第20話 燃える秀吾

「おっ、テルクニ。お疲れ~ 今日の授業どうだった?」


 いつも通り美術準備室へ入ると、部活の集まりっぽい感じで中楚が出迎える。


「普通だったけど……というか、中楚からそう言われると返しづらいんだが」

「そこは気にしなくてもいいわよ? アタシはアタシでやることがあるから」

「そうなのか。プリントとか補習とか?」

「ううん。テルクニがどうやったら気持ちよく脱げるか考えてた」

「勉強しろ!!!」


 俺がそう言っても中楚は悪びれもしない態度を見せる。そんなのでよく2年生に進級できたなと思いつつも、俺はすぐに気持ちを切り替えなければならない。


「それで、早速考えてたことなんだけど……」

「ちょっと待って。その前に今日は中楚に言いたいこと……というか、紹介したい人がいるんだ」

「え? 推しのグラドル?」

「なんで今の言い方でそれを言うと思ったんだよ」

「お世話になり過ぎてもはや身内感覚になってるのかと思ったから……ちなみに誰?」

「それは……って、何どさくさに紛れて聞こうとしてるんだ!?」


 案の定本題に入れずに話が逸れ始める。今日はそれどころじゃないというのに。


「だったら何を紹介するっていうの?」

「実は……今現在の俺と中楚との状況について相談した人がいて……」

「ええっ!? この準備室での出来事は二人だけの秘密だったのに……」

「そ、そうだったのか」

「ううん。よく考えたらエノサワ先生は知ってたわ。あと、美術部の部員も詳しいことは知らないだろうけど、やんわりと知ってると思う」

「……ともかく、それを相談したら中楚に会わせて欲しいと言われてしまったんだ」

「へー よくわからないけど……もしかしてもう連れて来ちゃってる感じ?」


 あまり興味がなさそうな中楚にそう聞かれて俺はゆっくり頷く。

 無論、俺は止めたのだが、あいつは意外に頑固ちゃんなところがあって、一度言い出すと意見を変えない。それに加えて一見クールなようですぐ熱くなるタイプだから、俺はその勢いに負けてしまった。


「テルクニとはどういう関係なの、その人?」

「一番仲が良い友人だよ。幼馴染ってわけじゃないが、心の友と言っていい」

「……心の友」

「だから、そいつのことはよくわかってるつもりだ。悪いようにはしないと思うから、会ってみてくれないか?」

「ま、まぁ……会うだけなら別にいいかな。入って貰ってもいいわよ」


 中楚に許可されて一安心しながら俺は準備室の扉の前まで行って待機していた秀吾を連れて来る。ただ、この時点で俺は秀吾のいい考えとはどんなものなのか見当も付かなかった。


 その秀吾は室内に入って中楚と対面するや否や名乗り始める。


「オレは2年2組の尾通秀吾。輝邦とは中学からの友達だ。キミが……例の件の張本人か」


 そう言いいながら秀吾は中楚の様子を観察する。目付きが悪い秀吾がそうすると、何だか睨み付けているように見えてしまう。


 一方の中楚は……


「あ、アタシは……に、2組の中楚清莉奈と申し……ます。ひっ……よ、ようこそ」


 さっきまでの調子はどこに消えてしまったのか、めちゃくちゃキョドっていた。たぶん、秀吾の圧に押されているのもあるのだろうが、それにしては俺の時と全く違う態度である。そういえば、涼花ちゃんと話してる時もいつもと違う態度だったような気がしたけど……


(て、テルクニ! ちょっと!)


 そんなことを考えながら二人の間に立っていた中楚は声を出さずに激しく手招いていた。

 俺が秀吾へ目線を送ると、行ってもいいという風に首を動かしたので、俺は中楚の方に近づく。


「どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたもないわよ! いきなりイケイケな不良少年を連れてくるなんて聞いてないから!」

