第31話 終わりはいつも突然

 どんな物事にも始まりと終わりがあるものだけど、何事も始まるまでが長くて、終わる時は一瞬であることが多いように思う。

 たとえば、とあるタレントが大成するまでに何十年とかかるのに、炎上して全てを失うまでは数時間もかからないのは……いや、もっといい例えがあるか。

 ともかく、何かが終わるとわかった時、そこから流れる時間は早く感じてしまうし、その始まりからの時間を振り返ると、こんなにも長かったのかと思うのだ。


「……で、そろそろ捻木さんの連絡先は聞けたのか?」

「……聞けてないっす」


 秀吾の指摘に俺の声は小さくなる。そういう意味では俺と涼花ちゃんは始まってすらいないというのが正しい。始まるまでが長過ぎるぜ。


「なぁ、秀吾! どうやったら教えて貰えると思う!? モテモテのお前なら何かわかるだろ!?」

「いや、オレはモテてないし、何なら連絡先聞くの苦手だぞ」

「嘘つけ! 絶対貰ったラブレターに連絡先書いてたことあるだろ」

「いつの話をしてるんだ。最近はそんなこと全然ないのに」

「あっ、過去には書いてたやつもあったんだな? ほら、見ろやっぱりそうじゃないか!」


 自分でもうっとうしいだろうと思う絡み方をして、秀吾は想像通りのため息をつく。


「それでオレが連絡先をキープするタイプだと思うか?」

「絶対ないね。そんな軽薄なことしてたら秀吾がモテなくなってしまう」

「理由はアレだが信頼してくれるのは助かる」

「でも、それはそれとして何かアイデアは……」

「……輝邦。前に一回引き下がってから一度でも捻木さんへ連絡先を聞こうとしたのか?」

「……してないっす」

「偉そうに言うつもりはないが、それで諦めるのがいささか早い気がするぞ。何か作戦を立てる前にもう一度当たってみた方がオレはいいと思う」


 痛いところを突かれてしまったので俺は黙ってしまう。

 そう、涼花ちゃんに一度断られてからの俺は、機会を窺うばかりで行動できていなかった。それは簡単に聞けると思っていた連絡先が聞けなかったショックのせいであり、また断られるのが怖いという何ともチキンな理由である。

 でも、秀吾の言う通り、小手先の作戦を立てるくらいなら、本当に連絡先を聞きたい気持ちを前に出すべきなのかもしれない。前回の俺は会話できる時間の短さもあって、すぐに諦めてしまった。


「……わかった。俺、やってみるよ」

「三雲クーン! そろそろ美術室行こっか?」


 俺が決意を新たにしたちょうどその時、涼花ちゃんが今日も声をかけてくれる。このままいつもの流れで美術室へ向かい始めてしまったら、同じことの繰り返しだ。

 

「う、うん。でも、捻木さん……その前に聞いておきたいことがあるんだ」

「えっ? なになに?」


 告白するかのように真剣な俺に対して、涼花ちゃんは普段通りのスマイルを見せる。

 それを毎日のように見られることは、何回も言っているように幸せなことだ。

 だけど、俺もそろそろ自分自身の手で青春の物語を始める時だ。

 決めるぜ、覚悟――


「……捻木さんが好きな食べ物って何?」


 俺がそう言うと、見えてないけど秀吾がやれやれと言っている姿が浮かんだ。

 すまん、秀吾。俺は秀吾が思っているよりも繊細でチキン野郎だった。


「トマトかなっ」

「へぇー……トマト?」

「うん。赤くて瑞々しい感じが好きなの。あと、フルーツだとザクロが好きかなっ」


 その後も美術室へ向かいながら涼花ちゃんは律義に各ジャンルの好きな食べ物について答えてくれた。そんなところが涼花ちゃんの素敵なところなんだけど、しょうもない質問をした俺の方はそれが頭に入らないほど情けなさを感じていた。


「テルクニ、おはー」

「……はぁ」

「いやいや、さすがにはぁ……は省略し過ぎじゃない?」


 その気持ちを引きずったまま準備室に入ったので、中楚にも落ち込む姿を晒してしまうが、そんなことは気にせず中楚は喋り始める。


「というか、テルクニ。昨日の送ったやつ既読スルーしたのはどうして?」

「……昨日送ったやつ?」

「ほら、LINEに送ったでしょ」

「いや、それを言うならあんな画像に対して毎回何を返せっていうんだよ。俺だって何でもツッコめるわけじゃないんだぞ」

「何を返せと言わると……エッチかどうか?」

「そういう意図なのかよ!? あの野菜とか看板とか!」


 中楚と連絡先を交換してから数日。トークに毎日貼られるのは、二股になった大根や一文字が剥がれ落ちて別の単語に見えてしまう看板など、どこのまとめで拾ってきたんだという感じのしょうもない画像ばかりだった。

