第21話 吠える秀吾
何かしら勘違いを生じた時、人はどう対応すればいいのだろう。本当の事情を一から十まで説明すべきか。一人ずつ誤解を解いていくべきか。
何が正解かわからないけど、一つ言えることは……冷静に考えられるのは後から振り返っている時だということだ。
(あわわわわ……どうしよう!?)
そう言えるのは現在の俺が全く頭が働かなくなかってしまっているからだ。第三者目線を入れて現状を変えようと考えていたが、こんな重苦しい空気に変えるつもりはなかった。
(どこから訂正すべきなんだ!? 秀吾は俺の言ったことを思ったよりも重く受け止めて、中楚は秀吾の話を真に受けて……俺はそんなことを思っていないと言えばいい? それでひとまずは中楚を……)
「輝邦!!!」
「は、はい!!! ……って、俺!?」
活を入れるように叫んだ秀吾が口にしたのは俺の名前だった。その表情は少々怒っているようにも見える。……何で?
「話がまるで違うじゃないか。さっきまでの様子を見ていると、この子との関係が悪いようには見えないぞ」
「い、いや、俺は悪い関係だなんてひと言も言ってないし……」
「だったら、どうして行くのを嫌がったり、悩んだりしてたんだ」
「俺は別に……」
俺は否定しようとしたけど……準備室で何をしているか隠していた時の俺の言動やある程度情報を伏せた話を聞かされた秀吾からすればそう取られてしまうところもあったかもしれない。
すると、秀吾は中楚の前まで進んで頭を下げる。
「……先ほどはすまなかった。オレが輝邦から聞いた話で勝手に判断してしまった」
「い、いや……それは……」
「だけど、キミもこいつに思っていることがあるんじゃないか? そういう疑問はちゃんとぶつけてみるべきだ。きっとこいつなら……いいや、オレはこれで失礼する」
秀吾はそれ言った後、俺の肩にポンと手を置いてから準備室を後にした。
……何を任せた感じで去ってるんだよ、秀吾!? お前が作ったこの変な空気そのままでどうしろと!?
「…………」
「…………」
当然ながら秀吾が去った直後は二人とも何も言えなかった。連れて来てしまった手前、俺には説明する責任があるけど、どう言ったら納得して貰えるかわからない。
すると、意外にも中楚の方が先に口を開く。
「……テルクニのご友人、いつもあんな感じなの?」
「い、いや、今回はたまたまちょっと悪いところが出たというか……申し訳ない。なんていうか、本当に根は優しいんだけど、時々ズレたことを言うことがあって、今回がその例で……」
「アタシ、テルクニに友達なんていないと思ってた」
中楚はそう言いながらそっぽを向いた。
「な、なんでだよ」
「……友達がいるなら、こんなところに来ないでそっちを優先すると思うから」
中楚の小さく呟くように言う。その言葉に対しても俺は上手く返せない。言いたいことが喉につっかえていてどうにもまとまらなかった。
そんな俺の姿を見た中楚は……今度は俺のことを真っ直ぐ見ながら言う。
「アタシが疑問に思ってること……聞いてもいい?」
「う、うん」
「テルクニは……嫌々ここに来てるの?」
それは先ほど秀吾が勝手に言ったことで……いや、違う。そこなんだ。
俺がノリだとか勢いだとか、カッコつけただとか後悔だとか、よくわからなくなっているのは。
中楚の話を聞いた上で、態度を変えないと決めた俺がまだモヤモヤしているところは。
中楚が正々堂々話してくれた分、俺も話さなければならない部分は。
俺は言葉を選びながら喋り始める。
「……初めのうちはちょっとだけ嫌な気持ちはあったよ。そもそも全裸にさせられるためにここに来なきゃいけないのはおかしいと思ってたから」
「……うん」
