避けて進もうとすると、涼花ちゃんはポケットから何かを取り出しながら喋る。


「三雲クン。スマホ出して貰える?」

「えっ? いいけど……何かあるの?」

「私の連絡先、教えておくから」

「なっ!? なんで!?」

「もしも清莉奈ちゃんに言いづらいことがあるなら……私に相談して欲しいの。私は詳しいことはわからないけど、二人ならきっと仲直りできるって信じてるからっ」

「……ま、まぁ、そういうことなら」


 この状況を昨日の俺に伝えたらどんな顔をされるだろうか。どうやって聞こうかと悩んでいた涼花ちゃんの連絡先はこんなにもあっさりと手に入ってしまった。それが誰かさんのおけげになってしまうのは……何とも皮肉な話だ。


「三雲クン、また美術室で!」


 そんな俺の気持ちを知らない涼花ちゃんは、ようやくいつも通りの笑顔見せて、美術室へ向かって行った。




「捻木さんから連絡来たのか?」


 教室での出来事から30分後。先に窓際の席を取っていた俺の隣に座りながら秀吾はそう言う。


「来てないよ。なんで来てると思ったんだ」

「大事そうにスマホ見てるからだ。それとも……待ってるのは中楚さんの方か?」


 そう言った秀吾を無視して俺はフライドポテトをつまみ始める。でも、秀吾の方はそれを許してくれなかった。


「たまには喧嘩することもあるだろうが、程々にしておかないと駄目だぞ」

「……喧嘩じゃないよ。戦力外通告だ」

「それはつまり……」

「……新しい裸夫のモデルを探すんだとよ。だから俺は用済み。もう美術準備室に行かなくてもいいってことだ。それをやるならもっと早くすればいいだろうに」


 黙っていても聞かれ続けると思ったので俺は観念して昨日のことを秀吾へ説明する。その間の秀吾が真剣そうに聞いてくるせいか、俺はいつの間にか相談しているような気分になった。


「中楚さんがいきなりそう言ったのか?」

「そうだけど……なぁ、この話はもういいだろ? 終わったことなんだし」

「そういうわけにはいかない。本当にいきなり言ったのか? その前に輝邦が何か話したんじゃないのか」

「い、いや、それは……」

「意固地になるなよ。中楚さんの面倒を最後まで見るって言ったんだから」

「言ってないが!? 俺は……俺だってよくわからないよ。なんで急に突き放されたのかさっぱりだ」


 そして、全て話し終える頃にはニヒルっぽい態度を取っているつもりだった俺もいつも通りのテンションに戻っていた。

 俺は本当に相談するつもりなんてなかったのだけど、秀吾はファストフード店に付いて来ると言った時点で、この方向へ持って行くつもりだったのかもしれない。


「輝邦。これはあくまで輝邦から提供された情報だけで思ったことだが」

「お、おう」

「輝邦が悪いと思う」


 秀吾はきっぱりとそう言った。


「嘘ぉ!? 秀吾はどこで中楚の地雷踏んだかわかったのか!?」

「それについては憶測があるから何とも言えないが、少なくとも輝邦まで喧嘩腰になったて言い争ったのは悪いとしか言えない」

「そう言われてもあっちから言ってきたんだし……」

「そもそもの話だ。輝邦は裸夫のモデルになるのが嫌だったんだろう? それなら中楚さんが新しいモデルを探すことは本来なら喜ぶべきところだ」

「まぁ、それについては後から思い返したらその通りなんだけど……」

「なのに輝邦が怒ってしまったのは……」

「……しまったのは?」

「……別のモデルに立場を取られるのが嫌だったからだ」

「は、はぁ!?!?」


 突然の秀吾の言葉に俺は店内に響くほど大きな声を出してしまう。そこで一旦集まった目線に対して頭を下げながら俺は「何言ってんだよ……!」と返すが、秀吾は真面目な顔で言う。


「男の嫉妬だ」

「ち、違うし!」

「ジェラシーだ」

「同じ意味だが!?」

「みっともない」

「秀吾、そんなドSキャラだったっけ……? 最近俺に厳しくない……?」


 すっかり通常テンションでそう言った俺に、秀吾は呆れていた。いや、今回は態度がうっとうしいとかじゃなくて、俺が認めないことに対してだろうけど。


「別にオレの意見を押し付けるつもりはないし、的外れな指摘ならそれでもいい。だけど、もう一度冷静になって考え直した方がいいとオレは思う。輝邦も中楚さんもお互いに良くない方向で思い違いしているだけだ」

「そう……だろうな。いくら中楚が唐突なこと言うやつでも今回のことはどう考えてもおかしい。だけど、初めてだからわからないんだよ。秀吾や他の奴とちょっと言い争うことはあっても、こんな喧嘩みたいになることなんてなかったから……」

「輝邦……」

「だから、もう少しだけ……自分で考えさせてくれ。俺から謝れば済むのかもしれないけど、それじゃあ意味がないと思うから」

「……ああ。それならじっくり悩むといい」


 そう言った秀吾はようやく普通に笑ってくれた気がした。

 結局のところ、俺は中楚と言い争ったことを後悔していたし、十分に引きずっていた。だから、秀吾が強引に話を聞いてくれたのは凄くありがたい。


(中楚は……今何を考えてるんだろうか)


 いつもと違う放課後の景色は、何故か寂しさを覚えるものだった。

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