「いや、秀吾はああいう見た目ではあるけど、全然不良じゃないから」

「その割にはめっちゃ睨まれてるんですけど!?」

「……気のせいだって」

「テルクニにこんな友達がいたなんて……ま、まさかテルクニもこんな薄味な見た目で裏ではチャラチャラしてるの……? 食い散らかしてるの……?」

「偏見がひどいな!? 見た目の話からそこまで発展させるな。本当に根は心優しい男だから安心しろ」


 俺がそう言っても中楚は震えてしまっている。長らく教室へ行っていなかった中楚にとって、見てくれ不良の秀吾は刺激が強かったのかもしれない。


「良ければ話を進めてもいいか?」


 その会話が一区切りしたところで秀吾は中楚へそう尋ねる。

 その声にびくりと反応した中楚は姿勢を正しながら言う。


「は、はい! な、何をされてしまうんでしょうか……」

「オレからは何もしない。ただ、キミが求めているという裸夫とやらのモデルについての話だ」


 そう言われた中楚はきょとんとした顔になる。いや、俺も同じような顔をしていた。わざわざ現場まで来て秀吾は何を言うつもりなのか全然わからなかったからだ。


「え……? それが、何か……?」

「そのモデル……オレが引き受けよう」


 秀吾がそう言った瞬間、準備室内の空気が一旦固まる。それは中楚と……何も聞かされていなかった俺の驚きのせいだった。


「「ええええっ!?」」

「何時間……いや、1日で描くのは無理か。だいたい何日で完成するんだ? ポーズ指定等があるなら遠慮なく……」

「ま、待って……ください! 一旦、タイム! テルクニ、ちょっと!」


 再び中楚の全力の手招きを見て俺はすぐさま近づく。でも、俺の方も何が起こっているのか呑み込めていなかった。


「どうなってるんだ……?」

「それアタシのセリフなんだけど!? いきなり露出狂を連れてくるなんて聞いてないから!」

「いや、この前は催眠術で俺を露出狂にしようとしてたろ」

「それは今ツッコむところじゃなくない!?」

「そ、それもそうだ。取り乱した」

「その感じだとテルクニも知らなかったの……? なんでそんなノープランでこの露出系不良少年を連れて来ちゃったの……?」

「だ、だって、いい考えがあるって言ってたし……」

「話、進めてもいいか?」


 秀吾は少し強めの声で割り込む。その言い方に今度は俺もちょっと圧を感じてしまったので、中楚と一緒に「はい!」と返事をしながら姿勢を正してしまった。


「中楚さん。キミがどういう経緯で裸夫を描こうとしているのかは輝邦の話を聞いた限りではわからないし、輝邦がそのモデルに選ばれた理由もわからない。だが、この件でこいつは……ずっと悩んでしまっている」


 秀吾は悔しそうに拳を握りながら言う。


「こいつは普段ちゃらんぽらんに見えても頼まれたら断れない性格だ。それ故にこういう厄介事も一人で抱え込むところがある。オレの前では捻木さんを理由にテンションを上げているように見せていたが、本当は行きたくないと思っていたんだ。オレはそれに気付けなかった」


 そうそう。俺は涼花ちゃんを理由に……あれ? ちょっと俺が話した内容と違う。俺が涼花ちゃんでテンションが上がっていたのは無理矢理ではなく、本心からだぞ。


「本当は行きたくない……」

「それでも輝邦は今日まで何とか耐えてきた。それはきっとキミの方にも事情があるとわかっているからだ。そうでなければ校内で同級生を裸のモデルにして絵を描こうだなんて普通は思わない」


 いや、秀吾。ごもっともな意見だけど、残念ながら中楚にそういう常識は通用しないんだ。それと何だか俺の状況を大げさに捉えているような気がするんだが……


「あ、アタシは……」

「だけど、これ以上友人が苦しむ姿をオレは見過ごせない。だから……オレが代わりになることを条件に輝邦を解放して欲しい。そうすればキミも輝邦も一番いい終わり方になる」


 秀吾が言い終えると、準備室内には重苦しい空気が流れる。


 ……めちゃくちゃ大事みたいになってる!? なんで!? 俺が秀吾に話した時は半分くらい笑い話みたいな感じで話したつもりだったのに、秀吾の中では凄いシリアスな話に書き換えられてるんだけど!? 聞いてる秀吾がやけに真剣だったのはそのせいかよ!?


「あ、あの、秀吾? 俺は別にそこまで……」

「もういいんだ、輝邦。オレが全て終わらせる」

「ちょっとカッコよさげに言ってるけど、違うから! 俺が求めてた意見は今すぐ終わらせる感じじゃなくて……ほら、中楚も何とか言って――」


 俺は中楚へ話を振ろうとするが、その中楚の様子も何だかおかしい。先ほど秀吾の圧に押されていた時よりも更に委縮してしまったように見える。


「テルクニ……本当はここに来るのが嫌だったんだ……」


 中楚は悲しげな表情でそう言って、そのまま顔を俯けてしまった。


 ……なんだこの状況は。全てを終わらせようとする秀吾と悲しむ中楚。その原因となっているのに若干置いてけぼりな俺。秀吾を連れて来ただけなのにこんなことになるなんて……これ、俺が悪いの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る