 それに対して俺が何らかのリアクションを返しているのだが……本当になんで中楚とは連絡先を交換できてしまったのだろう。


「テルクニが有事に使えると思ってたんだけど」

「どんな有事だよ!?」

「だって、マジで具体的に使える画像を送ってしまうと、年齢的にさすがにまずいし……はっ! うなじとかおへそとかならセーフ!?」

「何の話かわからんが、絶対送ってくるなよ」

「わかってるわよ。ちゃんと公式が配布してるやつにするから」

「どこの公式だ。まったくこれだから……はぁ」


 今のため息は中楚への呆れもあるけど、いつもなら出るもんじゃないから、俺は相当凹んでいるようだ。そんな俺の様子を見た中楚は心配そうに聞いてくる。


「テルクニ、何かあったの!? アタシに相談してくれてもいいわよ!?」


 ……違った。なぜかめっちゃ嬉しそうに聞いてきた。


「そのテンションで来られても言いづらい」

「テルクニはこれまでアタシの悩みを聞いてくれてたから、いつかテルクニの悩みも聞いてみたいと思ってたの!」

「心遣いは嬉しいけど、気持ちだけ受け取っておく」

「なんでぇ!? いい事言えるかわかんないけど、相談すらしないのはひどくない!?」

「いや、中楚に相談してもなぁ」

「話すだけでも楽になるって言うじゃない。ほら、全部出して気持ちよくなろっ?」

「もっと別の言い方があるだろ」

「もう、どんな悩みでも笑ったり、引いたりしないから! ね?」


 そう言った中楚はやっぱりワクワクしている風にも見えるけど、根っこの部分にあるのは善意なのだろう。

 それに中楚の言う通り、今のこの燻る気持ちはちゃんと吐き出した方が良いのかもしれない。


「実は……」


 それから俺は涼花ちゃんの連絡先の件について中楚へ説明していく。思えば涼花ちゃんと毎日美術室へ来ている間に話していたことは、中楚に全く共有していなかった。

 同じクラスで程々の距離感(俺調べ)にある俺と同じ美術部で他の部員よりもちょっと距離が近い(俺調べ)中楚では、中楚の方が圧倒的に涼花ちゃんと仲が良いように見える。

 そうなると、中楚だからこそ提案できる解決策があるかもしれない。


「……ってことで、どうしたら連絡先を聞けるか悩んでるんだ」


 そういう期待も込めつつ俺が話し終えると、中楚は悩むことなくすぐにこう言った。


「なーんだ、簡単じゃない。アタシが連絡先知ってるから教えてあげる」


 うん。確かに中楚ならではの解決策だけど、違うそうじゃない。


「こらこら。いくら顔見知りでもそれはやっちゃ駄目だろ」

「でも、連絡先聞けなくて困ってるならその方が手っ取り早くて良くない?」

「こ、困ってるわけじゃないから、もっとこう別の方向から聞く感じが良くて……」

「じゃあ、アタシからリョウカに教えるように言ってみようか? それならすんなり教えてくれると――」

「いや……できれば、俺が直接捻木さんに聞きたいなーと思ってるんだけど」


 俺は少し恥ずかしがりながらそう言った。

 実際のところ、中楚に繋げて貰う方が確実に連絡先が手に入るとは思うが、そこは自分で聞かなきゃ意味がないとか、涼花ちゃんとの青春の始まりとして良くないとか、どうでもいいプライドや思惑が邪魔をしていた。

 そんな俺の反応を見た中楚は呆れたのか、それともちょっと引いたのか、真顔で俺に聞く。


「テルクニってリョウカのこと……好きなの?」

「すっ!? それはその……好きっていうか、憧れっていうか……なんて言ったらいいのかわからないけど、もっと仲良くなりたい気持ちはあって……」


 また恥ずかしくなった俺は誤魔化すような言い方をする。

 秀吾や他の男子にも涼花ちゃんのことは色々話しているけど、ここまでストレートに聞かれたことはなかった。

 でも、涼花ちゃんのことを考えると、恥ずかしくなって、心が躍って、色々考えてしまうのは涼花ちゃんのことを好きだと思っているからに違いない。

 ならば、ここまで来たら恥を捨てて聞くべきだろう。


「中楚、こういう時はどんな風に聞いたらいいと思う? 女子的には――」

「勝手に聞いたらいいと思う」

「えっ」

「……自分で聞きたいなら、そうするしかないでしょ」


 急に突き放すようなことを言われたので、俺は驚いて固まる。中楚は入ってきた時よりもあからさまに不機嫌な顔になっていた。

 ……なんでだ? ここまでの会話に中楚の機嫌を損ねるようなことがあっただろうか。確かに既読スルーしたことはちょっと悪いと思うが、それにしたって今怒るのはよくわからない。


「……それより、テルクニ。今日は言いたいことがあるの」


 その態度について俺の考えがまとまらないうちに、中楚はそう言った。


「な、なんだ? またトンチキな案でも考えたのか?」


 だけど、俺はその後に言われることがいつものしょうもない話だと思っていたのだ。


「……アタシ、裸夫のモデルになってくれる新しい男子を探そうと思ってるの」


 それが終わりの始まりであるとも知らずに。

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