第19話 何事もノリがいい方が良いとは限らない

 人生、時にはノリと勢いが必要だ。普段は絶対にやらないようなノリをその場の空気に合わせてやってみたり、購入するか否かを迷っていた物を勢いで買ってみたりすると、案外良い結果に巡り合うことがある。


 一方で、ノリと勢いの使いどころを間違えると後悔してしまうこともある。良かれと思って違うノリをしたら周りに引かれてしまったり、勢いで購入した後にあまり使わなかったりするとどうしてあの時……と思ってしまうものだ。


 つまりは何が言いたいかと言えば、ノリと勢いは必要なこともあるけど、それだけで進んではならないということで……全く上手いこと言えてない。

 いや、今までの俺の持論も毎回上手く言えたと自惚れていたわけじゃないが、今回のこれは結局あらゆる出来事は空気を読んで臨機応変に対応するのが正解という当然の話になってしまう。


 そんなよくわからないことを俺が考えてしまうのは……先日の中楚の話を聞いた後の自分の対応を若干後悔しているからだ。正直、ノリと勢いでカッコつけてしまった。カッコつけ過ぎてしまった。

 せっかく中楚の呪縛から逃げられるチャンスが2回も訪れたというのに、自分であんな事を言って、中楚からあんな話を聞かされてしまっては今後ずっと美術準備室へ向かわなければならない気がする。


 それならいっそ中楚に全裸を見せたらどうかと言われれば……それはない。絶対に。

 中楚の話を聞いて同情心が芽生えなかったわけではないが、それとこれとは話が別だ。

 それに今、中楚の前で全裸になろうものならこの前抱き着かれた時の感触や香りが想起されて……


「何唸ってるんだ?」

「うわぁ!?」


 突然秀吾に声をかけられて、俺は割と大きな声で叫んでしまった。


「びっくりするから急に話しかけるなよ! びっくりしちゃうだろ!」

「す、すまん。その言い方で相当びっくりしたのはわかった。だけど、何か悩んでいるんじゃないかと思ってな」

「それは……思春期まっさかりだから悩みの一つや二つあるよ」

「美術部の件か?」


 秀吾にそう指摘されてまたも俺はびっくりする。今度は控えめに心の中で。


「まぁ……そうかもな」

「いい加減話してくれてもいいんじゃないか。全部話す必要はないし、仮にどんな悩みでも第三者の目線があったら違う解決方が見えることもあると思うぞ」


 この件に関して俺は秀吾を相当煙に巻いているつもりだったけど、秀吾は一貫して心配する気持ちを変えていなかった。こういうことを本人が意図せず女子にもやってしまうからモテるんだろうなとちょっとだけ思いながらも、友人としては嬉しい気持ちが勝る。


「秀吾……第三者目線なんて難しい言葉使えるようになったんだな」

「別にオレはバカキャラじゃない」

「冗談だって。ありがとな、秀吾。それで、その……嘘みたいな話だと思うだろうけど――」


 秀吾の言う通り現状を変えるヒントが貰えるかもしれないと思った俺はここ数週間の出来事について話し始める。

 もちろん、榎沢先生に半分くらい脅されていることや中楚が教室に行けなくなったことなどあまり広めるべきではないところは伏せた。

 でも、その辺りを伏せていても野球拳だったり、催眠術だったりと大半がトンチキな内容であることは変わりないので、秀吾がどういう反応を返すのか全くわからなかった。


「――っていう状況なんだ」

「……まさか本当に裸夫が描きたいなんとかの状況だったとは」


 俺が話している最中の秀吾は茶化すことなく、真面目に聞いていたけど、さすがに聞き終わると少し驚いているように見える。


「まぁ、自分で話しておいて何だけど、ホラ吹いてると思われても仕方ない内容だよ」

「いや、信じるさ。さすがの輝邦もこんな時まで嘘はつかないだろうし」


 そんなに信頼されると照れ……いや、その言い方だと普段の俺が嘘つきみたいになってしまうじゃないか。俺は冗談みたいな話をすることは多々あるが、決して嘘つきでは――


「……オレにいい考えがある」

「えっ」

「輝邦、連れて行ってくれないか?」


 釈明をしている場合じゃなかった。俺は忘れていたのだ。この見た目はちょっと不良っぽく見えるこの男が。普段の性格的はクール&ドライなこの男が。時々ノリと勢いの使いどころを間違えてしまうことを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る