「だけど、最近は……そんなに嫌な気持ちはなかった。今日、教室で考えていたのも美術準備室へ来なくて済むようになるはずなのに、どうしてこの前の俺はあんなこと言ったんだろうってことだった。ちょっと前の俺なら中楚が言ったことに乗っかってこの関係を終わらせようとしていただろうし」
「……うん」
「でも、敢えてそうしなかったのは、今考えると……こうやって中楚といるのが案外悪くないって感じてるからだと思う。ここは美術準備室で、授業でも部活動でも何でもないことをしているけど、その結果感じているのは、教室で話す時とそんなに変わらない感覚になってる」
いったいなぜそうなってしまったのかは俺にもわからない。
榎沢先生に行くように仕向けられて、数日したら慣れてしまって。
一方で、中楚が寂しそうにしていたら妙に放っておけない気がして。
色々な感情が渦巻いた結果、思わず秀吾に相談してしまったけど、それがあらぬ方向へ行ってしまって。
でも、秀吾がこの関係を終わらせると言われた時、俺はちょっと焦っていた。それはたぶん……
「だから……今はここに来ることが嫌じゃないって言えるよ」
少し照れてしまった俺は中楚から目線を逸らしてしまった。
だけど、その視界の端には俺の言葉を聞いた中楚が笑っているように見えた。
それが馬鹿にした笑顔か、弱みを握った笑顔か……なんて考えなくても、今の俺には何となくわかる。
「あっ、そうは言っても、全裸を見せるつもりはないからな。そこは勘違いしないように」
「……ちぇー 言おうと思ってたのに」
「言いそうだったから釘を刺したんだ」
俺がそう言いながら笑うと、中楚も釣られて笑った。これは……単に面白おかしかった時の笑顔だ。
そのシーンだけ切り取れば、その前後の内容がどうであれ、休み時間に友達とじゃれ合うものと何ら変わらなかった。
「輝邦と中楚さんって似てると思う」
美術準備室へ襲来した翌日の朝。秀吾は俺にとんでもないことを言う。
「はぁ!? どこが!?」
「時々妙なテンションになるところとか、話が脱線しがちなところとか……」
「そ、それは誰だってあるだろ! 心外だ。秀吾は普段のあいつの変人っぷりを見ていないからそんなことが言えるんだ」
「確かにちょっとしか見てないから全部似てるとは言わないけど、似てる部分はだいぶあると思うぞ。正直、オレのこと置いてけぼりで喋ってる時間の方が長かったからな」
秀吾は少しからかうように言う。なるべく小さな声で話してたつもりだったが、全部筒抜けだったのか。
「だ、だとしても認めない! 俺はもっと清廉潔白な存在だ!」
「まるで中楚さんが清廉潔白じゃないみたいな言い方だが……そうだな。一つだけ似ていないところがある」
「他が似てる前提で話してるんじゃないよ……それで、どこが似てないんだ?」
「輝邦は助ける方で、中楚さんは助けられる方ってことだ。これ以上詳しい事情を聞くつもりはないが、ちゃんと面倒見てあげるといい」
まるでペットを飼うかのように秀吾は言うけど、秀吾が思っている以上に相手は猛獣だ。でも、そんな猛獣との関係は外堀まで完全に埋まってしまった。
「まさか秀吾……今回は俺に色々気付かせるためにあんな行動を……?」
「いや、実際に中楚さんと会って様子を見るまでは本気で代わりに脱ぐつもりだった」
「……秀吾。俺のこと時々変なテンションになるって言ってるが、お前も時々変な方向に考え方が向いてるの自覚した方がいいぞ」
「何が悪いんだ? 友達のためならそれくらいできるさ」
「秀吾……キュン!」
「だからそのテンションな」
「今日くらいノリに付き合えよー」
そういう絡み方をしていると、秀吾に言われたことが間違えじゃないような気がしてきた。最もあちらの場合は俺が秀吾の立場になることが多いけど……それが俺と中楚の関係なのだろう。
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